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アルカディア学報

アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)

No.214
大学独自の奨学金―学生支援としてのあり方とは

東京大学大学総合教育研究センター助教授
小林 雅之

 ある民間育英会の方と奨学生とのネットワーク作りの重要性について話していたとき、「私たちは奨学生の顔を知らない」と、残念そうに言われたことが忘れられない。その育英会では、大学に奨学生の推薦を委ねているため、ただ単に口座に奨学金を振り込むだけになってしまっている。奨学生とフェイス・トゥー・フェイスのつきあいをしたいものだ、という説明だった。
 同じことは大学独自奨学金の奨学生にも言えよう。大学独自奨学生は一般の卒業生より母校への愛着は強いはずである。奨学金はただ単に学生を金銭的に支援しているだけではない。奨学生は大学にとって無形の重要な資産である。卒業後も貴重な人材のネットワークとして、生かしていく必要があるだろう。
 奨学金の受給者は、大学昼間部の学生で3割をこえている(文部科学省「学生生活調査」2002年度)。いまや大学にとって、奨学金は不可欠の重要な要素となっている。さらに、近年、アメリカを中心として、高授業料・高奨学金政策という大学経営戦略として、より奨学金を重視する見方が普及してきている。この場合には、さらに大学の収支改善や学生獲得といった目的が加わる。こうした傾向が強まれば、奨学金の本来の目的である学生支援という使命はますます弱められ、教育機会の均等に重要な影響を及ぼすことが懸念されている。
 日本の大学では、こうした高授業料・高奨学金政策はあまり普及していないし、今後も自己資産の乏しい日本の大学でこうした政策が拡大するとは思えない。しかし、これまで、奨学金のきわめて重要な役割とされてきたもう1つの目的で、日本ではあまり重視されてこなかったことがある。それは、学業継続の支援としての奨学金の役割である。中退率の高いアメリカの大学では大きな問題であり、学業継続に対する奨学金の効果について、多くの研究がなされている。また、ようやく高等教育のマス化の問題に直面したヨーロッパ各国でも、在学期間の長期化や中退と奨学金の関連に関心が高まり、大がかりな学生調査が実施されている。
 卒業率の高い日本では、学業継続に関する関心はあまり高くなかった。しかし、今日のような経済状況が続けば、日本でも学業継続の困難性は、これから教育の機会均等上、大きな問題となる可能性がある。多くの大学でもその兆候は現れている。
 しかし、日本では、学生支援の効果の検証はほとんどなされていない。退学者についても包括的な研究に乏しい。各大学でもきちんとした調査を実施しているところは多くないようである。奨学金と学業成績や卒業後の進路との関連、退学の理由としての経済的困難の割合、さらには家計所得や家庭状況の調査など、きちんと調査している大学もあるけれども、まったく把握していないとみられる大学も少なくない。また、民間奨学団体の奨学金を、学生が応募しているので、大学として把握していない大学も多い。
 私は、こうした各大学の学生支援とくに授業料減免を含む大学独自奨学金について関心をもって調べている。この参考とするために、各大学の自己点検・評価報告書から具体的な事例をさがした。きちんとした調査をしている大学は少ないといったけれども、逆に言えば、きちんと奨学生の実態や奨学金の効果を把握しているとみられる大学も少ないとはいえ確実にある。また、大学独自奨学金について、創意と工夫をこらしている大学も多くみられる。大学の説明責任を果たし、いい試み(グッド・プラクティス)を普及させるため、こうした大学の取り組みを積極的に公開すべきだろう。現在の文部科学省のGP(グッド・プラクティス)は学生支援も対象になっているといっても、大学独自奨学金についてはふれていないようだ。しかし、よい試みは広げる価値があろう。ここでとりあげたプラクティスが、各大学の奨学金戦略に何らかのヒントになれば幸いである。
 まず第1に、大学独自奨学金の目的を明確にすることである。各大学の大学独自奨学金をみると、日本学生支援機構(以下、支援機構と略す)と同様、ニードベースとメリットベースを併用しているものが最も多くみられるけれども、特待生とか優秀者表彰制度などメリットベースによる独自性をもつものも多くみられる。これに対して、ニードベース基準だけによるものは、家計の急変の場合などに限られているものが多い。しかし、一部の大学ではニードベースを奨学金の目的としてかかげ積極的に取り組んでいる例もみられる。
 なお、留学生、海外研修、課外活動など特定の目的に応じた奨学金も多く、その他の目的の奨学金とみることができる。ただ留学生に関する支援は多くの大学が実施しているが、社会人に対する支援は数少ない。
 第2に、支援機構の奨学金との役割分担が重要である。支援機構の奨学金の予約採用が増加したため、大学独自の貸与奨学金は申込者が減少しているという大学も少なくない。支援機構の奨学金と大学独自奨学金がほぼ同等のものである場合には、大学独自奨学金の意味は少なく、両者の役割分担が必要である。
 たとえば、大学独自の貸与奨学金の未返済問題で多くの大学は苦慮している。しかし、大学では対処しにくい問題である。支援機構の貸与奨学金と差異化した大学独自の給付奨学金への移行も検討されてしかるべきであろう。現に支援機構奨学金の拡大がニードベース奨学金の基盤を提供し、大学独自奨学金は補完的役割であるという考え方が多くの大学でみられる。
 支援機構にない制度として、「学生金庫」などと呼ばれる生活費の一時貸し付け制度は、少額であっても、学生ローン問題への対処として有効性を持つことは多くの大学で指摘されている。
 また、学生支援機構の奨学金は4年の後期には申し込めないため、卒業を目前にして退学せざるを得ない学生の問題に対処するための奨学金を設けている大学もある。これも、補完のいい例と言えよう。また、機構の保証人制度に関しても、支援の必要な学生は保証人を探すのが困難な場合も多い。この点でも大学のきめ細かな配慮が求められよう。大学の創意と工夫が問われている。この他にも、授業料の延納や分納、奨学金に対する広報、特に高校生や保護者に対する広報、窓口の一本化など、比較的コストをかけずに実施できる施策は多い。
 第3に、学生支援の必要性が高まる一方で、公的補助や授業料値上げが望めない現在のディレンマを脱するためには、大学のファンディング・システム全体の中で授業料や奨学金のあり方を考えていく必要があろう。大学財政の逼迫のもとでの奨学金戦略として、検討に値すると思われるのはマッチングファンドによる奨学金である。各種民間団体や育英会との連携が考えられる。低金利のため基金に基づく奨学金の中には停止中のものも少なくない。これをどう生かしていくか。また、既に多くの大学では、金融機関との提携による貸与奨学金制度を実施している。これを強化していく必要がある。さらに、支援機構や国民生活金融公庫の教育ローンとの連携も課題である。アメリカの連邦政府のキャンパスベース奨学金やローンは連邦ファンドと大学独自の自己資金ファンドで運営されている。こうしたマッチングファンド方式が日本で可能か、検討されていい。
 大学にとってきわめて厳しい状況が続いている状況だけに、守るべきものを守り、変えるべきものを変えることができるか、大学のあり方が問われている。
 【付記】ここで利用した各大学の自己点検・評価報告書は東京大学大学総合教育研究センターが今年6月に収集したものである。ご協力いただいた各大学にこの場を借りて感謝申し上げたい。
 各大学の事例について詳しくは「IDE」10月号掲載予定の拙稿を参照願えれば幸いである。

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