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アルカディア学報

アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)

No.211
組織を動かすマネジメント―大学幹部にこそ経営学教育を

筑波大学ビジネス科学研究科・大学研究センター助教授 佐野 享子

 筆者が勤務しているビジネス科学研究科経営システム科学専攻は、実社会で実務経験を持つ社会人を対象とした夜間開講の大学院である。企業におけるビジネスを研究する学生のみならず、大学、地方公共団体、独立行政法人等、多様な組織におけるマネジメントに関する研究を志す学生が入学している。
 1学期に開講された「経営学基礎」の授業を終えたあと、大学事務職員の学生を対象としたゼミを行った。環境変化の中では、環境と適合的な経営戦略の形成と、形成された経営戦略と適合的な組織革新とが組織にとっては必要とされる。このような認識のもとに「経営学基礎」の授業では戦略的組織革新の理論に基づき、松下電器やソニーの事例が分析されていた。当専攻に所属する河合忠彦教授の理論である。筆者のゼミでは、この理論を用いて大学における組織行動が分析できるか否かを検討することを意図した。
 「経営学基礎」の授業では、ミドルのリーダーシップによって組織革新が行われるメカニズムを示す理論モデルが示されていた。当初の学生の感想は、松下電器やソニーは企業の中でも顕著な成功例であり、自分が勤務している大学では、事務職員におけるミドル(課長レベル)がイニシアチブを発揮して組織革新を行う状況とはほど遠いとのことであった。
 ゼミでは、学生自らが勤務している大学において、ミドルの発案により業務を行っている具体的場面を想起し、それらの業務がいかなるプロセスで進捗してきたか、またそれらが円滑に進むようになったのは何が契機かといった事柄を、筆者との対話を通じて、理論モデルに照らし学生自身が内省する機会を持った。検討が進むにつれ、学生が勤務する大学においても、ミドルレベルの事務職員のイニシアチブによって組織革新につながる取り組みがなされていたことに気付いていった。ゼミの最後では、今後職場でどのように業務に取り組めば良いか、ヒントが掴めたように思うと述べて、学生の顔が輝いた。
 業務経験が比較的浅い事務職員に対しても、学内の職員研修の場などで、経営学の理論の基礎を用いて問題解決の手がかりを掴むことができる機会を意識的に設けるようにしている。20代後半から30代の職員は、学生・教職員や学外者からの対応に日々追われており、業務内容の様々な要望や苦情を受ける機会が少なくない。そのような場面でいかに対応するか、研修の冒頭で受講者に尋ねても、「まずは上司に相談する」との回答が大半である。
 研修では、これまでの業務経験の中で生じた問題を具体的に思い出してもらった後で、提供されるサービスのクオリティを顧客がいかにして評価しているのかについて、サービス・マーケティングの理論を用いて説明し、日頃の業務で同様の問題状況に遭遇したときにいかに対応すべきか考えてもらう。このような思考の過程を通じて、自らの対応如何で、大学に対する信頼やイメージに少なくない影響が及んでいることを受講者は理解し、経験が浅い職員の業務であっても、大学のシステム全体の中で重要な機能を担っていることに気付いてくる。
 メガネが変われば見方が変わるように、分析のフレームワークを習得し、その使い方を理解することで、それまで把握できなかった現実の事象を、論理的に考察し説明ができるようになる。現実の事象を成り立たせているメカニズムを理解することで、そこにいかなる問題状況が生じているのかに気付くのである。
 組織を動かすのがヒトである以上、組織を動かす基本となる原理は、企業であっても大学であっても本来変わらないはずである。研究上・実践上は、この基本となる原理をいかに組織の特性に適合的に応用させていくかが課題となる。
 公共・非営利組織への経営的手法の導入が重要であるとの認識は、わが国においても社会に受け入れられつつある。取り組まれている内容はともかくとして、地方公共団体において経営改革の手法が模索され、校長・教頭等の学校管理職に対して学校組織マネジメント研修が文部科学省によって進められているのも、これら組織の改革に当たって経営的手法を導入することの重要性が認識されていることの証左と思われる。組織の問題状況をいかなるものとして認識するかによって、これら問題解決のために取り組むべき改革の手法が異なるという点は、改めて申し上げるまでもないだろう。では大学経営人材育成は、何が問題であると捉えるべきなのか。
 経営組織論を専門とする青山学院大学の林 伸二教授は、その論文の中で、大学事務組織の改革のためには事務職員が強い改革意欲を持つことが重要であるとの認識に立ち、大学事務組織が抱えている問題を実証的に明らかにされている(青山経営論集35巻第4号、2001年)。組織管理の方法いかんによって、また組織が民主的で創造的であるか否かによって、事務職員の職務満足度が大きく異なるとの分析結果を踏まえて、論文ではいくつかの改革案が提言されていた。
 このような文献を目の当たりにすると、我々は、教職員の業務へのモティベーションや組織コミットメントをいかにして高めさせて組織の革新へと結び付けていけば良いのか、あるいは環境の変化に対して組織がいかに学習し、組織文化を革新していけば良いのかなど、大学を「組織」として捉え、また大学経営を「組織」の中の人間行動であると捉えて問題の所在を十分明らかにしてきたのか、との懸念が生じる。そしてこのような認識に立って問題解決を図ることができる大学経営人材の育成に、これまで我々は十分に力を注いできたであろうか。
 経営学の分野で研究成果として蓄積されてきた分析のフレームワークのいくつかが、そのための有益な視座を提供してくれる。業務上発生する問題の解決に当たり、理論を応用させて解決の端緒を掴むための思考方法を育成することは、大学や大学院における授業ならではである。大学院の授業では、先行研究では十分に触れられることがなかった新たな知見を、検討の過程を通じて学生自身が見出す機会が少なくない。理論を事例に適用させて考察を深めるのみならず、学生の経験をもとに、実践に資する新たな理論の萌芽が創出されているのである。
 大学を取巻く環境は年々厳しさを増しており、我々教員の職務満足や組織コミットメントも、十分とは言い難い状況にある。その中で、学生の学習意欲に日々接するにつけ、大学経営を担う幹部教職員にこそ、組織を動かし、ヒトを動かすマネジメントの極意を少しでも身につけて欲しいとの感想を抱いてしまうのは、私だけであろうか。

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