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アルカディア学報

アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)

No.210
国境を越える大学評価―グローバル 教育で先行する英・豪の戦略

熊本大学 大学教育機能開発総合研究センター教授、学長特別補佐 大森 不二雄

 国境を越える高等教育に対し、我が国の国境を双方向に開く政策転換が実施された。すなわち、本年4月、日本の大学(短大を含む。以下同じ)が外国において教育活動を行う場合、設置基準等を満たせば学部・学科等の組織と位置付けることが可能となる一方、昨年12月には文部科学大臣が指定した外国大学日本校については、日本の大学との単位互換や大学院入学資格等を認める制度が整えられ、本年2月にテンプル大学ジャパンが指定第1号となった。これらの制度改正の背景には、高等教育のグローバル化があり、学生のみならず大学が国境を越える時代が到来している現実がある。本稿のテーマである「国境を越える大学評価」は、「国境を越える大学」の「評価」であるとともに、「大学評価」自体が「国境を越える」ようになったということでもある。大学評価の国際化は、大学評価がようやく本格化しつつある我が国の高等教育システムにとって、どのような含意を持つのか。
 高等教育のグローバル市場をリードする3大輸出国は、米国、英国、豪州である。米国が国境を越える学生移動(留学生の受入れ)の面でリードしていることは言うまでもないが、国境を越える大学(海外分校や現地提携機関を通じた教育提供。以下「海外プログラム」と呼ぶ)については、絶対規模では英国、相対密度では豪州が、それぞれリードしていると言われる。ブリティッシュ・カウンシルの推計によると、英国の大学の海外プログラムで学ぶ学生数は、2003年現在で19万人に上り、2010年までには英国内への留学生数を超えるに至ると予測している。また、豪州の場合、ほとんどの大学(39大学中37大学)が海外プログラムを提供しており、海外プログラムの学生数は2003年現在で5万5000人(豪州教育科学訓練省のデータ)に上ったとされる。両国とも、第一の進出先は我が国近隣の東(南)アジア(シンガポール、マレーシア、香港、中国等)であることが共通しており、アジアのマーケットはこれから更に拡大するものと見込んでいる。
 英国及び豪州は、「国境を越える大学」としての自国の大学の評価にどう取り組んでいるか。英国の場合、「高等教育質保証機構(QAA)」が、海外プログラムのための特別な監査(評価)を継続的に実施している。年度ごとに対象国を決め、当該国で教育を提供している英国大学及びその現地提携機関の協力を得て現地調査を行い、提携機関や提携取決めの内容のチェックをはじめ、教育の質が担保されているかどうかを確認する。監査報告書は、ウェブサイトに掲載されており、それによると、これまでに25カ国・地域で調査が行われ、報告書数は累計98に上る。昨年11月に発表された英国政府初の国際教育戦略において、「英国の教育コースを海外で提供することは、提供された教育が英国内と同じく高い質のものであることを確保するための手段を伴う」とされる通り、海外プログラムによる教育及び学位等について、英国内のものと同等の質とスタンダードを確保することが、英国の高等教育の名声と競争力のために重要であるとの考え方が窺える。
 豪州の場合は、「豪州大学質機構(AUQA)」による大学ごとの質監査(機関評価)において、大学の全側面がレビューされる中で、海外での教育提供もレビューの対象となり、必要と判断されたケースには海外訪問調査(海外監査)が行われる。2002年度以来、毎年度10大学程度の監査対象のうち、海外監査が行われたのは、その半分に満たなかったが、2005年度以降、豪政府の財政支援によって海外監査の対象が拡大されることになっている。また、同じく財政支援により、年度ごとの海外監査結果全体をとりまとめた年次報告書がAUQAによって作成される予定である。豪州が海外プログラムの質保証に取り組む政策意図は、2003年10月に豪州教育科学訓練大臣によって発表された教育訓練の国際化に関する政策文書における次の記述に端的に表れている。「海外やオンライン上の教育訓練プログラムの質に関する認識が、豪州の教育訓練サービス全体の質に関する認識に影響を与える。それがどこであろうと貧弱な質のサービスが提供されれば、豪州の評判を傷付ける可能性がある。豪州にとって、競争力を維持すること、質の保証及び消費者の満足は、必須のものである」。豪州の教育のブランドと競争力にとって質保証が極めて重要との政策意図が込められているのである。
 英・豪の場合、国境を越える自国大学を追いかけて、評価機関(QAA及びAUQA)が国境を越えているのに対し、米国の場合は、それだけではない。米国のアクレディテーション団体には、米国の大学の海外プログラムや米国系大学(アメリカン・ユニバーシティー等を名称に含むものが多い)以外に、純然たる外国の大学をアクレディットするケースがある。ビジネススクール等の専門分野別アクレディテーションがその典型であるが、地域アクレディテーション団体による機関別アクレディテーションの例もある。大学側から見れば、高等教育が市場化・グローバル化する中で競争力を高めるため、米国のアクレディテーションを国際的な大学評価に代わるものとして活用し、差別化を図るブランド戦略とみなすことができよう。米国のアクレディテーション団体の間には、こうした需要に応えるかどうかについて温度差があるが、いくつかの団体はそこにビジネスチャンスを見ていると言えよう。米国のアクレディテーション団体の連合組織である「高等教育アクレディテーションカウンシル(CHEA)」は、海外の大学をアクレディットする際の行動規範を取り決めている。
 高等教育の国際的な質保証を目指す国際機関等の動きもある。WTO貿易交渉における教育サービスの取扱いに刺激を受け、OECDとユネスコは、共同で国境を越える高等教育の質保証に関するガイドライン案を作成し、ウェブサイト上に公開している。高等教育に関する各国の大学評価機関等(日本からは、JABEE、大学基準協会、大学評価・学位授与機構)が加盟する国際NGO「高等教育の質保証機関の国際ネットワーク(INQAAHE)」は、当面、評価機関のグッド・プラクティスのガイドラインにとどまっているものの、評価機関の国際的認証制度ともいえる構想を検討した経緯がある。アジア太平洋地域では、INQAAHEの地域ネットワークの一つとして、「アジア太平洋質ネットワーク(APQN)」が設立され、世界銀行の財政支援を受けて、質保証に関する知見の共有や開発途上国の質保証システム構築への支援等の国際協力が進められている。
 高等教育が基本的には国ごとのシステムに基づき、当該国の政府・準政府・非政府機関による規制・支援等の対象とされてきた歴史にかんがみれば、国境を越える教育提供を含む高等教育の外的質保証に権限と責任を有する主体は、教育が行われる地の国民国家であると考えるのが現実的である。しかし、グローバル化が進展する中で、将来とも国民国家に自国内の高等教育に関する独占的な役割が保証される、とまでは断言できない状況が浮かび上がりつつある。主権を揺るがすのは、国際的なシステムかもしれないし、輸出国のシステム、あるいはその両方かもしれない。
 こうした中、認証評価、設置認可、学位制度等、さらには、各大学内の教育目標に沿ったカリキュラムの体系化や一貫した成績評価、教育成果の検証・改善等のメカニズムを含め、我が国の高等教育の広義の質保証システムは、国際動向に適応しつつ、発展・進化を遂げることができるかどうかが問われると言えよう。冒頭に記した制度改正は、国境を越える高等教育への開国として重要な第一歩であるが、第一歩に過ぎない。もはや談合社会日本の身内の論理では通用しない。国際的な活動に積極的に参加しつつ、世界に通用する普遍性を備えた高等教育の質と水準を確保するシステムを構築し、それを世界に向けて明示することが、制度レベル及び各大学レベルの双方において求められている。さもなければ、グローバル化する知識経済の中で、日本を支えるべき人材育成の未来は暗い、と言わざるを得ない。

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