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アルカディア学報

アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)

No.207
韓国と中国の「私学化」―第23回公開研究会の議論から

東京学芸大学教育学部助教授 田中 敬文

 日本私立大学協会附置私学高等教育研究所主催の第23回公開研究会が、「世界の『私学化』の動向と高等教育政策(アジア編)」と題して6月6日に開かれた。
 冒頭、瀧澤博三同研究所主幹は、「私学化」を(1)大学教育の「私事化」など大学教育の目的・使命に関する観念の変化、(2)国公立大学の法人化など大学の維持・管理のあり方に関する変化、(4)私立大学のシェア拡大、と整理し、「私学化」を生む世界的潮流として、(1)新自由主義思想に基づく行財政改革の高等教育への波及、(2)高等教育の大衆化に伴う大学観の変化(公事性の希薄化)を掲げた。そして、「私学化」は外圧だけによるものではなく、内部的な必然性を持った動きではないかという問題提起を行った。

 「韓国の私学化の動向」
 続いて、発表者の一人の馬越 徹桜美林大学大学院教授は、「私学化」を公的関与の減少または私的関与の増大と捉えた上で、韓国では「私学化」という問題設定はあまり行われていないと指摘した。しかし、ソウル大学での経験に基づく「私学化する国立大学」の話は非常に興味深かった。ソウル大学の収入は多様化が進んでいて、純粋な国庫分は全体のわずか37.3%に留まるのである。次に、日本の21世紀COEプログラムに相当するBK(ブレイン・コリア)事業費や、科学研究費補助金に相当する学術振興財団研究費等の研究費収入が25.8%を占める。残りの36.8%は「期成会会計」「間接研究経費」「大学発展基金」からなる。韓国では学生からの収入を「登録金」といい、この中に入学金や授業料、期成会費が含まれる。授業料は、学部間格差はあるものの、国立大学で一律である。期成会費は大学の施設設備費に相当するものではあるが、使途が自由であるため、大学は競ってこの比率を高めているという。「大学発展基金」は、大学設立の財団法人が獲得した外部資金による基金である。
 さらに、不採算部門の医学部と病院を90年代初めに独立法人化したこと、学内ベンチャー企業による収入への貢献など、ソウル大学の経営はまさに「私学化」へ突き進んでいるように思えた。
 他方、私立大学に対してはこれまでも「助成なき管理」であったが、公的管理が一層強化されている。国公私共通の全国統一入試(「修能試験」)の実施により独自入試が禁じられていること、(編)入学定員が厳しく管理されていること、国公私一律の「大学評価認定制」によって大学の質管理が行われていること、さらに、競争的資金配分(「差等配分」)により私立大学へもプロジェクト別に研究資金が流れている。
 最近の動向として、2004年の大学進学率が81.3%にも達したことは驚きであるが、大学経営が安泰かというと決してそうではない。今後の出生率低下と人口減少が予測される中、「大学構造改革特例法案」(2005年1月)が出された。これによると、国公私一律に向こう5年間で15%定員をカットするという。また、全国を8ブロックに分けて、国公立大学はこの各ブロック内で学部・学科の統廃合を進め、うまくできた大学へは資金を配分する。私立大学については「私学統合の三類型」を設けて改革を進めるという。
 まとめると、韓国では90年代以降、国公立については「私学化」が進められているのに対して、私学については、以前よりも国による管理規制が強められているのである。

 「中国の私学化の動向」
 王 智新宮崎公立大学教授は、はじめに中国の「私学化」(民営化)の傾向として、政府以外の資金や力により学校が創設・経営されることと、国公立が私学の方に移行していることの二つを掲げられた。
 中国は古来、孔子や孟子の時代には学校が個人により経営され、国は教育の最終のところで成果を刈り取る(官吏登用)という仕組みであった。1949年の革命以降、国が教育を運営することとなったため、80年代までは中国に「私学」という言葉は存在しなかった。私学の始まりは、激しい大学入試の受験準備校や補習校であったという。
 中国の私学には4つのパターンがある。個人立のもの、学術団体が設立するもの、大学の学部が独立して学校を経営する「公弁民助」、外国の大学との合弁(「中外」)である。
 校種別で私学のシェアが多いのは就学前教育である。私立大学は197校しかない。この197校は卒業証書を出すことのできる大学であり、正規の大学として認められているものである。実はこれ以外に、認められていないものが約1000校存在するという。これらの「大学」出身者は国が実施する「学歴試験」をパスしてはじめて学位が得られるのである。
 次に、私学政策についてこれまでの経過が説明された。まず、「社会的力量による学校設置に関する若干暫定規定」(1987年)により補習校が合法化される。ここで、「社会的力量」とは民間のことである。大学については「民営高等学校設置暫定基準」(93年)により、私学は「我が国の高等教育事業の構成部分である」という位置づけがなされた。95年の「中華人民共和国教育法」では、社会団体から個人まで学校を設置できること、「営利を目的とすることを禁ずる」ことという、いわゆるNPO(民間非営利組織)として私学を認めている。教育事業による利益は免税となっている。「社会的力量による学校設置条例」(97年)では、私学は民間の資金により運営すること、誰でも受験できるようにすることが要求されている。
 2002年の「私学促進法」は中国のWTO加盟に伴う立法である。ここでは「民弁学校」(私立学校)は公立学校と同等的な法律の地位を持つことが規定されている。「私学事業は公益事業であり、社会主義教育事業の構成部分である。国家は私学事業に関して、積極的に奨励し、大いに支援し、正確に指導し、法に基づき管理する。国家は私学事業に関して、積極的に奨励し、大いに支援し、正確に指導し、法に基づき管理する方針をとる」(第3条)とある。「私学事業は公益事業」とあるが、中国では「公益」や「公共性」という言葉が広く普及しているわけではないから、ことばの中身にも注目すべきであろう。
 法規は一応整いつつあるものの、私学が自由に経営できるというわけではない。「私学促進法」の実施条例・細則では「学歴試験」の廃止が打ち出されたという。私学の設立を認めながら、実質的に私大数を制限するという矛盾した政策である。また、学生募集も私学が自由に行うことはできない。「全国統一試験」を実施し、国が決めた優先順位(教員養成、農林水産、軍事という職業別や地域別等)に従って募集が行われるので、私学は募集の残った部分で競争するというかなり不利な立場に置かれている。
 人口13億人の中国の大学進学率は2000年で約15%である。これを2020年には25%にまで引き上げようという目標らしい。数字の上では私学の発展余地は大きい。しかし、私学に不利な政策を進めながら私学に期待するのは難しいのではないかと感じた。大学授業料について、1995年までは授業料は無料であった(王氏が学んだ70年代には生活費も支給されていたという)が、95年以降、一部を除いて、完全に有料化され、大学卒業後に就職を世話するという制度も撤廃されてしまった。授業料は2002年から2005年にかけて150%ぐらい増えたらしい。大学生1人の4年間の費用は、「農民」(農業生産者)の20年分の収入に相当するという。これはべらぼうな金額である。大学入試にパスできても費用を支弁できずに断念するものもあると聞く。筆者の大学院での講義(教育の経済学)に参加する中国からのある留学生は、「教育は投資である」と明言していたが、王氏の話を聞く限り、高い授業料を払って大学へ行くにはあまりにも不確実性が大きいのではないかと心配になった。
 最後に、総括的コメントとして馬越氏は、インドやインドネシアについて触れながら、「私立セクターの段階移行モデル」を提示された。もともとアジアでは私人が学校を開くという伝統があることを思い起こすとき、氏による「私学優位型」が実現できる可能性は大きいかもしれない。ただし、十分な質を保証するシステムを創れるかどうかが鍵となるのではないか。

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