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アルカディア学報

アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)

No.198
「助教」職名の再考を―新しい大学教員職の名称は「国際的」か

桜美林大学大学院教授 馬越 徹

 去る1月下旬、中央教育審議会から「我が国の高等教育の将来像」と題する答申が出された。今回の答申では、高等教育のグランドデザインが示されるとされていたので大いに期待していたが、一読して裏切られた思いが強い。一言で言えば、これまで断片的に出されてきた各種答申をつなぎ合わせたにすぎず、21世紀を展望する日本の高等教育政策文書としてはいささか迫力に欠ける印象を免れない。
 ただ、ここで問題にしたいのは答申の全体的評価ではない。仄聞するところによれば、答申に盛り込まれた新しい「教員組織」(教員職名の変更)が、今国会に法律改正案(学校教育法の一部改正)として提出されているとのことである。これまでのところ大学関係団体や個別大学から特に異論は出ていないようであるが、法案に明記されている教員名称にはいささか問題を感じるので、疑問を呈しておきたい。
 答申によれば、これまでの教授、助教授、助手の名称に代えて、「教育」研究を主たる職務とする職としては、教授、准教授のほかに新しい職として「助教」を設けて三種類とするとともに、助手は、教育「研究の補助を主たる職務とする職として定めることが適当である。」と述べている。今国会に提出されている法案でも、答申に沿って二種類の新しい教員職名(准教授、助教)が法制化されようとしている。答申の解説によれば、これまでの助教授を「准教授」に変更するのも、助手に代えて「助教」職を新設するのも「国際的通用性の観点から」と説明されている。特に後者については、「国語的・文化的な観点から」もっとも適当な名称であるとされているが、果たしてそうであろうか。
 おそらく答申にいう「国際的通用性」のモデルはアメリカの一般的な教員組織であるProfessor、Associate Professor、Assistant Professor、Teaching Assistant(Research Assistant)に対応した訳語として教授、准教授、助教、助手の名称を当てはめたものと思われる。まず今回これまでの助教授に代えて新設される「准教授」はAssociate Professorの日本語訳であろうが、東アジア諸国(韓国、中国)では「副教授」の訳が定着しており、東アジアにおける「国際的通用性」について中教審メンバーや文科省の法案作成者は検討を加えたのであろうか。「准」という漢字自体が「準」の俗字であることも、法律用語として適切であるとは思われない。(但し、旧陸軍や自衛官の階級には「准」が使われている。)
 准教授の呼称はまだしも、今回の法案の中でもっとも問題なのは、新設される「助教」という職名である。確かに「助教」は江戸時代の藩校にまで遡ることのできる教員名称ではあるが、日本語(漢字)の語感からしてもその職責を「助手」のそれと識別することは困難である。法案では、これまでの助手を2つに分けて、「主として教育研究を行う者を助教」、「主として教育研究の補助を行う者を、引き続き助手」として職務の違いを明示しているが、前者はアメリカのAssistant Professorを、後者はTeaching Assistant(TA)及びResearch Assistant(RA)に近いニュアンスの職種名として考案されたと思われる。しかし漢字で表現した両者の区別はいささか分かりづらく、ますます混乱を招くことになりはしないか懸念される。中教審答申で「助教」の呼称は「国語的」文化的な観点から」もっともふさわしいとされているが、その根拠が判然としない。
 ちなみに日本より37年も前に「国際的通用性」の観点から大学教員職の名称改正を行なった韓国では、上記アメリカのシステムを教授、副教授、助教授、専任講師、助教【教授資格基準、1969】として導入し、その呼称は定着している。また近年高等教育法(1998)を制定した中国でも、その第47条において大学教員職の名称を、教授、副教授、講師、助教の4種類としている。韓国および中国の複数の大学で客員教授として働いた筆者の経験からも、両国における「助教」は中教審答申でいうところの「助手」相当の職種であり、今回の法案で意図していると思われるアメリカのAssistant Professorに相当する職名として使われているわけではない。今後における東アジア(特に漢字文化圏の中国、韓国)との研究・教育交流を考えるなら、これまでの「助手」を「助教」に変更して一本化したほうが、東アジアにおける国際的通用性は確保されるといえる。
 仮に現在法案として提案されている「助教」名称が法制化されれば、これまで助手という名称によって被ってきたと同じような学術上の損失を今後も続けることになるであろう。従来から、理工系研究科の助手職の場合、その職務の実態に即し、国際学会における学術講演を彼らはAssistant Professorの英語名称を使用して行う場合が多かった。ところが各大学の正式文書(英文)では、助手という法令上の名称に縛られ、一部の大学を除いて、英文名称はResearch Assistant(Associate)と表記されてきた。
 今回の大学教員の名称改正は、おそらく何十年に一度の大きな改正になるであろう。助手職については、これまでの法制上の名称と実態との不整合を是正する絶好のチャンスである。その意味でも、今回法案に法文化されている「助教」はアメリカのAssistant Professorに相当する「助教授」に修正することを提案したい。同時に、今回これまでの助手に代えて改めて法制化しようとしている「助手」の職名は、むしろ「助教」に変更したほうが東アジアにおける国際的通用性の観点からは妥当性があると思うのであるが、どうであろうか。
 なお今回の法律改正において、「講師」職については現行法(学校教育法第五十八条A、H)のままであり、各大学にとって必置義務はなく、「教授、助教授に準ずる職務」を遂行すると曖昧なままの規程になっている。但し、大学設置基準第十六条(講師の資格)第二項にみられるように、講師は「その他特殊な専門分野について、大学における教育を担当するにふさわしい教育上の能力を有すると認められる者」とされており、「教育」業務の遂行を主たる任務としている。つまり日本の場合、講師は正系の大学教員組織とは別立て(傍系)の職種として位置づけられているのである。
 この点、韓国における「専任講師」および中国における「講師」の場合は、概ね若手が採用され、一定の研究・教育年限を経て昇進が約束される正系の教員職種として位置づけられている。ただ講師の勤務形態についてみると、中国、韓国の場合は常勤職であるのに対し、アメリカのLecturerはほとんどが非常勤である。一方、英国の場合は歴とした専任教員(特にsenior lecturer)である。したがって中国や韓国では、「講師」の英文表記として、LecturerではなくAssistant Professorを使っているケースが増えているようである。
 いずれにしても今回、国際的通用性の観点から大学教員組織にメスを入れ法律改正案が提出されているようであるが、これまで見てきたように国際的通用性の議論が必ずしも煮詰まっていないように見受けられる。特に「助教」の職名に対しては、再考(修正)を促したい。

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