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アルカディア学報

アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)

No.178
キャリア支援からキャリア教育へ―米国の大学で進む就職指導改革

桜美林大学大学院教授 船戸 高樹

 米国の大学で、学生の就職に対する意識の多様化に伴い、従来の就職斡旋を主体とした“支援”から、能力開発による自己実現を目指した“教育”へと変化を見せている。その背景には、景気が上昇傾向にあるとはいうものの大学卒業生の就職戦線は相変わらず厳しい局面にあること。また、学生たちの間に単位だけを取得しておけば、企業人としての能力を身につける必要がないといった安易な考えが蔓延していることが指摘されている。
 米国の大学のほとんどは、これまで求人企業の紹介やアドバイス、資格講座の開設、インターンシップ先の情報提供といった学生の求めに対応した「受け身」の就職支援をキャリア・サービスとして展開してきた。しかし、この方式では企業側が要求する人材との間に格差を生じる結果となっている。このため、一部の大学が一人ひとりの学生に企業人として求められる意欲や能力を高めるための戦略的プログラムを開発し、「積極的」なキャリア教育として取り組み始めたものである。

《学部長と同等のセンター長》
 ニューヨーク市にあるコロンビア大学は、このキャリア教育にいち早く取り組んだ大学のひとつである。一般的に、米国の大学における「キャリア・センター」または「キャリア・プランニング」と名付けられた就職支援部署は、学生担当副学長のもとの一組織として位置づけられるケースが多い。日本的にいえば「学生部就職課」とでもいえるが、この場合、センター長は「ディレクター」と呼ばれている。ところが、コロンビア大学のキャリア教育センターは、独立した組織で、センター長は学部長と同じ「ディーン」の肩書きを持っている。このことからも、同大学におけるキャリア支援の“教育”を重視した姿勢がうかがえる。
 センターの組織は、センター長以下21名の職員と10名の大学院生アシスタントの計31名。職員は全員が教育学やビジネス、ソーシャルワーク等の修士号を持っている。また同大学の場合、修士課程に在籍する大学院生は、2年間のうち1年間は学内で「グラデュエイト・アシスタント」として働くことが義務付けられている。センターの院生アシスタントも授業のかたわら、週に20時間の労働で、時給は12ドルと好条件だ。
 同センターは、6つの部門と事務組織で構成されている。「学部生キャリア開発部」は、入学と同時に学部生を対象に、就職に当たっての心構えや求められる能力、希望する職種に必要とされるスキルの習得法などをカウンセラーが個別面談で教育する。
 「大学院生キャリア開発部」は、修士・博士課程に在籍する院生に対して、高度な専門知識を生かした職に就くための指導と職場のリーダーにふさわしい資質の習得に主眼が置かれる。
 「卒業生キャリア開発部」は、今年に入って始まったばかりの新しい部門。同大学の卒業生を対象に在学生と同様のサービスを終身受けることができることになっており、転職を希望する場合に利用される。
 「インターンシップ/学生起業部」は、最も重要な部門として位置づけられている。同大学のインターンシップは、基本的に同じ企業で在学中に3〜4回行われる。また、学生が在学中に事業を起こす場合は、資金的な援助を行って支援する。主として、年に1回学内で行われる「ビジネス・アイデア・コンテスト」の優秀な企画が採用されるが、中には実験的事業を超えて大きな利益を上げることもある。その場合は収益の35%がセンターに入り、次の企画の資金として使われる。
 このような経験によって学生たちは、新たなビジネスの創出をはじめ組織運営の能力開発や問題解決能力を身に付けることとなる。
 「企業・同窓生関係部」は、企業の求人窓口と同時に、社会で活躍する同窓生と学生とをつなぐ役割を果たす。
 「学生雇用部」は、在学生に対して学内の仕事を斡旋する。図書館の書籍の整理や芝刈り等の環境整備、キャンパス・ツアーのガイドなどがある。
 これら6つの部門が互いに機能しあって学生の能力開発と向上を目指しているわけである。例えば、キャリア教育の流れを大学院生の場合で見てみると、まず「大学院生キャリア開発部」で、企業が求める能力の獲得から始まる。特に学生自身が自分を見つめ、自らを啓発し、企業の世界を知ることが重視される。次に、「インターンシップ/学生起業部」で、ビジネスの実践を体験することによって、リーダーとして必要な「辛抱強く、将来を予測する能力」を体得する。そして、「企業・同窓生関係部」で、企業や組織の担当者と面談し、仕事の内容や雇用条件を話し合って就職が決まっていくことになる。

《キャリア教育の基本はミッション》
 1754年に創立された同大学は、アイビー・リーグの一つとしてハーバードやイェール、ブラウンと並び称される名門である。過去に数多くのノーベル賞受賞者や政治家、経済人を輩出しており、ミッションは「次世代のリーダー養成」である。センター長のクリストファー・プラット博士は「キャリア教育の目的は、ミッションと密接に結びついている。学部や大学院で学ぶ基礎科目と専門科目のアカデミックな面だけでなく、社会のリーダーとしての資質や自覚を開花させることがキャリア教育の目標であり、そのことがミッションの成就につながる。就職の斡旋だけを目的とした従来のキャリア・サービスとの違いは、そこにある」と語る。
 そして、「学生たちには、キャリア教育を通じて、コミュニケーション能力や物事を判断し、決定できる能力といったリーダーとしてふさわしい資質と実践していく力を身に付けてもらうことを願っている。ただ、コロンビアの学生は、ニューヨークで就職することにこだわる傾向があるのが残念だ。
 国際化が進展する中、学生たちには、もっと世界に活躍の場を求めてもらいたいと思っている」と注文を付けている。

《戦略的キャリア支援の構築》
 わが国の大学は、景気回復の遅れもあって、卒業生の就職状況はなかなか好転しない。一方、企業側の要求は、質の高い即戦力の人材を求める傾向が強まっている。従来型の企業開拓や就職指導講座といったキャリア支援から脱皮し、就職担当部署が中心となって就職指導を教育と位置づけ、綿密なプログラムに基づいた“戦略的キャリア教育策”を構築することが求められているといえよう。そのためには、就職課職員をキャリアカウンセリングの専門家として養成するとともに、科学的な手法でキャリア支援カリキュラムを策定することが望まれている。その上で、学生一人ひとりに対してキメの細かい、適切な指導が行われることが理想といえよう。

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