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アルカディア学報

アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)

No.177
リエゾン・オフィサーの養成―自己点検・評価のキーパーソン

桜美林大学大学院教授 船戸 高樹

 日本私立大学協会が立ち上げる第三者評価機関の名称が「日本高等教育評価機構」と決まり、文部科学大臣の認証を待って本格的な活動が始まる。わが国における高等教育の質の維持・向上と国際基準への接近を図ることを目的とする「評価時代」がいよいよ幕を開ける。   同機構は今後、評価基準の確定、評価マニュアルの作成、訪問評価を担当する評価員の養成等システム面のほか、評価を希望する大学への説明会や研修に取り組むこととなる。一方、大学側には第三者評価に対する学内意思の統一や協力体制の構築、評価の前提となる自己点検の見直しなどが求められている。なかでも総括責任者として委員会の運営や報告書の作成など学内業務のほか、評価チームの受け入れに関わる機構側との連絡・調整に当たる「リエゾン・オフィサー」の養成が当面の課題となっている。

《リエゾン・オフィサーの役割》
 米国の大学では、一般的にアクレディテーションに関わるリエゾン・オフィサーは、教員出身のアドミニストレーターが学長の指名によって担当するケースが多い。自らもリエゾン・オフィサーを務めたことがあり、また評価員としての経験もあるジョージ・ワシントン大学大学院の上席副学部長、ジェフリー・レン博士は、「米国でも外部からの評価に否定的な教員は、少なくない。そのような人たちに自己点検や外部評価の目的と意義を理解させ、学内の意思をまとめるという点でリエゾン・オフィサーの役割は大きい。アクレディテーションを次のステップに踏み出すきっかけにできるかどうかは、リエゾン・オフィサーの手腕にかかっている」と重要性を語っている。
 リエゾン・オフィサーの仕事は、めっぽう忙しい。学長の指名を受けるのは、アクレディテーションを受ける約3年前。つまり、セルフ・スタディ(自己点検)がスタートする時期である。まず、最初に取り掛かるのは、学内の教職員に外部の評価とそれに伴う自己点検の意義と目的を理解させ、協力体制を作り上げることである。大学評価に一〇〇年の歴史を持つ米国でも、実はこれが最も難しく、エネルギーを使うという。アクレディテーションの認定期間は、基本的に10年。この間、教職員の顔ぶれも変わり、また当時在籍していたとしても10年も経てば、目的や意義の記憶は薄れてくる。このため、リエゾン・オフィサーは、最も効果的、効率的に学内体制を再構築するため綿密なコミュニケーション・ストラテジー(情報戦略)を策定する。その上で、学長や学部長の協力を求め、学内で行われる教員や職員の会議、集まりに頻繁に顔を出し、必要性と重要性を周知する。そこでは、
 「なぜ、アクレディテーションが必要か」
 「教育の質を維持・向上させるということは、どんな意味を持つか」
 「教職員一人一人は、どのように関わるか」
 といった基本的な事項について徹底的な“教育”を実施する。
 また、週に一度のペースで取り組みの状況や進み具合をレポートやEメールで学内に配付する。この際、いずれの方法も質問票が添付されており、教員や職員からの疑問に応えるシステムが取られている。もちろん中には、反対意見やネガティブな反応もあるが、その場合は「正当な苦情」か「単なる、感情的な苦情」か、を見極めた上で回答し、当事者の誤解、疑問を解消して理解を深めるようにしているという。
 次に取り掛かるのは、自己点検を行う運営委員会の編成と具体的な報告書の作成作業となる。大規模な大学は、親委員会のもとにアクレディテーションの基準項目ごとに小委員会を設けることが多い。委員は、学内の教職員ばかりでなく、同窓生や学生の代表が加わることもある。委員会の目的に最もふさわしい人材をメンバーに選び、限られた時間内に効果的な自己点検を行い、報告書作成に結びつけるのは、リエゾン・オフィサーの“腕の見せ所”と言えよう。

《必要な専念できる環境》
 このようにして各委員会が作成した報告書は、全部で1000ページにものぼる膨大な量である。地区基準協会が要求する自己点検報告書は100ページ。
 このため、リエゾン・オフィサーは全ての報告書に目を通し、重要なポイントだけを取り出して要約しなければならない。しかも、作成者によって文体も異なれば、表現方法も多様だ。これらを統一したものに改め、大学の現状を正確に伝える報告書に作り上げなければならない。
 これについてレン博士は「改善が必要な弱点があったとしても、素直に、また正確に伝える姿勢が必要である。教育に100点満点はない。どこに問題があるかを大学側が把握していることを示すことが大切で、逆にもし弱点のないレポートだとしたら、それが一番怪しいと思う」と言っている。つまり、良いレポートとは、大学の現状を満遍なくカバーし、弱点があれば具体的に改善策を示しているものといえよう。
 リエゾン・オフィサーの最終的な仕事は、アクレディテーションに伴うサイト・ビジット(訪問評価)の受け入れである。地区基準協会が選んだ5名〜15名の評価員が、2日半から3日にわたって大学を訪れ、大学が提出した自己点検報告書に基づいて関係者とのインタビューを行う。リエゾン・オフィサーは、日程の調整、ホテルや車の手配、学内インタビューの相手と時間の調整、評価員のための打ち合わせ用会議室の手配等訪問評価に関わるあらゆる事務をこなさなければならない。
 このようにリエゾン・オフィサーは、指名されてから訪問評価が終了するまでの3年間、多忙を極めることになる。つまり、教育や研究、また日常業務の片手間に行える程の生易しい業務ではない。従って、米国の大学は、自己点検の開始から訪問評価の終了まで、担当の講義科目を少なくするなどリエゾン・オフィサーが仕事に専念できる環境を整える。また、3〜4名の事務スタッフを配して、資料の整理やデータの収集に当たらせている。

《グッド・ウィル・ピープル》
 自己点検から訪問評価に至るまでの全てを担うリエゾン・オフィサーに求められる資質についてレン博士は、「最も重要な資質は人間性である。多くの人の協力を求め、円滑に進めるためには、自制心が強くて、他人とうまく対応できる人がふさわしい」としたうえで、具体的には「会議ですぐにメモを取り始める人。議事録を任せたら、翌日の朝、出席者のデスクの上に届ける人。つまり“グッド・ウィル・ピープル”だ」と表現した。そして、「リエゾン・オフィサーは、オーケストラの指揮者と同じだ。学内の意思を統一し、一つの方向に向かわせるという重大な使命を委ねられているからである。そのためにも、彼を支える強力な事務スタッフが必要になる」と語っている。
 わが国の大学もいよいよ第三者評価の時代を迎えているが、評価のシステムを機能させ、大学の発展につながる効果的な評価にするためにもリエゾン・オフィサーを養成することが急務といえよう。ただ、わが国の場合は米国のように教員出身のアドミニストレーターよりも、事務職員を登用し、育成することも一つの方法と考えられる。いずれにしても、評価を円滑に進めるために日本高等教育評価機構が、積極的に取り組むことが望まれる。

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