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アルカディア学報

アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)

No.172
学士課程カリキュラムの編成状況―教養の専門化か、専門の教養化か(上)

私学高等教育研究所研究員 吉田 文((独)メディア教育開発センター教授)

 1991年の大学設置基準の大綱化から、すでに、10余年が経過した。一般教育と専門教育という科目区分の縛りが解けて、大学は自由に学士課程カリキュラムを編成できるようになったが、それはどの程度進んでいるのだろうか。近年の学士課程教育をめぐっては、一方で、教養教育に、補習教育や初年次教育の導入、英語教育・情報処理教育などのスキルの習得の必修化が進むなどの変化が生じている。他方で、大綱化以降専門教育が早期化し、大学院拡充政策のなかで専門教育が高度化したなどの変化もいわれているが、それを大学全体のなかでマッピングしたら、どのような絵が描けるのだろうか。
 こうした問題意識から、筆者らは国公私立大学の学部を単位とした悉皆調査を2003年10月に実施した。当時の4年制大学の学部数1776を調査票の配布数とし、回収数はちょうど1000票であり、回収率は56.3%となった。この調査の特徴は、大学ではなく、学部を単位としたことにある。これまでのカリキュラムに関する調査の多くは大学を単位としており、学部による違いについてはほとんど言及されてこなかった。しかし、大綱化によってカリキュラム編成の裁量権が大学に委ねられたことで、それまで全学レベルで扱われていた教養教育に対して、専門教育の主体である学部の論理はおそらく強くなっているのではないかと推測される。その状況を検討したいというのが調査のねらいである。今回は、学士課程カリキュラムの量的規模と履修要件からみた配分構造を中心に、次回はカリキュラムを構成する各要素の特質とカリキュラムの編成原理に焦点をあてて報告したい。
 まず、第1に量的規模について、卒業要件単位数をみると、卒業単位を124単位としている学部が全体の約半数、125単位以上を課している学部は30%であるが、そのうちの60%(全体でみれば約20%)は125単位から130単位の間に集中している。学部内の学科によっては卒業要件の異なるケース(15%)から、医学部と看護学科のような6年制課程と4年制課程とからなる2%を除いた13%をみると、半数は5単位以内の差でしかない。したがって、学部単位でみた卒業要件単位数は124単位までに50%が、125単位から130単位の間に25%が集中し、全体としてばらつきはあまり大きくはない。各科目区分への配分は、6年制課程を除いた平均単位数の比率は、教養教育で24%、専門教育で60%であるが、それ以外に教養と専門を合わせもつ科目が6%、自由選択が8%といった構成になっている。これまでのいくつかの調査では、いずれも大綱化によって卒業要件単位数も教養教育単位数も減少したという結果が得られていることから、おそらくそうした推移を経て現在の単位数となっているものと思われる。
 さて、次に学部による単位数のばらつきを標準偏差でみると、教養科目が11、専門教育はその倍の20であるが、卒業要件ではわずか4・3である。各科目区分への配分単位数は学部によって大きな違いがあり、とくに専門教育については学部の自由裁量が強く働いて編成されていることがわかる。
 科目区分の学部による違いは予想どおり大きい。教養と専門科目の関係でみると、専門が多く教養が少ない医療、家政、理工系と、教養が多く専門が少ない人文、社会、学際系とに明瞭に分化し、たとえば、教養科目では、平均26単位を課す家政系から63単位を課す農学系まで、専門では、90単位を課す医療系(6年制を除く)から、70単位にとどまる学際系までの間に分布している。
 学部間の違いは、平均単位数だけではなく標準偏差にもあらわれている。医療、家政系は専門の標準偏差が小さくどの学部も比較的均一な専門カリキュラムを編成しているのに対し、人文、社会、学際系のそれは大きく、同じ専門領域であっても内部分化が大きい。
 ところで、こうした科目区分の単位数に関する設置者の影響を学部とあわせてみると、どの専門領域であっても、教養の単位数については国立で多く私立で少なく、公立はほぼその中間に位置し、専門教育に関しては、設置者か学部かのどちらかの影響力が強いという傾向は認められない。大綱化前後で教養教育の担当組織に関して、より大きな構造変動をしたのは公私立よりも国立であるが、教養教育の単位数については依然として国立が多くなっていることは興味深い。
 第2の課題である年次別の配分構造は、学科・専攻・コースなどへ所属して専門教育を実質的に開始する時期が遅いほど教養の単位数が多いという関係がある。それを学部別にみると、人文、社会、学際系など文系では専門の開始時期が遅いところが多く、理系では早期に開始するところが多い理工系と、遅く開始するところが多い農学、医療系とに2分している。
 また、学部などへの所属時期が早いと、1年次に専門の必修科目があり、1年次には専門の単位数が教養の単位数を上回るというケースが多い。さらに、同じ専門の開始時期であっても、たとえば、1年次に専門の必修科目をもつケースと、もたないケースを分けると、前者の教養の単位数が少なく後者に多く、その関係は専門のどの開始時期においても共通しているのである。具体的にいえば、入学選抜時に学部もその下位単位の所属も決定し、1年次に必修の専門教育があるケースにおける教養教育の単位数は31単位であるが、学部とその下位単位への所属が入学後に決定(ほとんどが2年から3年前期に集中)し、1年次に必修の専門教育がないケースの教養教育の単位数は37単位といった違いがある。所属の早期の決定は、履修要件としても履修単位数としても専門教育の早期化をもたらし、教養教育の比重を軽くしていることがわかる。
 これらの結果は、大綱化が学士課程カリキュラムに与えた影響は学部によって異なることを示唆しているが、それは、単に学部による単位数の違いがあることを指していうのではない。大綱化当時、学習の過密化が問題視され、おしなべてどの学部も卒業要件を削減し、多くが124単位かそれに近い単位数を課すようになった。しかし、それに応じた専門教育の削減に限界がある理系は、専門教育の早期化、教養の削減を招き、他方、文系はそうした制約から比較的自由であったと推測されるのである。ここでみた文系と理系による履修構造の違いは、それをあらわしているように思う。いってみれば、大綱化は、より学部の専門教育の論理をカリキュラム編成に働かせる結果をもたらしたと考えるのであるが、それが自由裁量権の行使なのか、卒業単位数の削減によるやむを得ざる選択なのかは、学部の置かれた状況によって異なっていたのではないだろうか。(つづく)

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