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アルカディア学報

アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)

No.169
1年次教育の構造―02年度米国4年制大調査結果 (上)

私学高等教育研究所研究員 山田 礼子(同志社大学文学部教授)

 以前、本稿で私学高等教育研究所の研究課題の一環として2001年に実施した導入教育(以下1年次教育とする)に関する学部長調査の結果を、4回にわたって研究班のメンバーのリレー方式で掲載したが(同紙2119〜2120、2122〜2123号)、今回はそのほぼ同じ質問項目からなる質問紙をもとに筆者が個人の科学研究費補助金、基盤研究Cとして2002年度に実施したアメリカ4年制大学、教育担当副学長、学部長調査の結果を紹介することにしたい。
 筆者は日本における1年次(導入)教育の構造と広がりを1990年代後半から研究すると同時に、その先例となる米国の1年次教育を同時に合わせ鏡として研究の対象としてきた。その過程で、日本より早期に高等教育の大衆化、学生の多様化を迎えた米国においては、補習教育ならびに1年次教育の実践だけでなく、関連学会が設立され、一連の研究蓄積もあることが知見として得られた。米国の高等教育機関では、1970年代半ばから、学部新入生を対象とした1年次教育カリキュラムやプログラム開発、授業における取り組みが積極的に行われている。1年生を支援する包括的なプログラムを一年次支援プログラムとして呼称されているが、本プログラムには学業から日常生活にいたるまでの大学生活全般についてのオリエンテーション、アドバイザー制度、カリキュラム外での補習コースや個別指導などが含まれている。一方、正規のカリキュラムに位置づけられている一年次教育は現在ファーストイヤー・セミナーとして呼称されることが一般的である。そのようなファーストイヤー・セミナーの教授内容や一般的な学生への評価がどうであるかといった視点から、ここではファーストイヤー・セミナーの構造について調査結果から紹介することにしたい。
 American Council on Education(ACE)のリストに掲載されている4年制大学1358校を対象に、2002年11月に質問紙調査を実施し、463校から回答を得た。質問紙調査では、@大衆化過程での学生の変容、A学生の多様化に対応したカリキュラムの内容と開発に関して、B具体的な教授法と学習支援策との連携、C学生への効果とその測定、D一般教育との関連性、連携性、E現状と問題点を中心に質問項目を設定し実施した。調査を分析するにあたってカーネギーの大学分類2000年版を枠組みとして使用した。この分類にもとづいた回答校の内訳は、Extensive research大学が11%(51件)、Intensive research大学が6.9%(32件)、Master I大学37.1%(172件)、Master II大学5.6%(26件)、リベラルアーツ大学16.2%(75件)、学士号一般大学16.8%(78件)、学士号・準学士号授与大学1.1%(5件)その他1.3%(6件)であった。
 まず本調査結果の分析にあたって留意すべき点を明確にする。米国の高等教育機関ではオリエンテーション・プログラムの延長として、かつ転換期を支援する導入教育を統合したプログラムとしてファーストイヤー・プログラムがある。回答者側がファーストイヤー・エデュケーションとして尋ねた場合、ファーストイヤー・プログラムとして認識して回答すると推察されたので、調査票では1年次教育の定義を教育の中身を意味するファーストイヤー・セミナーとして指定し、その側面は@セミナースタイルで様々な特殊な内容を取り扱っているタイプ、A大学生活に成功するための基本的な技能習得のための内容で構成されているタイプ、B学生という仲間集団を形成するための目的で意図された内容を盛り込んでいるタイプ、として実施状況を尋ねている。
 大学機関の種別にかかわらず80%以上が現在実施しているという結果となり、実施していないが予定ありを含めるとおおよそ9割近く(全体平均)が1年次教育を実施もしくは検討中であるということになる。機関種別数にばらつきがあるため一概に結論付けることはできないが、教育に力を入れていると一般的に指摘されているリベラルアーツ型大学における1年次教育の普及度が高いことが特徴的ともいえる。
 大学類型別に見た1年次教育の必要度についての結果では、大学の類型にかかわらず、大多数の学生に必要、ほぼ全員の学生に必要と考えている大学が大多数(全体での平均90%程度)である点に米国的特徴があるとも看取できる。日本の1年次教育の広がりを検討してきた過程において、多くの教員が必ずしも大多数の新入生に必要な科目であるとは考えておらず、その教員の意識の格差が一年次教育の広がりの阻害要因でもあったのだが、米国では少なくとも一年次教育が新入生にとって不可欠との認識が共有されていることが見て取れる。
 1年次教育は卒業率とリテンション率(継続率だがおもに1〜2年時点での在留率を意味する)の向上に関連が深いとされている。1〜2年平均在留率(リテンション率)と4年平均卒業率はACTの1999年、2000年の全国平均(リテンション率74%)とほぼ同じ数値を示している。回答数の少なかった大学類型を除いて見れば、リテンション率が全国平均より高いのは、Extensive research大学の84.66%、リベラルアーツ大学の81.98%である。五年平均卒業率が全国平均を大きく上回っているのは、やはりExtensive research大学とリベラルアーツ大学となっているが、4年卒業についてみれば、Extensive research大学は大幅に低くなり、高い四年卒業率を示しているのは、Master U大学とリベラルアーツ大学のみになる。Extensive research大学やリベラルアーツ大学に在籍する学生のレディネスがもともと高い結果であるのか、1年次教育の効果が結果的に高いリテンション率にあらわれているのかはこれだけでは測れないことから、次に1年次教育の内容についての分析を進めていく。
 表1には1年次教育の内容について重視度の高いものから示したが、(例えば、補習教育が最も低く(2.31点)、大学への帰属意識を高めることが最も重要視されている(四・三五点)ことがわかる。(高い順に第五位までを示すと、第二位:図書館・文献検索法4.22、第3位:大学での成功・適応への動機づけ4.19、第4位:市民としての倫理観・責任感の育成4.16、第5位:文章力の育成4.15となる。)米国では補習教育は一年次教育とは別個の存在として位置づけられているとの見方があるが、ここでもそれが裏付けられたことになる。補習教育に対して「ある程度重要である」と「重要である」を合計した比率は17.8%ほどでしかないが、そのなかでかなりの比率を占めているのはMaster TとBachelor generalに属する大学である。補習教育的な要素が求められる1年次教育を提供せざるを得ない現状がこの2類型の大学にはあると類推される。

表1 1年次教育内容の重視度
表1 1年次教育内容の重視度

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