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アルカディア学報

アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)

No.159
マレーシアの私大評価―その認証評価機構と私大の発展

日本大学文理学部教授  羽田 積男

 本年2月29日から3月4日までの5日間、日本私立大学協会のマレーシア大学評価調査団の一員として、同国の認証評価機構や有力な私立大学を訪問調査した。訪問団は、筆者の他に鋤柄光明研究員(大阪商大教授)、大佐古紀雄早稲田大助手、同協会から吉村猛主幹と伊藤敏弘主任が加わり総勢5名であり、同協会が設立する予定の認証評価機関の具体的な課題を抱えての調査となった。鋤柄氏は、本紙4月28日号の同欄において、今回のマレーシア訪問調査の一端をフィリピンと比較しながら報告しているので参照していただきたい。
 マレーシアは日本の約4分の1の人口。民族的にはマレー人をはじめとする多民族国家であり、宗教的にもイスラム教、仏教など多様である。言語もマレー語、中国語や英語などさまざまである。この国は、多様性が、社会や教育を読み解くキーワードとなる。
 その多様性を生かしながら国としてまとめるという困難な課題は、マハティール首相によって導かれた4半世紀における経済発展や社会改革に結実している。この国の高等教育の歴史は新しく、一番古いマラヤ大学でも、創設は1949年とのこと。もちろんイギリス統治下における高等教育の歴史も100年を超えるが、事実上、高等教育の何もかもが1960年代以降に生起したことばかりである。とりわけ最近における私立大学の誕生と発展は、国立大学を中心としてきた高等教育にとって最大の変革である。その変革の原動力は、経済の成長や社会の変革に求めることができるが、もはや一握りの国立大学のエリート教育機関だけでこの国の発展を支え続けることは難しい。つまりマレーシアは国力に合わせて新しい大学をより多く自ら創る必要があり、優れた人材が必要なのである。
 マレーシアの大学を概観しておこう。信頼できる最新の『高等教育総覧 第四版』によれば、国立大学などの公立大学セクターには、ユニバーシティ11校、ユニバーシティ・カレッジ7校の合計18校。他方、私立大学セクターには、ユニバーシティ11校、ユニバーシティ・カレッジ5校、外国大学分校四校の合計20校となっている。以上が公私立の大学総数であるが、この他に私立カレッジと総称される、マレー語となったAkademi, Institut, Kolejなどの名称を冠した高等教育機関が実に688校も存在している。つまり、私学セクターは、総合大学、工科系などの大学、小規模カレッジなど実に多くの大学・教育機関群からなっている。そして、これらの私立の大学・教育機関はすべて教育省の認証を受けた評価機構のプログラム別の評価を受けているのである。そこで学ぶ学生総数は23万人に近く、この国の全学生の約6割を擁するにいたっている。1985年には1万5000人しかいなかった私大生は、いまではその15倍にもなろうとしているのである。
 私学セクターを国が育成することを政策決定したのは、1996年になってからのことである。その前年、95年には私学セクターの学生は約13万人に増えていて教育法による私学教育の支援は不可避となった。つまり、96年に成立した私立高等教育機関法は、私学の存立を担保し支援する法的な処置であった。しかも、有力な私学セクターの育成には、国の高等教育政策の意向を汲んだ、公的産業たる電信電話公社、電力公社、石油公社などの力を借りて育成することにしたのである。その具体的な大学が、マレーシア郊外に国際的な水準と規模で創設されたマルチメディア大学、テナガ・ナショナル大学、ペテロナス工科大学などであり、今回の訪問ではこのうちの2大学を訪問したのである。
 政府直轄の公社が設立した大学を私立大学と呼ぶのは、確かに不思議な感じがしないでもない。しかし、私立大学は実に多様な形態をとって設立されている。
 例えば、華人系社会を背景にしたT・A. ラーマン大学は、マレー人優遇を掲げたブミプトラ政策にもかかわらず、卓越した経済力をもつ華人社会が年月をかけて創り上げた大規模な教育機関であり、2004年に正式に大学となった。多様な大学設立の様態とは、右の公社立の他に、個人事業主、会社、会社の連合体、公営企業などが大学を創設していることを意味する。
 このように大学創設の様態も多様であるが、学生にとってはその勉学上の多様性も確保されている。最近では英語を教育用語にして、国際的レベルの大学をめざす大学が多くなってきた。また私立大学でユニークなのは、ツイニング・プログラムつまりマレーシアの私立大学で1〜2年間学び、その後外国の大学へ転じて学位を取得する方法。あるいはツイニングの変形で、外国大学と教育協定をもつ自国大学だけで学び、外国大学の学位を取得する方法。マレーシア科学大学(USM)などの公立大学が、私立の大学と教育協定を結び、その教育を私立大学へ委託し、学位は公立大学が授与する方法がある。その他、遠隔地教育ではイギリスの大学がもつ遠隔地教育の面接授業をマレーシアの私立大学が担当するなどの方法が確立されている。これらは、歴史的にはマレーシアの大学の脆弱性を示すものであったが、今日ではその優れた特色を示すものとなっている。
 10年の内にこれだけの制度的な改革が断行されれば、大学の質的な保証が当然のこととして問題となる。不完全な機関を大学へと昇格させれば教育の質や施設の整備などが追いつかないことも当然予想される。こうした声や危惧を反映し、かつ国際的な標準を意識して、97年に国家大学認定協議会法が成立し、教育省の認証のもとに高等教育認証機構(LAN)が立ち上がり、約150名の職員ですべての私立大学の学位と教育プログラムの質的な審査を行うのである。この機構のマレー語の略字のAは、Akreditasiであるから、語源は英語のアクレディテーションであり、その理念の淵源は明らかである。
 LANが掲げる行動原理の一つに、教育の質を保証するためにアクレディテーション・システムを創造するとある。またLANの使命には、高等教育機関におけるすべての教育コースが、高い質を保持しており国際的な地位を築いていることを保証することによって、人間形成と高い才能を持った人材の育成に寄与する、と謳われている。
 こうした大学評価の原理は、アメリカのアクレディテーションの理念を下敷きにしたのではないかとLANの首脳に問うてみたところ、むしろニュージーランドの大学評価の影響下にあるという答えであった。つまり、マレーシアの新しい私立大学を評価するのは、他国の制度の直輸入版ではなく、行動原理にもあるように自国の大学に合わせて創り上げた独自の制度なのである。しかも、その評価の運用実績を伺うと、03年9月の時点で教育プログラムの評価申請885件に対して532件の認証評価を与えている。その優れた質を持っていることの証明であるアクレディテーションの付与は、約6割に過ぎなかった。しかし、この制度はなにも不適格の烙印を押すのがねらいではない。教育プログラムごとの学位や資格授与のための最低基準の審査、授業を行うために必要な認可審査という下位のプロセスも重視されている。有力な公立大学でさえ不適格の烙印を押されるプログラムがあるというから、その審査基準は決して緩やかなものではない。評価マニュアル類や印刷物の詳細さは、アメリカの大学基準協会のそれを凌駕するほどのものである。
 遅れて高等教育を発展させた国には、後発の効果がある。彼我の成功や失敗から学ぶことができる利点がある。マレーシアの私立大学の発展や実情は、我々には確かに驚異的であった。訪問した私立大学の施設や設備もなるほど世界水準であるように思えた。マレーシアの10年は、私学の成長と質的保証を同時に両立させようとする挑戦であった。その挑戦の方向は、公立大学の法人化、高等教育の私学化と国際化であった。いま、マレーシアの高等教育に謙虚に学ぶことがあってもよいように思う。なぜなら、これらの大きな課題を、私立大学の質的な向上とともに成し遂げた実績は、残念ながら、我々にはないからである。

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