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アルカディア学報

アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)

No.155
初年次教育の日本的課題―拡大するFYEの解釈 (下)

関西国際大学副学長 濱名 篤

 4、大学新入生調査結果からみた、高校から大学への「移行」の課題
 日本において「初年次教育」が対応すべき課題については、同志社大学の山田礼子氏らによる大学学部長調査などの先行研究があるが、学生達にとって円滑な「移行」がどのように進行していくのかについての先行研究はほとんど存在しない。そこで、筆者らが行った、大学新入生調査の中間段階でのデータ(個人を特定したデータの4月・6月・10月の3時点データ)から概要の一部を紹介しておく。

 調査対象:国私立大学5大学(人文社会科学系)1年次生約600人
 調査時期:平成15年4月(入学直後)・6月(大学生活に慣れた時期)・10月(春学期の成績を受け取る時期)の3回
 調査方法:学籍番号により個人を特定して、3回分揃った個人別にデータを接合して分析する予定。今回は接合前の3大学(いずれも人文・社会科学系の入試難易度中堅以下の私立大学)のデータを用いた中間集計である。
 主要属性:男性66.4%、女性33.3%、NA(回答なし)0.4%/自宅67.1%、下宿32.5%、NA0.4%
 親学歴:両親とも大卒27.2%、父のみ大卒(短大含)19.2%、母のみ大卒11.6%、どちらも高卒以下(「第一世代」)40.1%
 出身校の4大進学率:4分の3以上27.9%、半分くらい31.6%、4分の1程度13.9%、ほとんどいない8.3%、わからない13.5五%、NA4.8%
 ※本研究は科学研究費基盤研究B(1)「ユニバーサル高等教育における導入教育と学習支援」(平成13〜15年度、研究代表者:濱名 篤)の助成を受けている。
 入学直後の新入生にとって、高校生活との断絶をどのような側面で感じるのであろうか。@入学後にした学習に関する体験、Aキャンパス生活や日常生活で自信を持っていること、B入学後困っていること、の3つの側面からみていこう。
 まず、@入学後の学習に関する体験をみると、入学直後の4月から6月の間の変化が最も大きいのは「課題・レポートのためのインターネット利用」(4月15.2%、6月72.9%)、10月79.6%)で、5倍近くに急増している。しかし、情報収集のためのインターネット利用は「コンピュータ活用能力」への自信にはつながっておらず、インターネット検索では活用能力として不十分であると認識されている。
 4月段階では、友人との接触は半数未満しか経験していない。「授業後の友人との授業についての話」ですら半数であったのが、6月には62%に増加し、「友人と一緒に勉強」も48%へと倍増しており、入学後の2か月で友人関係ができ、学習面での付き合いも進むことが分かる。「授業中進んで発表」も4月の19%から6月には35%へと急増している。
 他方、遅刻(4月22.2%→6月50.6%→10月46.2%)やサボり(16.6%→43.4%→40.0%)といったネガティブな習慣に染まりはじめる者の増加も随伴しており、こうした学生は入学後二か月で出現し、その後は増加していかない。入学後の2か月で学習に適応する者と、そうでない者の学習習慣の分化が進むとみることができる。
 次に、Aキャンパス生活や日常生活を送るうえで、どのような行動に自信を持っているのかをみると、自己肯定観があまり強くないことがわかる。4月の時点では、「対人関係(人付き合いと人間関係)」(50.4%)と「努力すること」(50.3%)には過半数の学生が自信をもっているが、大学での学習にとっての基礎的能力には自信はあまりなく(数学的思考15.3%、プレゼンテーション能力17.2%、文章作成能力19.8%)、「高校までの勉強」(23.8%)以上に、大学での学習は「手強い」とみられていた。「大学の講義理解力」に一定の自信を持っているのは36.4%に過ぎず、2か月経っても慣れてきて改善しておらず、自信を持つ者は増えていない。
 入学後2か月経過した6月になっても、こうした全体的な傾向に大きな変化は出てこない。入学後、急速に改善するのは「文章作成能力」(4月19.8%、6月27.5%、10月26.4%)のみであるが、対象となった大学の特性による影響も否定できないが、学習技術に関する項目の中では「コンピュータの活用能力」以上に効果が現れていることは注目に値する。レポート等の書き方の学習や添削によって、文章作成については比較的短期間で教育効果を上げうる可能性を示唆している。
 B入学後の悩みのトップは「高校時代の友人に会いたくなる」(75.2%→72.5%→68.9%)である。4分の3の学生が、新たな環境での人間関係づくりに苦労する中、過去の人間関係に郷愁を感じている。以下、過半数の学生が入学直後に感じた悩みとして「授業が難しい」(58.2%→59.5%→41.4%)「授業が退屈だ」(55.6%→69.3%→60.3%)「さびしい」(50.3%→54.0%→51.2%)といったもので、入学直後の4月段階での「移行」は順調には始まっているとはいえない。
 6月になると、基本的な悩みが解消されないまま、「授業が退屈だ」と感じる学生が13ポイント上昇し、「アルバイトが忙しく勉強できない」学生(55.6%→69.3%→60.3%)も8ポイント増え、適応しているとはいえない学生はむしろ増加する。他方、「授業を聞いて新しい考え方ができるようになった」者(37.2%→46.8%→50.7%)が着実に増加しており、学習への適応―不適応の分化が進んでいる。
 10月になると「授業が難しい」が4月より16.8ポイントも減少し半数以下になり、「授業を聞いて新しい考え方ができる」が13.5ポイント上昇し、適応する学生は着実に増加しており、半年間の最大の変化は、こうした「学習面での悩み」が減少したことである。
 「高校時代の友人に会いたい」に代表される「人間関係」の悩みは、夏休みを挟んだ10月になってわずかに減少するものの、7割近くの者はまだ続いている。人間関係に関する悩みとしては、「さびしい」、「大学内での孤立」、「入学後の知り合いとうまくやっていく自信がない」、「学内ではひとりぼっち」といった項目があるが、いずれも入学後半年経っても、悩みが解消する方向に向かっていかない。日本の大学生の「移行」期における最大の悩みは「人間関係」にあるといえるだろう。
 これに比べると「授業への適応」についての悩みは、入学後半年で解消する方向に向い始める。「授業を聞いて新しい考え方ができる」という適応学生が5割に増加している。
 他方、「授業に退屈」な学生が56%から7割に増加しており、授業方法・内容の現状に問題があることを推測させ、アカデミックな意味での「移行」は全体としては順調とはいいきれない。
 以上のように、「移行」期の悩みとしては、「人間関係」と「新しい学習スタイルへの適応」の2つが双璧であり、これらが学生支援の主たる課題であるといえ、日本における初年次教育の領域が「新しい学習スタイルへの適応力の涵養」と、リーダーシップ育成や孤独化からの脱却も含めた「対人関係の構築」を包含していく必要性を示している。

 5、最後に
 最初に述べたFYE(First Year Experience)のワークショップに中国から参加した、中国の私大研究の第1人者である廈門大学のウ大光教授(注記1)は、アメリカと比べ高校まで暗記型の学習の比重の高い日本などの東アジアの国々では、アメリカ以上に高校―大学の学習形態に違いが大きく、学生の多様化の進行と共に、FYEのような学生支援プログラムが重要になると指摘した。特に、1人っ子政策で親が子どもに関わりすぎて、自立できないまま入学してくる大学生が増えてきている中国、特に私学では、今後FYEの重要性が増すだろうと述べられていた。
 FYEの特徴である、社会や各大学のミッションに応じたカスタマイズをしていくためにも、国際的な動向についても情報を集めていく必要が出てくる。今年の第17回FYE国際会議は6月14〜17日の期間にハワイ・オアフ島で開催され、玉川大学が共同主催をする(http://sc.edu/fye/events/international/)。また、各学部教授会の自律性が高く、日本と組織特性に共通点の多い、オーストラリア・ニュージーランドなどの諸国を中心とする環太平洋FYE国際会議が7月14〜16日にオーストラリア・メルボルン市郊外のモナシュ大学で開催される
 (http://www.fyhe.qut.edu.au)。
 FYEに興味のある私大関係者には是非出席をお勧めしたい。
(おわり)

注記1:ウ教授の漢字表記は、おおざとに烏。

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