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アルカディア学報

アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)

No.147
FD・SDからBDへ―問われる理事会の自覚と責任

桜美林大学新宿キャンパス長 船戸 高樹

 わが国の私立大学を取り巻く環境は、予測を上回る勢いで悪化している。18歳人口が減少する中で、改組転換や株式会社を母体とする新規参入大学の登場は、学生確保の面で大学間競争を激化させ、定員割れの要因ともなっている。学費依存率が高く、財政基盤の脆弱な多くの私立大学は、入学者が確保できなければ、たちどころに財政危機にみまわれる。
 文部科学省も「私立大学経営支援連絡協議会」を発足させ、経営状況が悪化した学校法人に対する支援策の検討を始めている。経営基盤強化に向けた取り組み等を支援することを主旨としているが、破綻した大学の学生が円滑に転学できる方策を探るなど検討内容は生々しい。民間の破産管財人の役割とでも言えよう。
 このような大学を取り巻く厳しい環境を背景に、大学設置・学校法人審議会の「学校法人制度改善検討小委員会」は、学校法人の管理運営を担う理事、監事、評議員会の機能を強化するため、その権限と責任について提言を行っている。確かに、これまでわが国の大学理事が経営責任を問われることは、ほとんどなく、その責任と役割も明確になっていなかった。志願者が定員を大きく上回るという“売り手市場”の時代の理事会に求められていたのは、経営能力よりも教授会等との調整能力であったからだ。しかし、時代が変わり、社会が変化するのに伴い、理事会に経営理念の確立やリーダーシップが求められ、個々の理事の責任と能力が問われるようになってきた。取り巻く環境が厳しさを増せば増すほど、理事会の判断ミスが組織の存立を危うくし、命取りになりかねないからである。

《理事能力の開発》
 教育研究や学生サービスなど“大学の質”に対する社会の目が厳しくなるにつれ、教員の能力を高めるためのFD(ファカルティ・デベロップメント)や職員の資質を高めるためのSD(スタッフ・デベロップメント)等の活動に取り組む大学が増加している。ところが、本来最終的な経営責任を負うべき理事に対し、その能力の開発や役割の明確化に関する研修はほとんど行われてこなかった。
 民間企業の場合、社員間の激しい競争の中で、何度もふるいにかけられ、最終的に勝ち残ったものだけが、経営陣の仲間入りを果たす。この過程で、企画立案能力や人事管理能力、財務管理能力等の経営センスが磨かれていく。しかし、大学の理事の場合、学内選挙で選ばれて、自動的に、ある日突然理事に就任することもある。学問的権威は問われても、経営能力で選ばれることがないのは当然である。したがって「私立学校法も設置基準も読んだことがない」、「基本金の意味がわからない」といった理事が生まれかねない。変化の乏しい時代には、これでも理事は務まった。ところが、環境が一変し、理事会に的確な現状分析とそれに基づいた緻密な戦略を策定するという重大な責任がのしかかってきた。そのためには、理事としての能力を開発するためのBD(ボード・デベロップメント)が必要となっている。

《米国の大学理事会》
 理事に対する研修制度については、米国の大学に学ぶところは大きい。基本的に大学理事は、ボランティアの学外者によって構成されている。選任の方法は、州立大学の場合、知事が任命するケースが多いが、私立大学の場合は、理事会で選出するケースと一部の理事について卒業生等の選挙で選出することもある。いずれにしても、学長や学部長が自動的に理事に就任するという、いわゆる“充て職理事”は存在しない。AGB(米国大学理事者協会)の調べによると、加盟している約1500大学のうち学長が理事になっているのは55%に過ぎない。理事の数は、少ないところで22人、多いところは68人で、一大学の平均は三〇人となっている。職種別では、企業のトップが四〇%で最も多く、次で卒業生の三五%、弁護士等の専門家二〇%となっており、在学生も一〇%を占めている。
 理事会の役割は、大学のミッションを成就させるために最もふさわしい学長を選任することと財政的な安定のために基金を集めることである。その上で、日常の運営に関しては全て学長に委ねる。学長がCEO(最高経営責任者)と呼ばれるゆえんである。したがって、理事会の目的は大学をガバーン(統治)することであって、マネージ(運営)することではない。理事会の使命は「未来への方向性を、創造的に示す」ことであるが、理事の多くは社会的な地位が高くても高等教育機関については、ズブの素人が多い。このため、新任の理事や現職の理事に対する研修が行われる。
 オリエンテーションと呼ばれる新任の理事に対する研修は、それぞれの大学の持つミッションを理解することから始まる。大学の歴史と伝統、卒業生の活躍等を検証することによって、大学が社会の中で存在する意義と目的を学び取る。さらに、高等教育に関する連邦政府や州政府の法律・規則のほか政府機関や協会、アクレディテーションを実施する地区基準協会から発行されているデータ、資料、刊行物に目を通し、理解する。これらを通して大学を取り巻く環境の変化と対応策について基本的な知識を身につけ、理事としての役割と責任について開眼させることが研修の目的となっている。

《リトリート・プログラム》
 一方、リトリート・プラグラムと呼ばれる現職の理事に対する研修は、通常年に1回、3三日間をかけて行われる。内容は、教学面や財政面をはじめ施設・設備、将来計画、学生支援等について一年間の総括と反省を行い、一人一人の理事が役割を果たしてきたかどうかが問われる。研修では、一貫して「大学が抱える問題を回避して、どのように新しい方法を見つけるか」に焦点が絞られる。テーマに対して的確な回答ができない場合や質問の意味が理解できず、ピントのずれた意見を述べるようなことがあれば、任期途中でも理事のポストから去ってもらうことは珍しくない。つまり、米国の大学では「理事会に出席して手を上げるだけの理事を求めていない」わけで、大学の将来を託す理事には、それだけ重大な責任があるのである。
 これらの研修は、理事長が主催する場合と外部の機関に依頼して行う場合の2つの方法がある。これについては「仲間内だけでは、遠慮もあって正直な発言が抑制される。研修の目的は、大学が正しい方向に進んでいるかどうかを的確に判断するものであるから、密度の濃いディスカッションが必要である。そのためには、客観的な判断を下せる外部の評価が必要となるから外部機関に委託した方が研修の成果があがる」という意見が強い。
 米国の理事会はこのようにして理事の能力向上に取り組むとともに、年度始めには年間目標を学生や教職員、地域の住民、企業などのステークホルダー(利害関係者)に対して発表する。そして、年度の終わりには、その目標の達成度についてアンケートを実施して評価を受ける。この繰り返しによって、大学を構成する人たちは「理事会の考え方、大学のビジョン」を知ることができ、理事会が身近な存在になっている。
 わが国の大学にも、理事の役割と責任を明確にし、理事会を活性化するため、米国と同様に理事研修制度を導入してBD活動に取り組む必要性が高まっている。日本私立大学協会がその役割を担って、加盟大学における理事会の強化のため研修制度を導入することが望まれる。

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