Home日本私立大学協会私学高等教育研究所教育学術新聞加盟大学専用サイト
アルカディア学報

アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)

No.141
省令―なぜ遅れているか 文科省の認証のための省令

私学高等教育研究所主幹 喜多村 和之

 すでに本欄でも繰り返しとりあげてきたところだが、周知のとおり、2002年11月、政府提案の学校教育法および私立学校法の改正により、日本の大学、短期大学、高等専門学校の高等教育機関は、国公私立にかかわらず、すべて政令で定める期間内に一度、自己点検・評価を行い、その結果を公表するとともに、政府が認証した評価機関(認証評価機関という)から第三者評価を受けることを義務づけられることとなった。この新しい認証評価制度の施行時期は2004年度からであり、あと数ヶ月の間近にせまっている。ところが、このような時期になっても、第三者評価を実際に担当すべき予定の評価機関においても、これを受けることになっている個々の高等教育機関の側でも、さらには新制度の実現に責任を有する文科省の側においても、かならずしも実施に臨んで充分な準備ができているとはいえないように思われる。こうした事態は法律に定める新制度の施行日(2004年4月1日)直前に迫った時点としては異例なことである。
 このような状況になっているまず第一の責任は、そもそもこの新制度を計画し、法制化し、したがって実施の責任者でもある当の文科省が、本稿執筆中の2003年11月末の時点になってすらも、いまだに認証評価制度の細目を定める省令を公表していないことにある。省令が明らかにされないままでは、認証評価機関に申請しようとしている第三者評価機関の側でも、評価のための基準や方法、内容等についてそれぞれの機関の方針を具体的な形で策定することができない状況にある。それは大学設置基準が未定なのに設置の認可を受けることを求められているようなものだからである。
 また、各高等教育機関にしても、それぞれ自己点検・評価の実施と公表を義務化されているのだが、自己評価と第三者評価とは緊密に係わりあっているので、どんな内容が省令に定められるか不明なままでは、独自に自己点検・評価システムを設計することができないでいるのが実態であろう。つまりこれまた第三者評価で何を評価の対象にされるかわからないのに、自己点検・評価だけを計画するわけにはいかないからである。文科省はこの点についてどう考えているのか、なぜ省令の公表が遅れているのかを早急に明らかにすべきである。さもないとこの新しい制度は、発足のそもそもからつまずいて、日本の高等教育の質的向上をはかる制度として定着することもおぼつかないと危惧されるのである。万一そのようなことになったならば、この制度の創設を主導した文科省の重大な責任問題になるのは免れないであろう。
 あるいは文科省ではすでに中教審に審議のために提出した資料(文部科学大臣が第三者評価機関を認証する際の基準〔細目〕について)が2003年3月6日に出ているから、おおよその内容は周知のことと考えているのだろうか。もしそうだとしたら、この文書の存在自体を知っている関係者がどのくらいいるのか知りたいものである。
 また、文科省の担当者は省令になってもこの細目の内容はほとんど変わらないとも説明しているようである。しかし内容は変わらないというのならば、すぐに省令として公布したらよいではないか。それに省令の内容は変わらないという文科省の説明はにわかに信じがたい。なぜなら認証評価制度の創設を勧告した中教審答申に基づいたと称しながら大幅に内容を異にする法案に仕上げたのは文科省の官僚であり、認証評価の内容や方法に細かい規制はしないとの文科省幹部の国会答弁にもかかわらず、きわめて細かいところまで規制を加えた認証基準案を審議会に提案しているのは文科省の官僚なのである。われわれは省令が出て目にするまでは、官僚のその場限りの言い訳や口当たりのよい言葉を信ずるわけにはいかないのである。それに省令の公表が遅れていること自体がさまざまな憶測や疑惑を抱かせることになる。
 巷では1000校をはるかに超える高等教育機関を7年なり5年なりの期間で評価を終了しなければ法令違反として処分の対象にするといった強権的な措置を実行することが果たして可能なのかという疑問がすでに抱かれているし、筆者も2003年7月7日の私学高等教育研究所主催の公開研究会においてこの疑問を指摘し、そもそも文科省も中教審もこれだけ多くの高等教育機関を五年なり7年で評価を終えられるというシミュレーションをしたうえで政策を推進したのかという問題提起をしたところである。(『私学高等教育研究所シリーズ第18号』2003年11月近刊予定及び本紙本稿124号(6月25日付)及び128号(7月23日付)参照。)
 ところで奇怪なのは、報道によれば(本紙11月12日付参照)、中教審内部ですら同じような疑問が表明されていることである。たとえば去る10月15日に開かれた大学分科会(分科会長:佐々木毅東京大学長)では、「今後7年間で全ての大学を評価するのは可能なのかどうか」、「これから評価基準等を定め、評価員を養成・研修しなければならない。日程的に厳しいのではないか」といった評価制度の実施可能性についての懸念が示されたという。
 こうした懸念や危惧は筆者がすでに指摘してきたところと共通するが、しかし、この政策を勧告した当の中教審がいまさらそんな懸念をもち出したとすれば、それは政府の政策形成機関としては問題である。なぜなら審議会は結果的には実現が疑問視されるような政策を国民に勧告したことになってしまうからだ。官僚は審議会の答申に基づいて政策形成や立法措置をはかり、それが結果的には社会や大学などの当事者に大きな影響を及ぼすのであるから、国の政策形成に関与する審議会委員はそれなりの実現の可能性を十分考慮したうえで、政策形成にあたっていただきたいものである。
 いずれにしても新しい認証評価制度によって日本の高等教育の質的保証を定着させようとするのであれば、まず認証評価基準の細目を定める省令を公けにして、国民の活発な議論に開くべきである。そのことが結果的に新制度を成功に導く早道になるだろう。

Page Top