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アルカディア学報

アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)

No.132
カリフォルニアに学ぶ―新マスタープランのビジョンと展望

玉川大学教授 田中 義郎

 マスタープランと聞くと私たちは40年前、カリフォルニアの高等教育がベビーブーム世代の若者たちの大学進学熱に直面して、高等教育におけるマスタープランを構築し、カリフォルニア・コミュニティ・カレッジ(CCC)、カリフォルニア州立大学(CSU)、そしてカリフォルニア大学(UC)等の優れたシステムを生み出したことを、クラーク・カーの名前と共に思い出す。未だ、多くの人々はこのマスタープランを事例として取り上げ、高等教育のグランドデザインを論じている。
 1999年カリフォルニア州議会は幼稚園から大学までの教育をカバーする新しいマスタープランを検討する委員会を設置した。委員会は、高等教育におけるオリジナル・マスタープランと協調できうる新マスタープランを2002年9月に答申した。彼等の思いはこうである。カリフォルニアの教育は再び緊急の要請に応えねばならない状況にある。新マスタープランの対象は高等教育のみならず、幼稚園に始まり高等教育をも含む学校教育の全課程(K―16)である。
 今日、カリフォルニアの公教育システムは多くの問題を抱え事実上失敗している。カリフォルニアの将来を見通した時、経済的、社会的、文化的、知的な活力を育んで行くには初等中等教育の優秀性を取り戻すべくカリキュラム改革はもとより優れた教員の新規養成、現職教員の再教育など、教育システムの再構築は緊急の課題である。このことは、いずれそうした下級学校の卒業生を受け入れることになる高等教育にとっても重大な問題である。
 こうした状況を踏まえて、カリフォルニア大学(アトキンソン学長)システムもまたこのプランに積極的に貢献することを既に表明している。そこでは主として3つの提案がされている。(1)政策担当者は、新しいK―16の枠組みの中にモデルとして60年代の高等教育におけるオリジナル・マスタープランの成功体験を盛り込むべきである。(2)こうした枠組みを運用するにあたって、カリフォルニア大学は、教育の向上にむけて初等中等教育学校のパートナーとしての努力を拡大し続ける。(3)新マスタープランでは、過去40年間にわたって作り上げてきたカリフォルニアの高等教育の強さを持続すべきであり、同様に、公立の中等後教育機関に対する社会的要請の変化に対応すべきである。
 新マスタープランにおける同大学の具体的な取り組みは多岐にわたり、生徒、親、教師、カウンセラーなどを対象とした大学進学への導入プログラムの実施なども含まれている。
 昨今、我が国では高大連携が叫ばれているが、その規模や広がりは未だ高校と大学の間の問題であり、幼稚園から大学へ一連の教育課程を学習の有機的連接によって構築し、支援する状況には至っていない。今日、我が国はかつて経験したことのない少子高齢化社会に直面し、大学は、入学希望者全員入学の時代を迎えようとしている。また、社会の高度化や複雑化の進展にともなって、高度な知的能力や専門性を必要とする業務が一層増加し、高度な専門知識や能力を身に付けた高等教育修了者への人材需要の高まりも予測される。大学は、全ての進学希望者を受け入れ、さらには、彼らに来るべき社会において有用な知識や技術を修得せしめ、世の中に輩出して行く機能を担うことが期待されつつある。こうした時代、初等中等教育は、完結教育としての意味を徐々に失い、大学への進学を前提とする教育へと変化を遂げるとともに、これまでの入学選抜試験の意味が薄れ、入学後の指導のための情報収集もしくは学力による相性診断的意味を持つ進学適性検査の役割を担うようになる。中央教育審議会は、『初等中等教育と高等教育との接続の改善について』(平成11年12月)の中で、自ら考える力の育成を目指す方向での初等中等教育の改善といった施策に言及している。
 1997年2月、アメリカでは、クリントン大統領が一般教書演説の中で将来の教育政策に言及し、18歳の全ての人が大学に進学できるようになること、を挙げた。2001年1月、ブッシュ新大統領は、「No Child Left Behind(落ちこぼれを一人も作らないために)」という教育改革指針を発表し、クリントン政権の教育施策を原則的に引き継ぐとともに、アメリカ産業社会の国際競争力を一層強化していくために教育水準の維持向上が急務であることを説いた。「高い教育スタンダードとアカウンタビリティ(学習成果に対する責任)の明確化を通じて、より高度な教育機会均等の実現を目指す」ことを強調し、大学教育への進学を予定できる学力を、全ての子どもが修得できるように初等中等教育を再構築するとし、同国では極めて異例のことながら、教育改革における連邦政府の強力なイニシアティブを示した。
 こうした状況の下、カリフォルニアでは「Gear Up」というプロジェクトが大学のイニシアティブで動き出している。「Gear Up」とは、教育環境、生育環境などに恵まれない子どもをも含めて、あらゆる子どもたちに、将来、高等教育機関で学ぶに相応しい学力獲得への道を保障しようというものである。これは、言うのは簡単であるが、全ての子どもたちに精度の高いカリキュラムを用意しない限り困難である。さらに、こうしたカリキュラムを運用できる教員を全ての学校に例外なく配置することである。さらには、全ての子どもたちが高等教育で学ぶことのできる可能性や経済的支援について、情報や知識を得られる必要があるし、そして、大学入学までに至る段階の一つ一つについてあらゆる面で支援を得られる必要がある。
 「Gear Up」は、こうした移行を政策的側面から推進するエンジンである。子どもたちは本人の意図で脱落するのではない。システムが子どもたち零しているのである。「Gear Up」は、子どもたちを良き学習者に改造する既存のプログラムに見られるような選択肢ではない。それは、教育改革で中心的役割を担い、現行制度の問題点を補正する上でも有効な解決策の一つとして登場したものと理解される。
 我が国の高等教育の置かれている状況は、アメリカとは明らかに違っている。しかし、高大連携を例に取っても、大学に入学するに相応しい学力を十分に身に付け、高次の学習に対する高い動機付けを持って大学に入学してくる生徒の数が減少しているという事実は、大学と初等中等教育のパートナーシップの新たな形の創造が求められていることを示している。単なる高大連携に留まることなく、小学校に始まり大学教育に至る教育の全課程(E―16)に行きわたらねばならないことを示しているのではないだろうか。そうした意味で、カリフォルニアの新マスタープラン、そして、そのプランの実現に積極的に貢献するカリフォルニア大学をはじめとする諸大学の試みに注目すべきである。

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