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アルカディア学報

アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)

No.60
私高研の実績報告―緊急課題は評価システムの構築

私学高等教育研究所主幹  喜多村和之

 今年の締めくくりに、本欄を借りて当私学高等教育研究所の発足(2000年6月発会式)以来約1年半の実績報告をさせていただきます。協会加盟校の貴重な予算を研究所にまわしていただいていることの報告責任の一端ともなれば幸いです。
 日本私立大学協会附置・私学高等教育研究所は、協会の総意によって「高等教育、特に私学の在り方や制度・機能に関わる諸問題の研究調査を行うとともに、私学を研究対象とする研究者への援助、私学において教育・研究・サービスに従事する職員の教育・研修等を通じて、日本の私学高等教育の振興と質的向上に資すること」を目的として設置されました(研究所要覧)。
 研究所が協会の意思や予算によって設立されながら、直属でも付属でもなく「附置」とされたのは、研究所が協会の方針や見解を直接代表するものではなく、相対的に独自の立場から研究や事業を行う立場を表しているからだと解釈されます。したがって、たとえば本欄で表明される研究員の見解は、個人の責任に属し、必ずしも協会で公認されたものではありません。ここにはこうした自由な立場からの研究調査が結果的には協会の政策形成にもよりよく役立つのではないか、という考えが前提になっていると思われます。同様にして私立大学ではなく、「私学高等教育」とされているのは、今日の大学問題を理解するためには、短大や専門学校等を含めた、広く高等教育全体の視点からのアプローチが不可欠との認識が背景となっていると解されます。
 それでは以上の目的に則しみた場合、これまでの当研究所の実績はどうでしょうか。
 当研究所では17名の研究員、15名の客員研究員、9名の外国客員研究員にパートタイムで御協力をお願いして、調査研究事業を実施しています。現在六件の協同研究プロジェクトが進んでおり、私学政策と機関助成の在り方、私学の導入教育、奨学金等の学生援助、大学評価システムやランキング問題の国際比較、国立大学の法人化と私学への影響等が調査進行中です。なおこれらの調査のため各大学に回答や調査を煩わせていますが、なにとぞ関係各位の御協力をお願いする次第であります。なお、すでにまとまった成果はこれまで7冊の研究所シリーズという報告書や教育学術新聞の本欄への寄稿(これまでで60回になります)や、8回の公開研究会を通じて発表してきました。今後もこういう形での情報公開を続けていくつもりですので、活発な御活用をお願いしたいと思います。幸い、公開研究会への参加者も毎回100人を越すようになり、出版物に対する注文も多いので、或る程度評価していただけているのかと自負していますがいかがでしょうか。但し協会加盟校からの出席が期待より多くないようなことは残念であり、今後当研究所としても工夫が必要と感じております。
 現在最も緊急な課題として協会より委託されているのは、「私学の特性に配慮した評価システムの構築」の問題であります。大学評価は、すでに国公私立大対象には大学基準協会、国立大学対象には大学評価・学位授与機構、私立短大対象には日本短大協会の基準協会等が存在していますが、私立大学に特化し、しかも多くの協会加盟校対象には第三者的な評価機関がまだ存在しないからであります。研究所ではこの課題に鋭意取り組んでおり、来年度には試案を協会に提案する予定で、現在国内のみならず韓国、欧州、米国などの事例や経験にも学んでいるところです。
 今さら指摘するまでもなく、昨今の高等教育をめぐる環境はいよいよ厳しく、とりわけ学生納付金に大きく依存している私学にとっては、私学助成方式の見直しや学生援助制度の改変、さらには情報公開の促進など、最近の一連の私学政策の動向は、経営に直結する重大な問題を提起しています。すでに私大連盟は、経営破綻処理マニュアルまで発表しており、或る意味で私学危機は目前に迫っているともいえましょう。
 このような時に必要不可欠なのは、まず学校がおかれている状況から目をそらさずに、できるだけ実態を正確に把握し、何が問題であるかを見極め、問題を解決するためにはどういう行動が必要かを発見し、これを速やかに実現することでしょう。そのためには何よりも徹底した自己分析や調査研究が不可欠であると思います。そんなことより、差し迫った来年の学生確保や資金確保のほうに手一杯で、そんな余裕はないとの御意見もあると思います。しかし、たとえば青年人口の減少は10数年以上も前から予測されていたことであり、そのときから問題を正確に把握し、研究調査に基づいて戦略を立てていた学校と、空しく10年を空費して、突然危機に直面した学校とは違う結果になっていたのではないでしょうか。90年代の「失われた10年」を21世紀も繰り返してはならないと思います。
 しかし一般に研究の成果と現場の要求とはなかなか結び付きにくく、研究調査の結果もはっきりとした成果が分かりにくいのが常です。それは結果が出るのに何年もかかり、しかも成果も計りがたい教育にも当てはまります。しかしどちらも長年怠っていると、とり返しのつかない結果をもたらすものです。数年もの研究の遅れを取り戻すことはほとんど不可能に近く、いったん落ちた学力を改善するには長期にわたるたゆまぬ努力が不可欠です。したがってこと教育に関しては、予め危機に備えた長期にわたる、少なくとも5年から10年先を読んだ戦略が必要になると思います。
 その目的を達成するために今、私学が絶対に必要としているものは、知識と情報であります。知識なしには我々は自分を救うことが出来ず、我々が無知であれば、権力も市場もそこに付け込んできて、我々を思いのままに支配するでしょう。「依らしむべし、知らしむべからず」の統治原理は徳川時代だけでなく、現代にもそのまま生きているのです。その意味で、いち早く知識の重要性を認識され、知識の創造を任務とする研究所の設置に踏み切られた日本私立大学協会の見識に、心からの敬意を表するものであります。
 しかしながら日本の高等教育の7割以上を占める巨大な日本の私学の課題を解決するには、我々はあまりにも非力であります。けれども、私学高等教育の研究の種が植えられたことの意味は決して小さくないと信じています。一粒の種はやがて芽を出し、よき育て手に恵まれれば大木に育つ可能性があるからです。
 現在、私学高等教育研究所は専任研究者はひとりもいない、吹けば飛ぶような小さな組織ですが、私学を愛する多くの関係者の御尽力によって、ようやく私学の情報基地として発足し、ささやかな一歩を歩み始めています。来年も芽を育て、花を開かせるよう渾身の努力をつくしてゆきたいと念じていますので、私学関係者とりわけ協会加盟校各位からの暖かい御協力と率直なる御助言を、是非ともお願いいたします。

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