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アルカディア学報

アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)

No.57
韓国私大の活力―大学評価とその取り組みに見る(中)

名古屋大学教授  馬越 徹

(2)政府(教育人的資源部)による大学評価
 一方、政府(教育人的資源部)は、政策目標を明確にした上で、評価とリンクして財政支援を行なう政策を強化しており、教育人的資源部内に設置される評価委員会が評価を行なっている。特に1997年末の金融危機(別名IMF危機)以来、財源の有効活用・重点配分を旗印に、評価に基づく財源の配分政策を積極的に推し進めている。その際、これまでややもすれば財政支援の対象からはずされていた私立大学への支援を視野に入れた評価事業を推し進めつつある。(ちなみに、韓国の私立大学は日本のような経常費補助を受けていない。)
 教育人的資源部の支援事業(財源配分)は一般支援事業(例えば施設設備などのインフラ整備)と特殊目的支援に大別され、双方とも評価に基づき支援額が決定されるが、とりわけ後者(特殊目的支援)は評価に基づく財源配分を徹底して行なっている。後者のうち、最近注目を集めているのは、2000年にスタートしたBK21事業(頭脳韓国21世紀事業)と教育改革支援事業である。
 まずBK21事業についてみると、2000年3月に教育部(現在の教育人的資源部)が作成したハンドブックによれば、事業内容は次の2つに大別される。第1は世界水準の大学院育成(七か年計画)であり、第2は特定分野の研究能力育成(3‐5か年計画)である。前者には年間2000億ウォン(約200億円)、後者には年間500億ウォン(約50億円)の予算措置がなされた。まさに韓国学術史上、最大規模の事業のスタートであった。日本の科学研究費補助金に当たる「学術研究助成金」の総額が年間1000億ウォン(約10億円)程度の韓国高等教育界にあっては、空前の事業規模といえる。
 BK21事業の特色は、全国各大学から「事業団(プロジェクト・グループ)」(複数大学の学部・学科からなる共同も可)を公募し、審査(評価)により事業団の選定が行なわれること、さらには事業団に選定されるといくつかの大学改革項目(例えば、@学部学生定員の削減、A大学院の門戸開放−他大学出身者を50%以上受け入れる等)が義務づけられることになっている。とりわけ「特定分野」助成の場合は、事業成果を「産業化」するためのインフラ整備(特許出願・維持費用の支援、ロイヤリティ収入の一部個人化、ベンチャー支援方策の樹立)等が義務づけられている。そのほかに教授の研究業績評価制度の実施と人事・昇給とのリンク、入試制度の改善まで要求されていることに見られるように、BK21事業には大学改革へのインセンティブが組み込まれている。
 この事業のもう一つの特色は、助成が決まった後も毎年その実績が評価される仕組みになっていることである。教育人的資源部は、毎年の事業実績を4項目(事業目標、事業推進体制、事業費運営管理、制度改革)別に定量評価(点数表示)と定性評価(数行の総評−コメント)を行ない、著しい欠陥があれば助成額の減額を行なっている。
 次にBK21とともに注目されるのが教育改革支援事業である。この事業は、公立・私立大学(144校)に対して行なわれるものであるが、次のような教育改革評価項目(@カリキュラム改革、A入学者選抜改革、B教授学習方法開発)別に評価がなされ、助成額を決定する方式をとっている。優秀校(23校)には、総額150億ウォン(約15億円)の財政支援が約束される。2000年9月に発表された結果によると、カリキュラム改革分野では第1位が漢陽大学、第2位が延世大学…、入学者選抜改革分野では第1位が西江大学、第2位が高麗大学…、教授学習方法開発分野では第1位が弘益大学、第2位が培材大学…、となっており、選ばれたのはほとんどがソウルの有力私学(伝統校)であり、公立大学は上位に名前を連ねることができなかった。要するに教育人的資源部の評価は、改革に熱心な大学には財政支援を行なうという立場であり、大学間競争を誘発することにねらいを定めている。もちろんこうした支援方式に対しては、「富益富、貧益貧」現象を生むとの批判があるのは事実であるが、このような評価に基づく支援方式に当局(教育人的資源部)は自信を持っているようである。
 ちなみに、こうした評価を担当している高等教育支援局の課長クラス(いわゆるキャリア組)は、ほとんどがアメリカの大学で教育行政ないし高等教育分野で博士学位(Ph.D. or Ed.D.)を取得しており、大学評価に関しても大学教授以上に専門的知識を有している者が多い。この点日本のキャリア組の海外研修と違うところであり、韓国のキャリア官僚は数年かけて博士学位を取得して帰ることが半ば義務づけられているようである。

(3)マスメディアによる大学評価
 そもそも韓国の大学評価に競争的要素を持ち込んだのはマスメディアであった。中央日報社はもともと教育問題に熱心な新聞社であったが、1994年に同社が刊行した『全国大学順位』は大学関係者を震え上がらせるものであった。詳細な取材に基づき全国の大学にランク付けを行ない、いわゆる世間の常識を覆したからである。常にこの国のトップであると誰もが認めていたソウル大学および首都圏の有力私学が、評価項目によっては必ずしもトップではないということを、ランキングという目に見える形で示したからである。爾来、7年目を迎えた中央日報社の大学評価には、大学関係者のみならず教育人的資源部や大学評価の本家本元である韓国大学教育協議会(大教協)も一目置かざるを得なくなってきている。
 特に2000年9月には、「中央日報」創刊35周年の特別企画として、各大学の総合順位、分野別順位、さらには学科別順位(英文科、法学科)を朝刊一面に掲載し話題をよんだ。例えば、3000年度の総合評価ベストテン大学についてみると、第1位から第7位までは前年同様、韓国科学技術大学(科学技術処所管)、浦項工科大学、ソウル大学、延世大学、高麗大学、漢陽大学、成均館大学の順であり、第8位以下の順番が入れ替わり、梨花女子大学、慶煕大学、西江大学がベストテン入りを果たしている。ちなみに韓国科学技術大学とソウル大学以外はすべてソウルの有力伝統私学である。
 もともと中央日報社の「大学評価」は、大学教育の需要者(受験生や両親)向けに大学情報を提供することを目的にスタートした。それだけに、総合評価ランキングに加えて、各大学の分野別評価(教授研究・教育条件・大学財政・社会的評価・情報化・社会貢献・改善度)をランキング表示している。さらに2000年版では、地域別(首都圏、釜山圏、忠清圏、嶺南圏、湖南圏、江原圏等)の大学ランキングを掲げ、地域間・地域内での競争を刺激しているのが特色である。中央日報社の大学評価には賛否両論あるようであり、最近中央日報社に対し、ある大学の法学部の教授から「これ以上中央日報社が大学評価を続けるなら、評価差し止めの仮処分申請を裁判所に行なう」という「脅迫」電話がかかってきたらしい。このことはマスメディアによる大学評価を大学人も無視できなくなってきていることを物語るものといえる。
 このように韓国の大学人はマスメディアによる大学評価に注目し始めており、国内だけでなく香港発の大学ランキング、すなわちAsia Week誌の大学評価に対しても、当初の拒否的反応から一変して、最近では積極的に情報を出すように心がけているようである。その証拠に、同誌2000年6月30日号に特集された「アジアのベスト大学:2000年」の総合大学部門には、ソウル大学(第4位)を筆頭に、ベスト40大学の中に韓国の大学が11校の名を連ねている。ちなみに日本の大学は7校しか入っていない。(東京大学はこの調査に参加していない。) 単科大学部門(特に科学技術分野)では、1999年に引き続き2000年も第1位(韓国科学技術大学)、第2位(浦項工科大学)を韓国の大学が独占しており、韓国で発売されている同誌の表紙には、「韓国科技大ナンバーワン!」というオレンジのシールが貼り付けられている。日本の工業系大学は、東京工業大学の第6位を筆頭にベスト30校に5校しか入っていない。このような評価情報をどうみるかについては様々な考え方があり得るが、アメリカの大学ランキング誌に準拠した香港発の英語媒体による大学情報の影響力を考えるとき、日本の大学はマスメディアをはじめとする「外の目」に、もっと敏感である必要があるのではなかろうか。
(つづく)

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