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アルカディア学報

アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)

No.37
私大経営と基本金―鍵握る第2号基本金の分析から

東京学芸大学助教授  田中 敬文

 私大経営を理解する鍵は第2号基本金にある、と筆者は大学院時代に私大関係者から教わった。当時から、個々の私大が第2号をどの程度保持しているかを知りたかったが、財務はほとんど非公開であったから叶わぬ夢であった。ところが、このたびのプロジェクト(*)では関係者のご尽力により文部省(当時)『平成8会計年度私立学校の財務状況調査報告書』の個票を利用できたので、状況がようやく明らかになった。
 分析の結果は(少なくとも筆者には)驚くべきものであった。第2号基本金を有しているのは405大学のうち210大学と、全体の約半数にすぎなかったのである。
 「基本金」という用語は消費収支計算書と貸借対照表にある。消費収支計算書は、帰属収入から基本金組入額をあらかじめ控除して消費収入を算出し、消費収支差額を求めるようになっている。『財務状況調査報告書』には貸借対照表はあるが、消費収支計算書はない。
 学校法人会計基準によると基本金は第1号から第4号まである。第1号は、校地、校舎、機器備品、図書など固定資産の取得価額である。第2号は、「学校法人が新たな学校の設置又は既設の学校の規模の拡大若しくは教育の充実向上のために将来取得する固定資産に充てる金銭その他の資産の額」と規定されている。第3号は奨学金関係の基金などの資産、第4号は学校法人の円滑な運営に必要な運転資金である。
 NPO(非営利組織)である私立大学が永続的に発展するためには、校地校舎、機器備品、図書等の教育研究に必要な資産はできるだけ自己資金で賄わなければならない。無計画な多額の借入金によって資産を賄うならば、利息が教育研究経費等を圧迫して借金経営に陥ってしまう。そうならないように、私大が自己資金による資産の取得価額相当額を第1号基本金に組み入れ、消費収支が均衡ないし収入超過となる状態を維持しなければならない。
 私大が取得した資産は大学の所有となり、いかなる個人にも所有権はない。私大は所有者がいないという意味でもNPOである。私大は出資者や所有者が存在しないので、会計基準では、処分してはいけない金額を第1号基本金として維持すべきであると規定している。
 分析によると、全体の約9割の大学は第1号比率が8割以上であり、基本金の大部分は第1号で占められていることがわかる。また、第2号基本金のある大学のうち約半数の大学は、第2号の比率が基本金の5%未満である。
 第2号基本金は新たな施設整備を取得するための蓄えであると同時に、資産の再取得のための蓄えである。私大が既に取得した施設設備等の資産を再取得するための資金を留保する仕組みとして減価償却費がある。ここで資産再取得のために減価償却費と第2号基本金とが二重に計上されている、という批判がある。
 減価償却費は貨幣価値が不変であると仮定して、固定資産の取得額を予定耐用年数で割って算出する。つまり、取得時の価額で再取得できると仮定されている。しかし、現実には、物価上昇やIT等の技術の発展等により、同じ金額で再取得することは不可能である。そこで、減価償却費により留保した金額以上で再取得するために自己資金を確保する仕組みが第2号への組入れである。
 このように第2号基本金は、私大の教育研究の充実・発展のために計画に基づいて準備しなくてはならないものであり、私大をNPOとして永続的に発展させる仕組みである。
 第2号基本金を約半数の私大が保持していない、という事実をどのように理解したらよいのであろうか。
 第2号基本金の有無と消費収支差額の関係を見ると、第2号なしで消費収支差額マイナスの大学が95ある。これらの大学は、消費収支の赤字が累積しているだけではなく、将来への備えがないと考えられる。
 大学の設置年別に第2号基本金の有無を見ると、設置年次が新しくなるにつれて第2号を有する大学の割合が低下する。1948年から50年までに設置された大学のうち、第2号を有する大学は約7割ある。1961年から65年まででは約6割、1966年から70年まででは約4割が第2号を有する。これに対して、1991年以降設置された大学のうち第2号を有するのは約3分の1である。
 1991年以降に設置された大学のうち第2号のない大学が33ある。このうち既存の短大からの改組・拡充が22ある。これらの大学は、短大設置以降、計画的に準備していた第2号基本金を4大設置の経費にすべて充ててしまったのであろうか。4大設置年以降は第2号を全く積み増ししていない。また、33大学のうち消費収支差額マイナスの大学が11ある。このうち短大から改組された大学が7ある。
 駿台予備学校のデータにより33大学の実質倍率(当該大学への志願者合計のうちの合格者合計の比率)と偏差値を見ると、1999年の実質倍率2倍以下が24、偏差値40以下が15ある。短大からの改組組の実質倍率平均は2.2倍、偏差値平均は43.7である。河合塾のデータによると、33大学のうち19は「Fランク」であり、短大からの改組組も13ある。
 短大からの改組組で第2号基本金がないということは、新学部の設置や学部改組、建物の新築等を当面行う予定がないと考えられる。しかし、現代は技術革新が激しいので施設設備がすぐに陳腐化してしまい、数年先でさえ見通すことが難しい。また、大規模災害などで校舎が予想できない被害を受けることもある。こうした事態に備えるためには、新学部の設置等の予定がなくても、既存の施設設備の再取得のために計画的に基本金組入を行わなければならない。
 なお、33大学の中にはいわゆる「公設民営型」の大学が含まれる。このタイプには第2号も第4号もないものもある。大学を設置するときには自治体が多額の建設資金を負担しても、設置後の経営には無頓着であることを示すひとつの例といえよう。
 実は歴史のある私大の中にも第2号基本金がないものがある。学部別では、医歯系学部を持つ大学には、多額の第2号のあるものと全くないものとがある。このことは、第2号を保持するというのは会計上の仕組みであって、大学の行動原理ではないことを示している。個々の大学は独自の方針に基づいて経営されている。第2号がなくても、他の手段(例えば寄付や借り入れ)により施設を充実させてきたのかもしれない。
 政府の規制改革委員会の議論によると、今後は、大学設置の際の事前規制を緩和する代わりに、情報公開と大学評価に基づく事後監視が強まるものと考えられる。財務情報の公開により校舎等の再取得のために資金を準備しているかどうかをチェックすることは、大学の将来への備えを把握することになり、「学生に対するセーフティネットの確立」にもつながるのである。
 最後に、国立大学が独立行政法人化された後、既存の施設の再取得や新たな施設の取得を考えるとき、第2号基本金を積み立てるという学校会計の仕組みは大いに参考となるであろう。

(*)矢野眞和編著『高等教育政策と費用負担』文部科学省科学研究費補助金報告書
  (本稿は、東京学芸大学助教授の田中敬文氏にご執筆いただいたものです)

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