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アルカディア学報

アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)

No.12
米国の大学事情―18歳人口への対応(下)

研究員 羽田積男

 カリフォルニア大学は、特にアジアにとって重要な玄関口的な大学である。1868年の創立であるから、日本の古い私立大学などとはあまり違わない歴史をもっている。州の発展とともに拡大を続け、大学の大衆化が進んだ1960年代の前半に、サンディエゴ校、サンタクルツ校などのキャンパスが立ち上がっており、もっとも最近のキャンパスができたのは、アーバイン校で1965年のことであった。つまり、新たなマーセッド校は実に35年ぶりの新しいキャンパスの創造ということになる。
 カリフォルニアの人口の増加は、特に内陸部に大きいわけではない。もともとマーセッドの地が選択されたのは、フレズノ市を中核とする内陸部に大学が構想されてきたことによる。フレズノ市は、カリフォルニア州で6番目の人口42万の大都市であり、農業労働者などを多く送りだしているヒスパニックの人口も多く、その意味では、人口動態を勘案しての大学立地の選択であったといえよう。しかし、すでにフレズノには2万の学生を擁する州立大学があり、都市化の進んだ地に広大な緑のキャンパスの候補地を探すのは難しい。そこでフレズノ市の北、約70キロのマーセッドの地が選定されたのである。
 ヨセミテ湖を抱き込むようにキャンパスは設計され、その敷地の面積は、広大なスタンフォード大学の約1.2倍、約1万300エーカーが用意されている。しかもこの敷地は、立木一本もない草原につぐ草原である。まさに白紙のキャンバスにキャンパスを描くのである。2005年、開学の暁には、2万5,000人の学生と6,600人の教授陣、キャンパスを囲むコミュニティーには3万以上の人々が住み、8,500の就職先を提供するというのが、いま見ることができる青写真である。
 「21世紀最初の研究大学の誕生」、というのがもっぱらの宣伝文句であるが、この壮大な大学づくりの実験、今後とも見守っていきたいと思っている。

私立大学の挑戦

 それでは、18歳人口の急増という好機に、カリフォルニアの私立大学はどう対応をしているのであろうか。州内には、400校にのぼる公私立大学・短大があり、うち147の私立4年制大学が存在する。しかし、これらが擁している学生数は、わずか25万人に満たない。1私立大学あたりに平均すれば約1,700名に過ぎないのである。こうした小規模な大学がいくら背伸びをして学生の増員を図っても、それは州内の態勢に大きな影響を与えるほどにはならない。州内の190万人学生の7分の1を私立大学は担当しているだけであり、自ずから限界があろう。
 事実、カリフォルニアには1万人を超える学部学生を有する大学は、約20ほどであるが、そのうち私立大学は2校。最大手の私立大学、南カリフォルニア大学でも1年生への入学者は3,500人ほどであり、スタンフォード大学ではその半数程度である。つまり、私立大学のセクターは、18歳人口の急増といっても、ほとんど受入れ体制は整っていないし、やはり独自な教育理想を追求したいというのが本音であろう。中等後教育委員会の調整はあるものの、私立大学の規模を拡大したり、入学者を水増しするという方策はあまり期待できないのである。
 カトリック系の総合大学セントメリーズ大学の副学長は、18歳人口の増加、経済の好転は大学にとってこの上もないチャンスであると語ったが、よい学生を獲得する競争はますます激しさを増しているとも述べた。大学はマーケットを調査し、見込みのある地域には、大学のセンターなどを設けて学生を獲得する戦略に熱心である。
 セントメリーズ大学は、85万人の大都市サンノゼにセンターを設けているし、同じく私立のサンフランシスコ大学は、リージョナル・キャンパスと呼ばれる小キャンパスをオークランド市や州都サクラメント市など六カ所に設けている。大学から約1時間のサンタローザにはノース・ベイ・キャンパスという施設をもっている。サンタローザには前にもふれたコミュニティー・カレッジはあるが、本格的な4年制大学は、郊外にソノマ州立大学だけしかないのである。コミュニティー・カレッジや州立大学にはない、独自な教育機会を提供することが私立大学の戦略なのであろう。
 ロスアンジェルスの南郊外オレンジ市に本部キャンパスをもつチャップマン大学は、ワシントン州に4ヵ所、アリゾナ州に2ヵ所、カリフォルニア州内にはなんと32ヵ所のキャンパスをもっている。多くはオフィス・ビルのなかに教室などの施設をもち、成人学生を集めているが、訪問した施設の豪華さには驚いたものである。チャップマンは、空軍基地のなかにもキャンパスをもっているという。オレンジ市のキャンパスは伝統的な大学であるが、成人学生のマーケットもまた高等教育の一大マーケットであると教えている。
 18歳の争奪であれ、成人学生の獲得であれ、こうした激しい学生の獲得競争は、営利主義を掲げる大学、例えばフェニックス大学などの挑戦を受けている。州都サクラメント郊外には巨大なガラス張りのビルのなかにフェニックス大学が施設をもっている。これらの営利主義を掲げる大学がすべてうまくいっているようには見えなかったが、皮肉なことに、これらの大学の授業料は、いまや私立大学はいうに及ばず、州立大学より安くなっているのである。伸びつづける成人学生の動向を支配しそうな気配は確かに感じた。
 学生の獲得競争といっても、すべての大学やコミュニティー・カレッジが、18歳の若者を奪い合っているわけでは決してない。カリフォルニア大学バークレー校は、高校出の英才を集めているが、州立大学(CSU)では学生の平均的な年齢は、すでに24〜27歳くらいになっているという。あるいはコミュニティー・カレッジではこの年齢はさらに高くなっているであろう。つまり大学は、それぞれ独自のマーケットをもっており、そのマーケットのなかで激しく競っているのである。しかし、それでもマーケットは重なり合い、また複雑に絡み合っている。
 カリフォルニア中等後教育委員会によれば、1998年を起点とすれば、2010年までにコミュニティー・カレッジの学生を53万人、州立大学の学生を13万人、カリフォルニア大学の学生を5万6,000人増やさねば「ニーズ」に応じられないという。州全体で35.8%の学生増加となる。教育の質を落とさず、州の高等教育マスタープランを守っていくためには、なお一層の前進が公立大学のセクターに求められているようである。
 それでは私立大学はどうか。同委員会は、1998年に32万人の短大を含む私立大学生は、2010年には異なる2つの見通しをもっている。ひとつは、40万人程度であろうという推計。もうひとつは45万人の推計である。その増加数を最大に見積もれば、13万人の増。24の州立大学とほぼ同じ学生を受け入れることができるという。
 カリフォルニアは、再び高等教育の黄金時代あるいは大学教育爆発の時代を迎えようとしている。少子化時代を生き延びる日本の大学は、アメリカの、あるいはカリフォルニアの大学の動向から眼をそらしてはなるまい。なぜなら、そこには苦しい時代を生き延びてきた大学人の智恵が潜んでいるかも知れないからである。(おわり)

 (上・下2回にわたり、米国の大学事情に精通されている羽田氏に、原稿をご執筆いただきました。)


▽ご案内△

【私学高等教育研究所主催・第3回公開研究会】

▽日時=平成12年11月27日(月)・午後5時30分〜8時
▽場所=アルカディア市ヶ谷(5階、穂高)
▽テーマ=新時代を迎えるアメリカ高等教育最新現地報告――カリフォルニアの公・私大と大学評価競争
▽発表者=@羽田積男氏(日本大学教授・当研究所研究員)…新時代のカリフォルニア高等教育
        A喜多村和之氏(早稲田大学客員教授・当研究所主幹)…インターネット時代の大学評価と
         ランキング競争
▽内容=空前の経済繁栄と若年人口の増加のなかで、アメリカの大学はますます厳しい競争と変革に迫ら
      れている。カリフォルニアに新しく設置された州立大学と私立大学との緊張関係と、ますます熾烈
      になる大学評価とランキング競争の影響を、この10月に訪米してきたアメリカ高等教育の専門家が、
      日本との比較において問題提起します。ふるってご参加ください(入場無料)。

お申し込みは電話、ファックス、メールにて私学高等教育研究所(〒102−0074東京都千代田区九段南四-七-五パークノヴァ九段103号、電話:03-5211-5090、ファックス:03-5211-5224、e-mail:shikoken@poem.ocn.ne.jp)へ。

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