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アルカディア学報

アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)

No.8
NPOとして活力ある私大経営を ――規制と支援の改革

研究員 田中敬文

 わが国の私立大学の教育研究条件を国立大学のそれと比べるとき、国費投入額の格差が大きいことに留意しなければならない。学校数の73・5%、学生数の73・7%を占める私立大学へは国立大学に比べて5分の1程度の支出しかない。少ない支援にもかかわらず、大学設置認可や学部学科の新設・改廃、学生定員変更等に関して国から多くの規制を受けている。多くの規制は銀行へのそれに匹敵するのではないだろうか。「護送船団」とたとえられた銀行業界は、内外の環境変化に対応できず沈没寸前まで行った。規制と支援を現状のままにして、私立大学は帆を掲げ続けることができるのだろうか。
 私立大学は組織形態としてはNPO(ノンプロフィット・オーガニゼーション、非営利組織)である。このNPOとは、収支超過額を利害関係者に分配することを禁じられている(=非分配制約)組織のことをいう。収益をあげてはいけない、という意味ではない。NPOとしての特徴には、@「建学の精神」の追求、A非分配制約による内部非効率性、B教育と研究の結合生産と内部補助などがある。Aは、企業のように厳しい市場の評価を受けることがないので、資金が無駄に使われる可能性のあることをいう。Bは、たとえば、学部教育による収益によって、コストのかかる大学院教育や研究の支出を賄うことをいう。

 AはNPOゆえの「非営利の欠陥」である。この欠陥を是正することが国の調整役としての役割である。もちろん、安定的かつ継続的に高等教育サービスを提供することや教育の一定の質を保障すること、人材の計画的育成なども規制の根拠である。
 規制には大学の設置者に関するものと大学の行動に関するものがある。行政改革推進本部規制改革委員会での論議により、校地面積基準の3倍基準への緩和、設置認可手続の簡素化・弾力化、首都圏等における立地規制対象施設からの大学院除外などの規制改革が行われてきた。これらの規制によりこれまで私立大学が被ったコストを考えると、改革は遅きに失したといえよう。
 国による規制は、私立大学のNPOとしての欠陥を是正することにとどめ、私立大学の創意工夫あふれる自主的な行動を奪うものであってはならないであろう。
 他方、私立大学への支援はどうか。高等教育サービスを提供し、有為な人材を育成するという公共的な使命を持つ私立大学へは支援が必要である。支援には経常費補助金等と税制優遇措置がある。
 「私立大学の教育条件の維持及び向上」「私立大学の経営健全性を高める」「学生の修学上の経済的負担の軽減」(私学振興助成法第1条)という私学助成の3つの目標は、相互に矛盾するものであり、すべてを同時に実現することは難しい。私学助成の評価といっても、金額があまりに少ない。「経常的経費の2分の1以内を補助できる」(振興助成法第4条)というのが努力目標であるとしても、2分の1にはほど遠い状況である。
 補助金が着実に増えていた1981年度頃までは、教員1人当たりの学生数や定員超過率などの点で私立大学経営にも改善が見られた。それ以降、補助金はほとんど増えることなく、81年度の水準を超えたのはようやく15年後の96年度であった。経常費補助率は80年度の29・5%をピークに、98年度には11・8%にまで落ち込んだ。
 私大全体の財務指標を見ると、臨定増もあって、学生等納付金比率が上昇傾向にあったのに対して、人件費依存率は低下傾向にあった。消費収支比率は100%を下回っており、しかもやや低下傾向にあることから、「黒字」基調が続いていたのである。この間、経常費補助に占める特別補助の割合は急速に高まってきた。これは、私大補助に教育研究の「質」への評価が加わり、大学の特色に応じた「選別的な」配分が強まってきたことを示している。
 私立大学の収支はおおまかにいうと、教職員の人件費と教育研究経費を学生等納付金で賄うという構造である。補助率が低下する中、私大経営は家計負担の一層の増大により支えられてきた。私立大学の初年度納付金が勤労者世帯(世帯主45〜49歳層)の消費支出に占める割合は、1975年の15・5%から83年には23・0%まで上昇した。その後は91年の22・5%を底に上昇し続け、99年には26・7%と過去最高となった。近年の負担増は、納付金が上昇し続けているのにもかかわらず、景気低迷による手取り収入の低下により、消費支出が減少しているからである。なお、国立大学のこの割合は99年には15・8%である。国立大学生の負担が重くなったと言っても、せいぜい75年当時の私立大学生の負担とほぼ同じ状況なのである。
 家計負担を軽減するためには、奨学金制度の充実はもちろん、学納金を税額控除できるような新たな仕組みが必要である。

 私大支援のもう1つの柱は税制優遇措置である。寄付金受入の手続緩和や収益事業の損金算入限度枠の拡大等、私大が補助金や学納金以外に多様で独自の資金調達ができるように税制面でも支援しなければならない。
 私大経営を他のサービス産業と比べると、非常に恵まれていると思うことがある。学生はサービスを受ける入学以前に学納金の大半を支払い、しかも入学以降はサービスの満足度にかかわらず返金されない。裏返せば、学生確保こそが経営のすべてともいえる。
 4年生大学の中にも、在籍学生が定員の半分に満たないため補助金の交付が受けられない大学が現れてきた。志願倍率が実質1倍台の大学も増えている。「そのとき」に備えて、体力のあるうちに学生のセーフティネットの整備を図らねばならないであろう。
 私立大学への規制改革は、業界をまとめて保護するというこれまでの政策の変更である。たとえば、設置者に関して厳しい条件を課する「参入規制」は、既存の大学の保護にもつながった。また、学部・学科の新増設や改組に関する規制も大学どうしのカルテルとして機能したかもしれない。
 規制改革はこれまでの「護送船団」方式からの決別を私立大学に求めている。「大学の設置・運営の自由度を高め、大学が社会の変化に対して自らの判断で柔軟に対応できるようにすることにより、大学自体の個性化・活性化を促進する」(『規制改革に関する論点公開』2000年7月)ことは、私大どうしの競争を今後激しくさせるであろう。税制優遇の拡大も、独自に資金調達できる大学とそうでない大学との格差を広めるかもしれない。
 先ごろ、銀行への公的支援の是非が厳しく問われた。公的支援は税金による支援に他ならない。私立大学への公的な支援が納税者に支持されるためには、教育研究における私大の位置づけを明確にするとともに、あまり知られていない経営情報の公開が必要であろう。情報公開は、NPOとして税制優遇され、補助金を交付される以上しごく当然のことである。
 (本稿は、去る9月18日の公開研究会で発表された田中研究員にご執筆いただいたものです)

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