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アルカディア学報

アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)

No.1
国立大学の独法化と私学

主幹 喜多村和之

 このほど文部省は、国立大学の「独立行政法人」を推進する方向を確定するとともに、いち早く7月19日には法人化後の制度設計を図るための総勢60人余の委員から成る「調査検討会議」を設置した。同時にこの4月から発足した「大学評価・学位授与機構」は、法人化後必須となる大学評価を担当する、前者とペアとなる第三者評価機関である。これによって政府が推進する国立大学に対する二つの政策は骨格を整えたことになる。
 こうした動きは私学には関係のない、「国立大学」という「コップの中の嵐」にすぎないのか。それとも従来の文部省の「設置者行政」の基本的見直しや、国公私の大学の法的地位や設置形態の変革にまで及ぶ可能性のあるものなのか、あるいは実質的には国立大学の存在根拠を維持し保護するための行革対策にすぎないのか、その行方を見極める必要がある。
 「調査検討会議」の目的は、「独立行政法人制度の下で、大学等の特性に配慮しつつ、国立大学等を独立行政法人化する場合の法令面や運営面での対応など制度の具体的な内容について、国立大学関係者のほか、公私立大学、経済界、言論界等の有識者の協力を得て、必要な調査検討を行う」とされている。ここに公立私立の関係者も含まれているところをみると、文部省はこの問題を国立大学だけでなく、高等教育全体に波及し得る性格のものとみなしているか、すくなくとも公・私立大学関係者からの合意を得たという形のもとで推進しようとしていることが推察される。
 去る平成12年5月26日に開催された国立大学学長等に対する文部大臣説明会では、国立大学が独立行政法人に移行した場合には、大学の自主性、自律性が大幅に拡大され、独立採算制ではなく、移行前の公費投入額を十分に踏まえて、「使途を特定されない運営交付金等を受ける」とされている。また国からの運営交付金の年度間の予算の繰り越し、教育研究組織の編成や教職員の配置等の柔軟化なども可能になるという。
 これだけみると国立大学は良いことづくめで、なぜ国立大学関係者が反対するのか理解しがたいくらいである。カネは国が保証し、自由度はひろまり、柔軟な運営も大学の力量次第でできるようになるという。はたしてその通りにいくかどうかという問題があるが、これとは別にして、ここではこれから調査検討会議で是非検討し、明らかにしてもらいたい点だけをとりあえず指摘しておきたい。
 まず第一に、文部省は国立大学関係者に向かってだけでなく、国民、とりわけ納税者や私学に子どもを送っている保護者に対してもわかりやすく説明をすべきではないか。国民の税金でまかなわれている国立大学は、独立行政法人化されることによって、例えば機能や資金がどれだけ有効利用できることになるのか、国立大学の従来の財産は誰に帰属するものとなり、財産を管理する主体はどこになるのか、国立大学の教職員の身分はかわるのか、それとも実質的には公務員のままなのか、そのことによって国全体の高等教育、とりわけ私学にどのような影響が及ぶことになるのか、もし影響が出るとすれば文部省はそれに対してどういう措置を考えているのか、そもそも政府はこれによって従来の高等教育政策や設置者行政を再検討するつもりがあるのか、といった基本問題を国民の前に明らかにすべきではないか。
 ところが以上のような肝心な基本問題について、これまでほとんどはっきりしないので、独法化の是非について国民としては判断のしようがないのではなかろうか。国立大学の関係者だけ集めて、独立行政法人化の利点を強調するだけでは、国民にこの問題への理解や協力を求めることはできまい。国立大学は文部省の専有物でもなければ国立大学関係者だけのものではない。税金を支払っている国民全体のものなのである。
 国立大学の法人化問題は、ある意味で国立の「私学化」という側面をもち、実質的には国立大学が私立大学の地位や設置形態に近くなるということでもあるので、私学にとって対岸の火事ではなく、学生確保や研究資金の獲得競争などの面で大きな影響を受けることは大いにあり得る。現に一部の報道によれば、或る地方国立大学の学長は、独法化されれば経営の安定のために学生定員の拡大を図る必要があり、そのためにはまず同一地域の私学の学生市場をターゲットにして生き残りを図るといった発言まで出ているという。したがって国立大学の法人化に対して私学がどう対応すべきかは、いまから検討しておかなければならない緊急の課題である。
 同時に国立大学が法人化されるならば、次には現行の学校法人の在り方も従来通りでよいのか、さらには、現行の私学経常費助成の方式の適否も再検討の対象になり得るのではないか。私学助成を含めた国の私学政策はどうあるべきか、さらには国・公・私という現行の制度区分や設置者の違いによる高等教育行政の在り方もこのままでよいのか、といった根本問題も、再検討の視野に入ってくることになり得るだろう。インターネットの普及、バーチャルユニバーシティの設置、公設民営などの新しい設置形態の高等教育機関の発生は、早晩こうした問題を顕在化させるかもしれない。
 繰り返して言うが、文部省は国立大学だけの行政機関ではなく、日本の教育全体の行政に責任を有するものである。そうならば国立大学の独法化が日本の公私立の高等教育全体にどのような影響をもつのか、日本の高等教育の全体的な発展と質的向上にとってどんな意味をもつのかについて、長期的かつ全体的な見識を示してくれることを、是非とも検討会議に期待したい。


第三者評価への私学対応
 平成12年4月には第三者大学評価機関として、「大学評価・学位授与機構」が設置された。国立大学が独法化されれば、その他の独法化に移行した機関と同様に、3〜5年ごとに行政の評価を受けることが義務づけられている。これまで大学は自らが自律的に行う「自己点検・評価」を主体とした路線できたのだが、その実績に対する消極的評価と大学の自己改革能力への不信から、客観的で「透明」性の高い第三者評価機関が必要とされるようになったのではないか。
 この第三者評価機関は当面は国立大学を評価の対象とするが、設置者の判断によっては公私立大学もこの機関の評価を受けることができるとされている。そもそもこうした国の機関がつくられたのは、国・公・私の高等教育機関全体の評価を目的としていたからであろう。しかしすでに私大関係団体は、国の機関が評価に介入することには原則的に反対ないし警戒の意向を表明しているので、「当面の間」は国立大学を対象とするとされているわけである。
 ただし、私学が国の機関による評価を拒否したとしても、私学も年間約3,000億円程度の国庫助成を受けており、税金を負担している国民に対して説明責任の責務を免れることができないのは、学費を支払っている学生、保護者に対する教育責任の説明義務があるのと同様である。同時に病院や銀行等の場合もそうであるように、今日では評価の客観性、公正性を担保するためには、第三者評価が不可欠だという考えがしだいに広まってきている。学校や大学という、これまで客観的な評価になじまないとされてきた分野もその例外ではなくなってきている。
 まだ公式に表明されてはいないが、第三者評価機関が国の資源(人的・物的予算)の効果的配分や確保を目的として設置されたとすれば、その評価結果によって国立大学の予算額や私立大学への助成額が決定されるようになることは、十分考えられることである。
 したがって私学としてはこのような形の国の第三者機関の評価を受けるのか、あるいはこれにかわって社会に信頼されるに足る評価システムをみずから開発し実施するのか、いずれかの選択に迫られることになろう。
 これからはあらゆる政策や行政が評価の対象とされ、その結果に基づいて予算や資源の配分や優先順位が決定されることが多くなることは避けられないと考えられる。国立大学に限らず、国の補助金や助成を受けている私学も、その例外ではなくなると予想される。例えば私学経常費助成を受けることによってどんな効果があがったのかを評価分析し、今後の私学助成の指針とするための「政策評価」も導入される可能性があろう。こうした状況のもとで私学はどう評価の問題に立ち向かうべきなのか。すなわち大学の質の評価を行い、これによって資源配分を行うという、ふたつの権力を備えた強力な国の機関の評価に、私立大学も組み込まれてよいのだろうか。私学関係者の見識がいま、問われている。
 以上の問題について私学高等教育研究所では、次の要領で公開研究会を開催いたします。御自由に御参加ください。


日 時=平成12年8月2日(水)午後5時30分〜18時
場 所=私学会館(アルカディア市ヶ谷)5階・穂高(西)
テーマ=「最近の高等教育政策と私学」――私学の立場からみた「独立行政法人化」と「第三者評価機関」
問題提起=喜多村和之(私学高等教育研究所主幹)、濱名 篤(関西国際大学教授、当研究所研究員)
問い合わせ=私学高等教育研究所(〒102-0074 東京都千代田区九段南4-7-5 パークノヴァ九段103号
          TEL:03-5211-5090、FAX:03-5211-5224、e-mail: shikoken@poem.ocn.ne.jp)

当研究所のホームページが開設されます(2000年8月1日より)。
(URL)http://www3.ocn.ne.jp/~riihe/

コラム名『アルカディア学報』の由来
  本欄は本年度より発足した、日本私立大学協会附置私学高等教育研究所から発信する主張、論説、広報、研究成果等々を発表する場として平成12年6月26日付紙面より登場しましたが、このほどコラム名を『アルカディア学報』と名づけさせていただきました。アルカディアは東京・市ヶ谷の私学会館の別名でもありますが、この命名は公募によるものと聞いております。ギリシャの美しい土地で、西欧では理想郷を示す意味にも使われています。明治初年に来日したイギリスの女性旅行家イザベラ・バードは、山形県の農村を訪れた際「これぞ日本のアルカディアだ」と感嘆の声をあげたといわれます(井上ひさし『本の運命』による)。日本の私学の拠点の一つとしての市ヶ谷から私学の精神を発信していきたいと念願しております。

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