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平成26年11月 第2587号(11月19日)

改革の現場
 ミドルのリーダーシップ <72>
 “医療人底力教育”が始動
 チーム医療に必要な知識・技術修得
 鈴鹿医療科学大学


 鈴鹿医療科学大学は、日本診療放射線技師会が中心となり、三重県と鈴鹿市の協力を得て1991年に鈴鹿医療科学技術大学として開学、のちに医学部以外の医療・福祉系学科を増設して、1998年に鈴鹿医療科学大学に名称変更し現在のコ・メディカル(医療従事者)育成の総合医療系大学となっている。教育の目玉は2014年から開始している全学共通の「医療人底力教育」。全学科の1年生を白子キャンパスに集結させ、全学部学生の混合チームを創り課題に取り組む。チーム医療を意識した取り組みでもあり、モチベーション向上の秘策でもある。「医療人底力教育」が生まれたプロセスを、鎮西康雄副学長、藤原正範教授、村田尚久大学事務局長、松永ひとみ教務課長に聞いた。

 はじまりは2008年。認証評価受審のために作成した自己点検・評価報告書を読んだサ・リ純一理事長から「各学科での教育は陶冶されてきたようだが、全学的には学科間の垣根が高く交流が薄い。開学20年を迎え、また、社会的にはチーム医療が注目されている中で、新機軸の教育改革を行って欲しい」と指示が出た。早速、鎮西教務部長(当時)をトップに、数名の教職員をメンバーとしてプロジェクトチームが編成され、ここが主導となり改革議論が始まった。毎週1回半日をかけて喧々諤々の議論を行う。
 「こういう大きな改革は理事長や学長のトップダウンで進めるのも1つの方法ですが、現場の理解と協力が得られないと形骸化するのも大学の特徴です。手間ひまはかかりますが、ボトムからの積み上げで全学部教員の理解を得てから始めようと。「そもそも大学教育とは何か」という根本的な問いをはじめ骨格つくりの議論に1年半、具体的なカリキュラム作りなどの準備に1年半、最終的に計3年かかりました」と鎮西副学長は振り返る。
 当初は長年かけて作り上げた学部学科教育を崩したくないという思いから多くの教員が教育改革に反対あるいは静観の姿勢だった。鎮西教務部長(当時)が様々なレベルの会議等で熱心に丁寧に説明し合意を得て行く過程で風向きが徐々に変わっていく。藤原教授が教育改革のモチベーションキャリア部会長に就任し、議論の内容を授業プログラムとして具体化し、さらにそれを積極的に授業に取り入れて試行。このことにより実現の可能性やその意義が理解され一気に学内の改革に対する支持が広がった。
 当時、中退率の高さや就職後に早期に離職してしまう傾向がみられたが、それは学生自身の将来への展望や見通しといったモチベーションやキャリアデザインに大きな関係があると仮説が立てられた。「実験的授業、授業の改善を繰り返し、また卒業生への調査も行うなどしてデータ収集し、こうしたデータを全て検討した上で、仮説をブラッシュアップさせました」と藤原教授。
 試行錯誤の上、辿りついたのが“医療人底力教育”だった。具体的には全学部の1年生を対象に、チーム医療を担う医療人に求められる基礎的な技能・知識・資質を育成する合同基礎講義とグループ学習である。グループ学習では1年生600人が学部の垣根を越えて50名ずつの12グループを編成、1グループがさらに8チームに分かれて共同学習する。全学科混成のクラス編成で、介護体験や救命講習、福祉施設訪問等の体験学習、ディスカッション、プレゼンテーション、ディベート等を行い、チーム医療に不可欠な基礎的スキルやコミュニケーション力を身に付ける。
 1グループ(50人)を教職員4人が担当し、週に1度チームの育成方針を共有するためリーダー会議が開かれる。教職員が分担して独自の教科書『医療人の基礎知識』(167P)と『医療人の底力実践』(139P)も作成した。
 「改革は始まったばかりですが、学生には明らかな成長のきざしが見られるとともに、教員にとっては他学科の教員との交流が生まれ、一緒に教授スキルを高めるというFDにも繋がっているようです。また、12名の職員がチューターとして、コミュニケーション講座を担当したり、キャリア支援の専門スキルを磨き、学生に関与することで現場の課題が見えるようになり、SDの効果も出ています」と村田大学事務局長は述べる。
 議論の末、最終的には各教授会に改革案を提案し了解をもらい、各学部長・学科長等で構成される大学の最高意思決定機関「大学協議会」で了承を得た。「当然、学科によって温度差があり、未だに批判や反対意見はあります。しかし多くの教員、更には職員も今ではこの改革の意義を認め協力しています。これは鎮西副学長が『異論反論はあって当たり前、とことん議論しましょう』と仰って辛抱強くかつ粘り強く話し合い、打開策を講じてきた結果だと思います」と松永課長。
 一連の教育改革でもっとも重要な成果は、教職員の意識改革に繋がったこと、これまで学科縦割りだった学内に、「全学で何か新しいことに取り組んでいこう」という雰囲気や一体感が生まれたことだという。“医療人底力教育”に関連する教育改善提案の学内公募を行ったところ、多くの職員を含む教職員から50題にも及ぶ応募があった。教育改革・改善推進委員会で書類選考して10題を選び、公開プレゼンののち最終的に7題を選考。現在提案を具体化すべく動いている。この取り組みは今後も継続していく。
 懸念はある。“医療人底力教育”は、医療系大学の生命線でもある国家試験の合格率をあげることには直接反映されないかもしれない。しかし学生のモチベーションを上げることができれば、間接的には国家試験の成績には反映されるはずだ。国家試験の合格だけではなく倫理観や使命感はどう醸成するのか。この根本に立ち返り、これを突き詰めた“医療人底力教育”は、いずれ特にこうした教育を受けた卒業生や保護者に絶大に支持されるに違いないし、また社会からも歓迎されることになろう。

粘り強い説得で改革実現、教育に職員も参加
桜美林大教授/日本福祉大学園参与 篠田道夫

 鈴鹿医療科学大学は、日本で最初のチーム医療を支えるコ・メディカル養成大学として1991年に誕生した。白子キャンパスに薬学部と看護学部、千代崎キャンパスに保健衛生学部と医用工学部を置く。 
 医療人底力教育と名付けられたこの教育は、2014年からを開始した。この教育を成り立たせる上で重要な役割を担うのがチームリーダーとチューターだ。彼らがいて、はじめて医療人に必要な技能や態度、接遇やディベート力などを身に付けることが出来る。チューターには教員と共に多くの職員が参加している。教育そのものに職員が組織的に関与する数少ない事例だ。もちろん基礎的な研修を受けるが、具体的なことは担当する教職員が合宿などを通しチームで相談して決める。約50名の教職員の連携による医療人底力実践(基礎)教育、一大アクティブラーニングのスタートである。
 この運営・管理は底力教育推進センターが担う。教養部教授会のような役割だが、共通基礎能力の育成を目指す以上、科目を教員に割り当てたら後はお任せでは済まない。授業方法や内容まで細かく関与、支援する。
 この改革は、いわば学部から教養教育を分離するようなもので、4学部がすんなり合意したわけではない。そもそも学部・学科の設置時期や歴史、資格や目指す職種、その養成課程など、全く違う学科の集合体である。むしろ、学科ごとに専門教育として固まった体系を保持しており、連携よりは独立、縦割りの教育を構築してきた。しかし、チーム医療が大きな時代の流れとなり、医療従事者養成の専門大学としてこの強化が不可欠の課題となり、そのことは2008年の認証評価、自己評価を通じて鮮明な課題として浮かび上がってきた。
 しかし、この抜本改革が実行に移されるまでには、3年の歳月を要した。当時教務部長だった鎮西副学長や、現在底力教育推進センター長の藤原教授を中心に具体案をまとめ、教務委員会を通して丁寧な往復議論を繰り返し、時間をかけて合意を図った。教育を実効性あるものにするためには納得と合意、主体的参画なくしては不可能だとの思いが強かった。
 この改革に歩み出すにあたっては、2010年に理事長から出された指針も大きな力になっている。開学から20年が経ち、次の20年を展望する魅力ある教育、手直しでなく学生本位、全学視点での改革を教職員が一枚岩となって実現してほしいというものだった。
医療・福祉の専門大学として10以上の国家資格取得の課程を持ち、試験完全対応カリキュラムで資格取得を徹底サポート、全国平均を上回る合格率を維持してきた。就職率もこの間95%〜96%の高い水準だ。
 定員充足率は収容定員総数を上回る在籍学生を確保しているが、学部・学科によっては定員未充足もあり年度によって波がある。さらに強い特色、満足度の高い教育を作り出すことなしに、資格・就職だけでは今後の発展は望めないという危機意識もあり、医療人底力教育はその象徴的改革として全学あげて推進されてきた。
 さらに連続的な全学改革のための体制整備も進む。学長の全学的なリーダーシップを強化するため副学長3名(教務・教育改革、大学院・研究、学生・社会貢献)を置き、また学長の諮問機関としてIR推進室を設置した。IR推進室は、学長主導による本格稼働で、学生の学習時間、教育成果の分析、退学防止の方策検討を進める。学長が直轄する教学の最高決議機関の大学協議会を活用、理事会と教学の協議の場である運営協議会で連携行動を強化する。
 画期的な教育改革を粘り強い説得で実現し、学内の力の結集を図ることを通して、教職員の改革への底力を作り上げて来たと言える。



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