平成26年9月 第2580号(9月24日)
■改革の現場
ミドルのリーダーシップ <69>
徹底した少人数、オーダーメイド教育
手厚い学生支援体制を構築
弘前学院大学
弘前学院大学は、1886年に、メソヂスト教会初代監督の本多庸一氏が弘前教会内に遺愛女学校の分校を開設したことから始まる。その後、1950年に弘前学院短期大学、1971年に文学部のみの女子大学を開学、1999年に社会福祉学部開設時に共学化、2005年には看護学部を開設する。弘前学院聖愛高校は、13年前に男女共学となり、昨年甲子園への初出場を果たした。全て青森出身の選手ということで、地元の声援を一身に受けた。大学の取り組みについて、吉岡利忠学長、井上諭一文学部教授、葛西久志社会福祉学部教授、對馬充事務長に聞いた。
教学に関わる改革は2004年の吉岡学長就任時。「医学ではオーダーメイド医療は当たり前。だから大学でも学生1人ひとりに応じた『オーダーメイド教育』を打ち出しました」。元々、少人数教育での手厚い指導は行っており、文学部の卒論は教員が学生を1対1で指導することもある。講義も10名を超えることはない。「例えば、英語・英米文学科と日本語・日本文学科は共通科目も多く、両方の学科が相互に10単位までは取れるようにしています。国立の弘前大学との間で単位互換も行い、色々な方法で学生自身の問題意識に基づいて学習し、問題解決ができるように導いています。また、PBL、スモールグループで問題解決する取り組みも行っています」と井上教授は説明する。看護学部と社会福祉学部は、地元就職率が高く、地域との連携が強いことが特徴の一つだ。
2008年には、即戦力重視のカリキュラムへの転換とともに、学内の教職員、地元企業の社長や代表に講演してもらう「ヒロガク教養講話」を始め、延べ100名近くの講師が招かれている。「学生はもちろん、教職員も対象にした科目。講師は、各専門分野、得意分野、日頃感じていることがら、心情・信念、経験談などを話します。教科書も参考書もないし、試験も評価もありません。学生には感想文を提出させます。この講話は学生の学習意欲向上という初年次教育のみならず、キャリア教育としての位置付けもあります」と吉岡学長は言う。
毎週木曜日には礼拝を行う。建学の精神である“畏神愛人”は、イエスキリストの神のみを礼拝し、特定の思想・人物・自然等を相対化するとともに、自分の仲間や同胞だけでなく隣の民族・弱者・助けを必要としている他者の人格と個性を尊重し、人間の尊厳を受容することである。礼拝は、これを学生に浸透させる大切な機会としている。「礼拝をきっかけに聖書に関心を持つ学生が出てきます。聖書は特に欧米圏のあらゆる文化に繋がっていますから、そこから興味が広がっていき、学生が自ら学習していきます」と對馬事務長。キリスト教の精神が見事に学生の興味を引き出し、学びと融合しているのである。
FDは学部により取り組みが違うが、文学部では月に1度、全教員が集まり、例えば、学生に応じた単位取得の方法等について議論する。FDというと授業方法等の改善と考えがちだが、同学部では多様な学生に合わせた多様な学び方を議論しながら教員総出で丁寧にシステムを作っていく。このような取り組みは極めて重要と言えるが、全教員の協力なくしては成しえないことであろう。葛西教授は「障がい者に対する学生の支援等については学部共通で議論します。ノートテーカーをどう付けていくかなど、大学全体で障がいを持った学生にどのような支援ができるかを話し合います」と述べる。SDは、夏期休暇中に全職員を集めた研修会を開く。また、毎週の朝会で、職員2人が3分間スピーチを行い、意気込みを語る。
大学全体に関することは、学院長、学長、宗教主任、各研究科長、各学部長、事務長が参加する学長運営会議で議論され、それが大学協議会で意思決定され、各学部教授会に下ろされていく。
理事会の意向は大学経営に積極的に反映されており、伝統的に理事長がリーダーシップを発揮するガバナンスである。現理事長・学院長の阿保邦弘氏は、大学協議会はもちろん、各学部教授会、各大学院研究科委員会にも参加する。「全教職員とともに情報を共有するという観点から、事務局も教授会に参加して発言します。この議事録はいつでも教職員が読むことができます。教員からの反対は特にありませんし、教職員に上下関係はありません」と吉岡学長は続ける。学長は理事会によって選出される。
実は2010年に財務状況の悪化から大学基準協会による認証評価で保留となった。FDの取り組みのように、全教員が教育にむける情熱を今度は入試広報に振り分け、新戦略会議を組織してオープンキャンパスや募集対策を見直した結果、徐々に募集状況は回復している。
また、附属の地域総合文化研究所では、地元弘前や津軽等の文化風土をまとめた10巻からなる「地域学」を刊行。地域では「学院大」という愛称で親しまれ、地域における教育の要となっている。
理事長が経営・教学の会議に出席、陣頭指揮で前進
桜美林大教授/日本福祉大学園参与 篠田道夫
「学院創立125周年、息づく歴史、オーダーメイドの学び」。駅や学内に貼られているポスターは、この大学の歴史と教育を端的に表す。1886年、青森県初の女子普通教育学校としてスタート、徹底した少人数による手作りの教育を進めてきた。大学は1971年、文学部単科でスタートしたが、2000年前後から資格対応型学部構成に大きく舵を切り、社会福祉学部(1999年)、看護学部(2005年)を相次いで増設、男女共学化を行った。しかし、18歳人口の急減や大都市集中で、2008年頃には収容定員の7割台まで落ち込んだ。丁度、大学基準協会の認証評価と重なり、定員確保や財政問題で保留、同時期に文科省の調査も受け経営改善を指導される。
危機意識を背景に、全学を挙げた努力の中で、その後急速に回復、看護学部は定員確保、文学部、社会福祉学部も定員に近づきつつある。2013年には認証評価もクリア、学生確保と財政改善の努力が認められた。厳しい環境の中での、こうした前進にはどのような取組みがあったのか。
まず第1に挙げられるのが、学生満足度の向上と学生育成に的を絞った教育の充実である。1年〜4年までのゼミは教員1人に対し学生は数人、多くても10名まではいかない徹底した少人数教育である。担任制度、チューター制度で良い意味での「手とり足とり」の指導を行い、学力、意欲に差がある学生を徹底的にサポートする。学生が2週連続で休むと要注意情報を共有、3週続くと本人面談、必要に応じ保護者と協議、カウンセリング・支援体制を組む。マンツーマン指導とあわせ、必修を少なくし学生に合ったカリキュラムを組むことで、目標とするオーダーメイド教育を推進する。
学ぶ意欲や目的意識、帰属意識の醸成を重視、毎週木曜日午前、全学生、全教職員で礼拝を行い、その後、「ヒロガク教養講話」を開講する。理事長、学長、学部長のほか地元企業の社長、医師、芸術家、歴史家、福祉・医療分野で活躍する人など多彩な講師陣が、最先端の課題を解説し学生の心に火をつける。
就職率は90%後半と高い数字で推移、社会福祉学部や看護学部は100%を続けており、青森県内の大学ではトップクラスである。社会人基礎力支援科目や企業等実習(インターンシップ)を単位化、実践力を高める。学生募集活動も抜本的に強化、新戦略会議を立ち上げ、中核幹部が集まり外部コンサルタントも入れて、これまでの募集活動を徹底的に見直した。大学案内、募集要項を刷新、HPやオープンキャンパスを抜本的に充実、学生スタッフを募り、学生を前面に出す広報に転換した。これらの推進には理事長、学長が中心的役割を果たす。理事長は大学協議会、学長運営会議、さらには3つの学部教授会、2つの大学院研究科委員会にも出席する。大学協議会の構成は、理事長、学長、宗教主任、各研究科長、各学部長及び各学部から教授3名、それに事務長があたる。学長運営会議の構成は学院長、学長、宗教主任、各研究科長、各学部長、事務長である。理事には学長のほか学部長、職員も加わる。それら全てに理事長が関与することで、法人・大学の迅速な意思決定が可能となる。学長は理事会で選任、学部長は学長が決定するシステムもこうしたリーダーシップの発揮を支える。学部教授会には事務長、各課長が、大学の各委員会には職員が参画することで教職一体の取り組みを行う。
厳しい環境の中で、財政改善も計画的に遂行する。法人財政の健全化に向け弘前学院財政改善第1次3か年計画(2007年〜2009年)、その追加計画、第2次3か年計画(2009年〜2012年)を立案推進、給与、賞与、諸手当を当法人の支払い能力に応じて独自に削減、遊休資産を売却するなど身を切る改革を断行する。新学部や改革推進に投資は不可欠で、それに伴う借入金や累積超過支出縮小の課題もある。人件費圧縮と経費節減、そして何よりも学生確保の取り組みを生命線として重視する。この法人の事業報告書には全教職員の氏名が載っている。この、人を大切にする風土をベースに、理事長が全体改革の陣頭指揮を執り、教学から財政まで現場実態に即した改革を積み上げることで、着実な前進を推し進めている。