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平成25年5月 第2523号(5月15日)

大学経営を改善する2つの手法 (下)
  包絡分析法
 

京都外国語大学  山崎その

 前回は多元的な視点から組織全体を捉え、計画から実践までのプロセスを包括的に管理できるツールとして、バランスト・スコアカード(BSC)を紹介した。今回は効率性の視点から相互評価を行う包絡分析法(Data envelopmentAnalysis、以下DEA)を取り上げる。
■ベストプラクティスを発見するツール
 大学の経営改善には、@組織内部の活動に関する情報、A大学を取り巻く外部環境の情報、B競争相手やベストプラクティスの情報、という三つの情報が必要である。とりわけ近年は、厳しい競争環境の中で限りある資源を重要な課題に集中して投入するため、Bのベストプラクティスに関する情報の重要性が高まっている。しかし、多様な機能・複雑な組織を有する大学の場合、自大学にとってのベストプラクティスが何かを客観的に判断することは難しい。そこで、DEAによる評価をベンチマーキングに応用し、ベストプラクティスを発見する手法とする。
 DEAはチャーンズ(A.Charnes)とクーパー(W.W.Cooper)によって開発され、現在は民間企業だけではなく、効率性を評価することが難しいといわれている図書館や病院などの非営利組織でも応用されている。DEAの考え方は極めて単純で、より少ない入力で、より多くの出力が得られるほど効率的であるとする。ここでは紙幅の都合上、数式等による計算方法の説明は割愛し、いくつかの特徴を示してDEAの機能と仕組みを説明する。
■複数の評価項目をまとめた一元的な評価
 ベンチマーキングは他の優れた方法や戦略、成功事例と比較して、自己の強み・弱みを明確にし、改善・改革を図る手法である。大学は、特殊なケースを除いて教育・研究・社会貢献の三つの機能を持っており、様々な活動を行っている。どれか一つだけを取り上げて評価することもあるが、複数の活動や組織の機能全体を評価することもある。評価項目が一つの場合は簡単であるが、複数の項目を評価する場合はそれぞれを見比べて総合的に判断しなくてはならない。しかも、評価指標が卒業生数と論文数のように単位が異なる場合もある。
 ベンチマークで比較する指標は一つとは限らず、定量的なものも定性的なものもある。DEAでは、図1のように単位の異なる複数の評価項目を一つの仮想的入力・仮想的出力にまとめて効率値を計算するので相対的な総合評価が可能になる。
■個性を生かす評価
 DEAは回帰分析のように平均値を基にして相対的に評価するのではなく、それぞれにとって最も有利になるように計算した上で相対比較をするため、平均的・模範的な大学だけではなく個性的な大学も評価することができる。
 例えば、A大学は教員一人当たり論文数が多く、D大学は教員一人当たり卒業生数が多いというようにそれぞれ異なる特性を持っているとする。DEAでは、それぞれの大学にとって最も有利なウェイトを付けて評価する。このウェイトは、意思決定者によって主観的に付けられるのではなく、自動的に計算される。
■効率的な改善計画の策定
 DEAでは相対的な順位だけではなく、それぞれにとって目標となる事業体を目指すために何をどれぐらい増やせばよいか(減らせばよいか)という具体的な数値目標を示すことができる。
 DEAの効率値は最も優れたパフォーマンスを示す事業体がつくるフロンティアを推定し、この効率的フロンティアまでの距離で計測する。いわば、このフロンティアがベンチマークとなる。図2のように、AからGの七つの大学の教育力(卒業生数/教員数)と研究力(論文数/教員数)について相互評価した場合、効率的フロンティア上にあるABCDの大学は効率的である。EFGは非効率であるが、E大学の場合は<CODE NUM=05BA>E の位置まで入力・出力を変化させると効率的になる。この時に、E大学はどの大学を目標とすればよいか、すなわちベストプラクティスはどの大学かということと、そのために卒業生数や論文数はそれぞれどれぐらい増やせばよいか、あるいは教員数はどれぐらい減らせばよいかが数値で示される。ただし、この改善案は唯一のものではなく、複数あるもののうちの一つである。また、あくまでも計算上の数値であるため、必ずしも現実に実行可能なものとは限らない。
■分析ツールの活用
 DEAは予め選択した指標を用いて一定のグループの中で行う相対的な評価なので、指標やグループによって評価結果はまったく違ったものとなる。ベンチマークで重要なのは目的の明確化、すなわち何のためにどのような機能や要素を比較するのかということと、比較対象を適切に選ぶことである。従って、DEAの指標の選択とグループの選定は慎重に行わなければならない。
 また、DEAには誤差を排除できないため異常なデータの影響を大きく受けてしまうことや検定ができないといった統計上の問題の他に、入力と出力の関係だけで評価するため組織内部の活動プロセスがブラックボックスになってしまうといった問題点がある。これについては、前回紹介したBSCの四つの視点のフレームと組み合わせることによって、活動のどの段階で何がどれだけ必要なのか、反対に何が不振の要因となっているのかを把握できる。反対に、DEAの分析結果はBSCの戦略策定のデータとして活かすことができる。一つのツールでできることには限界があるが、上手く組み合わせて使えば、より一層実効力のあるツールにすることができる。
 ITの発展に伴い、大学ではこれまで以上に詳細なデータが収集され、膨大に蓄積されつつある。と同時に、データの公表と、その説得性も求められている。日本でもIR(InstitutionalResearch)機能に注目が寄せられているが、データの分析方法や利用方法の開発はまだ十分ではない。前回と今回で取り上げたBSCやDEAは様々な手法の一つにすぎず、それですべてを解決できるわけではない。しかし、これらのツールを活用することによって、これまで個人の経験知や組織のパワーバランスに頼らざるを得なかった重要な選択の場面に、データに裏づけられた客観的な情報を加えることができ、ひいてはそれが適切な経営判断につながる可能性がある。
(おわり)
 【参考文献】
 東京大学大学総合教育研究センター(2011)「大学ベンチマーキングによる大学評価の実証的研究」『大総センターものぐらふNo.10』
 刀根薫(1993)『経営効率性の測定と改善―包絡分析法DEAによる―』日科技連出版社
 Charnes, A., Cooper, W., Lewin, A. and Seiford, L.(Ed.)(1995)DataEnvelopment Analysis Theory, Methodology and Applications, Kluwer.(刀根薫・上田徹(監訳)(2007年)『経営効率評価ハンドブック(普及版)包絡分析法の理論と応用』朝倉書店


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