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平成25年4月 第2520号(4月17日)

大学と高校生の出会いを変える
  WEEKDAY CAMPUS VISITとは -下-
 

大学プロデューサー
NPO法人NEWVERY フェロー  倉部史記

単なる授業見学ではない、教育の場
 高校生向けの模擬授業ではなく、大学生と一緒に普段の授業を高校生が受けるWEEKDAY CAMPUS VISIT(以下WCV)。2012年の秋にNPO法人NEWVERYが法政大学、立教大学で実施し、2013年度前期は上記2校に加えて京都大学、青山学院女子短期大学、産業能率大学、聖学院大学なども実施を決定。NEWVERYには現在、高校側から多くの問い合わせや相談が寄せられている。
 一般的に大学のカリキュラムは4年間124単位以上で構成され、一つの授業には15週を要する。たった1日、2〜3の授業を受講するだけでは進路選択の参考にはならないのではないか、むしろ表面的な感想だけを持ち帰りかねないのではないかと危惧する向きもあるだろう。「高校生が大学の授業を見ても退屈では」「先輩学生達の学習態度が、必ずしも熱心ではないのだが、見せてしまって良いものか」といった心配の声もしばしばいただく。そこでWCVでは、これらを解決する工夫がなされている。
 まず授業を受ける前にディスカッションを行い、高校生達の姿勢を見学者から「学習者」へ変えるところよりスタートする。シラバスやカリキュラムの確認をしつつ、現時点で大学・学部に対して参加者が抱いている印象や、自分が将来について考えていることなどをゼミナール形式で話し合う。授業では大学生同様真剣にノートを取ることなども、このとき参加者に求める。このファシリテーションを務めるのは、NEWVERYの研修を受けた認定コーディネーターだ。必要なメソッドやワークシートなどの運営ツールはNEWVERYが開発し、すべてのコーディネーターに共有されている。
 高校生が大学の授業の内容を完璧に理解するのは無論、困難である。重要なのは授業内容の理解ではなく、授業を通じて大学の学びを知る。現時点で自分の理解が及ばないのはどのようなことであり、そのためにはどのような知識が必要なのか。授業はどのようなスタイルで行われているのか。受講している先輩学生達はどのような姿勢で授業に臨んでいるのか。授業を通じて様々なことを観察し、考えるよう高校生に促すのがコーディネーターの役割なのである。
 授業の後に行われる振り返りの時間も重要だ。ここでもコーディネーターが中心になって参加者達の感想や意見を書き出し、共有していく。
 「教室の前の方に座っている学生は熱心だったが、後ろでは寝ている学生もいた」という意見が出れば、「では、あなたはどちらの側になると思う? あなたにとってこの授業は熱心に聞きたくなるものだった?」と問いかける。対話しながら「自分の目標にとって必要だと思えるものなら、真剣に学べるんじゃないか」「自分が大事と思うものは何なのか、それを考えないと自分に合った大学は選べない」といった気づきを促していく。大学キャンパスで行われる普段の授業は、進路を考える高校生にとって何よりの教材なのだ。
 高校生に大学の授業を見せても意味がない、楽しい模擬授業を用意しなければ高校生の興味は引けない―大学関係者の間で信じられているこうした言説は、思い込みに過ぎない。大学、高校、NPOの三者が少しずつ連携するだけで、それぞれの課題を解決できる。要は工夫次第なのだ。リアルな「生の授業」とコーディネーターの存在によって構成される進路発見のための教育プログラムとして、WCVはいま全国から注目を集めている。
大学広報から高大接続へ
 大学、高校からWCVが期待を集めている理由は、これまで高校生の進路選択に欠けていた点を補う存在であるからだ。
 WCVのディレクターを務める筆者は、元・私立大学職員だ。その後、縁あって大手予備校の研究員となり、志願者を集める側から送り出す側へと転じた。進路指導の現場に入り、多くの高校生と対話しながらわかったのは、高校生達の多くは、進路についての考察を深める機会を十分に得られていないということだ。学部・学科の名称や受験難易度(偏差値)、資格が取得できるか否かなど、表面的な部分で進路を決めてしまう高校生は多い。簡単な問いかけを受ければ気づく誤解を抱えたまま、受験まで突き進む高校生も少なくない。
 情報がないのではない。高校生の周りにはむしろ過剰とも思える進路情報が存在する。しかしその情報が「自分にとって」どんな意味を持つのか考えたり、他者からの指摘を受けたりする機会はそう多くない。理系は就職に有利、資格があれば就職できる―など、そのまま自分に当てはまるとは限らない情報も、彼らは素直に信じ込んでしまう。
 こうした結果が現在、中退者の増加などで顕在化しつつある、入学者と大学とのミスマッチなのではないだろうか。WCVを実施する背景には、そんな現状への問題意識がある。高校の進路指導教員がWCVを歓迎するのも、それが生徒一人ひとりの充実した4年間に繋がると考えているからだろう。
 しばらく落ち着いていた18歳人口の減少も、2018年以降に再びその速度を増す。大学広報も現在は過渡期にある。100人の定員に1000人の受験生を集めるというのが、従来の入試広報が目指すミッションだった。しかし少子化が進む今後は「自校のことを深く理解する200人」を高大接続の視点で育成し、入学まで導くという視点も必要になってくるだろう。志願者数最大化からミスマッチ最小化へのシフトである。その具体的な実践の場として、WCVを位置づけている大学もあるようだ。
 WCVの主目的は、大学の学生募集ではなく高校生の進路発見だが、参加者の事後アンケートなどを分析すると、結果的にその大学・学部が掲げる教育ミッションを深く理解する場になっている様子も浮かび上がる。そのような形で大学の魅力が高校生に伝わっていくのは歓迎すべきことだ。高校生にはぜひ、できる限り早いうちから様々な大学や学部のWCVに参加し、大学を見る目を育てて欲しい。それが、ひいては自分だけの進路選びのモノサシを持つことにも繋がるだろう。
 これまでの大学広報は、どちらかと言えば「顔の見えない数万人」を相手に、大学案内やマス広告などで自校の良さをPRするスタイルが主流だった。WCVは今後、顔の見える相手と相互理解を図るという考え方を、大学にもたらすことになるかもしれない。多大なコストや労力がかかる「一発勝負」のオープンキャンパスと違い、普段のリソースを活かすWCVは最低限、認定コーディネーター1名がいれば運営できる。高校1年生限定の回、特定の高校と連携した回、複数の学部学科を組み合わせた回など、様々な試行錯誤を容易に行えるのも大学にとっては利点だろう。長期的に見れば、大学が広報に費やすコストや労力も節減できると筆者は見ている。高校生の側はもちろん、中退者の減少など大学にもたらすメリットも大きい。
 ウェブで授業の映像などを公開する「MOOCs」などの動きがいま、世界中で広がっている。自校の教育力をPRしたいという各大学の狙いもそこにはある。実際アメリカの有力大学では、ウェブ上で無料公開されている授業を機に入学を決めたという学生もしばしば報告されている。WCVの広がりも、そんな動きに重なっている。
 それに普段の授業に高校生が混じることは、大学側にとっても刺激になるはずだ。学生を引きつける良質な授業が、高校生の進路選択に影響を与える。教員は「より良い授業をしよう」と考えるし、教育力向上(FD)に取り組む大学にとっては追い風になるだろう。逆に言えば、普段の授業を見せない大学は今後、教育力に自信がないと評価されるかもしれない。
 着飾った姿の大学ではなく、素顔の大学を見て進路を選ぶ。3年後には、これが常識になっているはずだ。



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