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平成25年3月 第2517号(3月20日)

改革の現場
 ミドルのリーダーシップ <42>
 エンロールメントマネジメントの組織・実践で前進
 東京家政大学


 東京家政大学は、女子が職業を持つことが稀有な時代に裁縫家事(現家庭科)教員の養成を目的として渡邉辰五郎氏により1881年に設立された「和洋裁縫伝習所」が起源となる。椙山女学園の椙山正弌氏と妻・椙山今子氏、安田女子大学の安田リヨウ氏、志學館大学の満田ユイ氏等を輩出している。132年の歴史を誇る女子大学として現在は家政学部・人文学部の2学部を設置。26年度からは狭山校舎に看護学部・子ども臨床教育学部を新設構想中である。入口と出口を同時に所管する進路支援センターは、同大学のエンロールメント・マネジメント(EM)の中核を担う。同大の改革プロセスを岩井絹江事務部長に聞いた。
 同大学は歴史的に全国に家庭科の教師を輩出し、その教師たちが教え子に同大学を紹介する好循環の中で受験生は順調に確保されていた。しかし、入試課に配属された岩井氏が偏差値を調べてみると、競合女子大よりも遥かに下に位置づけられていた。1994年に赴任してきた現理事長の清水 司学長にこれを報告すると、「とにかく自分の考えることをやってみなさい」と言われた。こうして志願者確保に伴う入試・広報のあり方など改革のアイデアは岩井氏を中心に職員が下案を考え、実行を繰り返してきた。現在も現場の意見を吸い上げボトムアップで提案を行い、清水理事長、木元幸一学長がリーダーシップを持って推進するというスタイルを採る。
 「入職数年を経て、私大協会の幹事・委員等を歴任させて頂き、他大学や協会の方々より様々な発想や力を頂きました。こうした外部で得てきた経験に加えて、数十年間の高校回りで、高校現場の先生方から大学教育に求める貴重なご意見を頂きます。こうした意見に誠意を持って応えてきたことが、現在の改革に繋がっています」と話す。
 岩井氏が提案した改革の一端を紹介しよう。
 同大学では、あるときから交通広告等様々なPRを止めた。それでも、受験者数に変動はなかった。「中吊りを見て本学に決める受験生は少ないと見込みました。その分、卒業生へのインタビュー等を掲載した『大学で何を学び卒業後どう生きるか』という470頁の案内書を手作りで一年かけて作成しました。大学で引き受けた学生は丁寧に面倒を見て、就職させ、卒業後も最終学校として関わりを持ち続ける。こうしたメッセージを載せました。全員が納得してくれなくていい、100人いたら5人が手に取り共感して選んでもらえる広報に転換しました」と広報戦略を語る。
 こうした入試・広報戦略について、「現在でも愛読しているのが『米国の大学経営戦略―マーケティング手法に学ぶ』(私立大学協会編、1998年)です。EMの基本的な考えをここから学びました。このアイデアが2000年、入試課と就職課を統合して進路支援センターとすることに繋がりました。センター新設についても学内から従来にない考え方に大反対がありましたが、清水学長に強力に推進して頂きました」。入試課と就職課は表裏一体で、密接な繋がりがある。入学生の「質」―偏差値が3年後の就職率を左右し、就職率がまた受験生数、偏差値を左右するからである。この2課を統合して入学時希望調査や卒業時満足度調査を行いながらその結果を相互に反映させる。これがまさに同大学のEMである。
 また、入試課と就職課を兼ねると、地方に出向く際、高校回りと学生の採用が期待できる企業、病院、保育園回りを同時に行い、大学に戻って当該地域出身で地元就職希望者に情報を渡すことができる。担当職員は異動させずに同じ地域を長年担当してもらい、地域の高校・企業等との信頼関係を築く。「非常に大変ですが効果的です」。
 岩井氏は「当然、私だけの力ではどうにもならない」と謙遜するが、一連の改革プロセスには改革共通のヒントが二つ隠されている。一つは、学外での情報収集活動である。学内に居ては、客観的に大学を眺めることができない。また、配置換えになった際に、学外の力を頼ることもできる。更には、全国各地への高校訪問である。現場の教師からの率直な意見に誠実に応えることが信頼関係強化にも繋がる。
 もう一つは、学内で決定権を持つ協力者を味方に付けることである。岩井氏のアイデアを形にできたのは、本人も認めるように、清水学長の赴任が大きい。清水学長の教授会運営術は、否定的な意見、肯定的な意見、とにかく意見を全て出し尽くすまでひたすらじっと聞き対応する。その後の状況判断で一度は提案を取り下げるも、二度目で通す。センター入試や指定校推薦など多くの難提案もこの手法で通した。
 また、新提案に背中を押してくれた教員達も少なからずいた。教授会に理解を求め、改革案を通してもらえるトップの存在は大きいと言えよう。

学生の自立、生きる力作り、人生に真摯に向き合う
日本福祉大学常任理事/桜美林大学大学院教授 篠田道夫

 東京家政大学の志願者は過去6年間伸び続けている。2007年8747人だったものが2010年に1万人を突破、2012年度は1万1373人に達する。ここ10年で最高で当該年度入試はさらに増加の勢いである。人文学部は六年前の3倍となり今や女子大トップグループに入る。
 何故こうした評価の向上が実現したか。2008年、それまで狭山にあった文学部を家政学部がある板橋キャンパスに統合、アクセスが大幅に改善した。合わせて文学部を人文学部に改組、学科も環境教育学科、英語コミュニケーション学科、児童教育学科、心理カウンセリング学科、教育福祉学科など相次いで改組・新設した。また本格的な共通教育の実施を目指し、木元幸一学長を中心に「人間教育科目(A群)」を立ち上げ、暮らしや人間、自立などをテーマに、学生自らが学習し発表しディスカッションし、答えを見つけ出す力を付ける。さらに第2次教育体制整備として狭山キャンパスに看護学部、子ども臨床教育学部の2014年開設を目指す。これらが評価向上に大きく作用していることは間違いない。
 しかしその根底にある真の強みは、EMの原理を実際の大学組織、業務として本格的に導入し、入口から出口までの一貫した学生育成支援を行う、10年余にわたる先駆的な取り組みがある。EMの重要性が叫ばれて久しい。三つのポリシーは作ったが実際には入試部局・教務部局・就職部局の横の連携が弱く、ひとりの学生を一貫して育成する仕組みなっていない点は、昨年の中教審答申「大学教育の質的転換に向けて」でも指摘された通りである。進路支援センターは、その弱点を乗り越えるため2001年入試部局と就職部局を組織統合し、入口から出口さらに卒業後まで文字通り学生の生涯を一貫して支援することを目指している。
 入試・広報六名、就職10名の専任を含む31名の進路アドバイザーを置き、5000名規模の大学としては手厚い体制だ。家政大学の学生支援(EM)は高3の入学前教育から始まる。フレッシュマンセミナー、初年次教育を経て、正課外科目として社会人基礎力養成講座、社会観・就業観・就業スタンス形成講座、就職セミナー、そして卒業後の職場定着支援、卒業生の学び直し支援と終わるところがない。高校時代から面倒を見た学生を職業人としての自立意識を育みながら学び成長させ、就職に繋げさらに卒業後の人生の充実を支援する。
 就職率は大学91.4%、短大97.7%、国家試験合格率も管理栄養士99.2%、社会福祉士65.2%、精神保健福祉士84.6%の成果を上げる。しかし目指すところは就職率ではない。豊かな人生を歩めるか、就職支援でなく生き方サポート、人生を支えると言う熱い思い、この学生への深い愛情が本物の支援を作り出す。
 大学案内パンフ『大学で何を学び卒業後どう生きるか』、入試ガイド『合格応援ブック』は合計700頁もある異色なもの、500人を超える卒業生、在校生が登場する。卒業生の働く姿とやりがい、先輩からの受験アドバイス、合格体験が全て写真入りで掲載される。本物の体験、真実の声こそが広報の要であり、また大学との結びつきの強さの証でもある。
 改革の始まりは、この中心を担ってきた岩井氏が入試課に赴任した22年前に遡る。志願者急増期にも拘わらず横ばい状態で偏差値は下がり、同ランクだった大学に大きく水をあけられた。このままでは早晩危機的事態になると、アンケートや高校訪問で徹底的に情報を集め問題点を分析、事あるごとに理事会や教授会、理事長、学長や幹部に訴え続けた。その中で出会ったのが上述の本『米国大学の経営戦略』であり、EMの理論であった。そしてこれを学内に苦労を重ね具体化していく。岩井氏を軸とした職員集団の努力と清水現理事長をはじめとする大学幹部の先を見る目が優れていた。
 家政と言う言葉は古いイメージだが、逆に個性的教育を徹底することで家政大ブランドを揺るぎないものとした。改革はボトムアップ重視で、意見を聞き、時間をかけて合意を取るやり方だ。実行するのは現場、そのためには徹底した議論が不可欠でその過程が納得と団結を作り出す。しかしその進む方向は揺るぎなく、頑なに愚直に学生に向き合い続ける。132年の歴史と建学の理念、それを今に蘇らせた教職員の真摯な姿勢が作りだした優れた到達である。



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