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教育学術オンライン

平成25年2月 第2515号(2月27日)

 「教授法が大学を変える」
   26大学から実践が集まる  「アクティブ・ラーニング」テーマに

  昨年8月、本紙は日本私立大学協会加盟大学に、「教授法が大学を変える」と題して、「アクティブ・ラーニング」授業実践の事例を募集し、26大学に参加いただいた。そして、これら事例を元に、ファカルティ・ディベロッパーで組織される「日本高等教育開発協会」(会長:川島啓二国立教育政策研究所高等教育研究部総括研究官)に、他大学でも活用できるユニークな実践を3事例選定していただき、その内容を5面に紹介した。そのほか、全体の状況は次の通り。

 昨年8月の中央教育審議会答申「新たな未来を築くための大学教育の質的転換に向けて〜生涯学び続け、主体的に考える力を育成する大学へ」では、教員が何を教えたかではなく、学生がきちんと身に付いたかが重要であるとしている。
 一方、教員個人、あるいは全学体制で行われているグループワーク、PBL(プロジェクト型学習)、ソーシャルメディアを利用した授業、ワークショップなど、学生の学習(学修)を促進させる「アクティブ・ラーニング」は様々な大学の現場ですでに導入されている。このたびの参加事例でも、その傾向は現れている。
 特徴としては、大学教育での基本的な学習態度として、「主体的な学習」を促進・修得させるために、初年次教育の一環として、アクティブ・ラーニングを行っている場合が多く見られる。また、前述のPBLやワークショップなどはもちろんだが、講義形式の授業においても、学生に小さな成功体験を積ませ、工夫次第では学生の「アクティブ・ラーニング」を促すことは可能である。
 このたび参加いただいた26実践から、日本高等教育開発協会によって選定された3事例は次の通りである。
 @女子栄養大学短期大学部の渋谷まさと教授が担当する、専門科目「解剖生理学・栄養生理学」。特徴は、ステップ・バイ・ステップで提示するオンラインならびに書籍の教材。
 A沖縄国際大学経済学部経済学科の高崎理子講師が担当する選択科目「プレゼンテーション」。特徴は、「良き聞き手」としての評価も行うスピーチ指導を行う。
 B金城学院大学薬学部薬学科の薬学教育企画室並びに薬学部専任教員が担当する、専門科目「薬学PBL(1)(2)」。特徴は「金城学院薬学部屋根瓦方式PBLT」である。
 繰り返すが、各大学の教員が日ごろの工夫の中で取り組んでいる授業に優劣はない。あくまで、他大学にも参考になりそうなものを選定したものである。
 募集した全ての事例は電子化して、3月中に私大協会ホームページからダウンロードができるようにし、各大学のFD活動の参考にしてもらう予定である。
 なお、この企画は平成25年度も開催する予定であるため、私大協会加盟大学には更なる参加をお願いしたい。
 日本高等教育開発教会(JAED):高等教育開発者同士の連帯を図りつつ、高等教育開発に関する活動を実践することを通して、日本の高等教育機関の教育と学習の質の向上に貢献することを目的としている。あわせて高等教育開発者としての実践の質を高め、学術研究に裏付けられた専門性を向上させる場となることを目的としている。(http://jaed.jp



「教授法が大学を変える」  3事例を紹介



女子栄養大学
学生とつくりあげる授業

東京大学大学総合教育研究センター
特任准教授 栗田佳代子

 どうすれば「アクティブ・ラーニング」を実現できるのかという観点から、ここで紹介する授業について、授業概要、教育理念、理念を実現させるための方法、そして、この方法の成果の順に、紹介を行いたい。
授業概要
 女子栄養大学短期大学部は東京都の駒込にあり、卒業生の多くは栄養士として各地に巣立ってゆく。渋谷まさと教授が担当する「解剖生理学」は、4クラス各約50名、合計192名が履修する卒業必修科目かつ専門科目となっている。
教育理念
 渋谷教授の教育理念は明確だ。教育とは、「教員がどれだけ書いたか、話したかではなく、学生がどれだけ書けるようになったか、話せるようになったか」である。そして、そのための教師の役割とは、「学生の能動的な出力の機会を増やすだけではなく、出力しやすい環境を教育現場にいかに作るか」である。
 この「出力しやすい環境」の体現として、教材『一歩一歩学ぶ生命科学(人体)』(以下「一歩一歩」)がある。詳細は後述するが、この教材の成立・発展のプロセスにおける徹底した「学生目線」は渋谷教授の教育理念を支える重要な姿勢があらわれているといえよう。
 また、学生の主体的学習に不可欠である「高いモチベーション」についてもきめ細やかな仕掛けが随所にみられる。例えば、『一歩一歩』によるステップ・バイ・ステップな学習、ならびにステップごとのチャレンジクイズは、小さな出力での成功体験を積み重ねる多大な機会を提供している。「先生ごっこ」においても明確な課題を学生たちの力で行わせる。これらが学生の自信の醸成につながっている。
方法
 理念の実現のために渋谷教授の展開する授業には、次の方法および工夫がみられる。
 ○eラーニング教材「一歩一歩」(http://life-science-edu.net/
 同講義の根幹をなすこの教材は、オンラインおよび書籍という形態をとり、授業中にもスライドとして提示され、配布資料としても用いられる。同教材を特徴づける豊富なイラストは、生体内での呼吸の仕組みや病気の発生過程などの複雑な学習内容の理解を、端的な視覚的表現によって助ける。生体内の動きには、移動や(生成、分解などの化学的)変化などがあり、これらが整理されなければ、生命科学を正しく理解した栄養士としての活動はあり得ないからである。提示はステップ・バイ・ステップであり、ある程度のステップのまとめもある。各ステップに静止画、音声と動画とでの説明、クイズがあり、学習を強力にサポートしている。
 さらに特筆すべき点は、この教材の成立・改訂に学生が深く関わっている点である。イラストの多くは学生の手によるものであり、また、「この図ではわかりにくいから、こうして欲しい」という学生からのフィードバックが絶えず反映されて改訂されており、学生との共同の学びのなかで成長を続ける教材となっている。
 ○予習させる仕組み
 同授業は、教室に入る前から始まっている。学生はまず、『一歩一歩』のウェブサイトで予習してくることになっている。このウェブサイト上にある予習内容確認テストに合格することは、単位取得の必須条件にもなっている。これら教材は前述の特徴により特に低学力者が脱落することなく、楽しく学べる仕組みを備えているといえる。
 ○先生ごっこ
 授業中に行われる「先生ごっこ」は、学生が2〜3人のグループをつくり、10分程度の間に先生によって説明されたイラストを交代で相手に教え合う時間である。最近注目されているPeer Instructionなど、「人に教える」という行為がもっとも学習を促進するといわれるが、まさにこれが実現されている。高学力の学生にとっては、将来栄養士として一般の方に「教える」という訓練となり、低学力の学生は相手から教わり、自ら教えるという努力を通して理解を進めることができる。また、一つ一つのステップを段階的に理解する「喜び」を味わい、小さな成功体験を積み重ねることが、モチベーションを高める駆動力にもなっている。「先生ごっこ」のひとときは、学生同士が教え合うとりわけ活気ある光景が教室に展開されている。
 この「先生ごっこ」において留意されているのは、教えあうべき内容の指示がかなり明確である点であろう。渋谷教授の講義では、「今、教授が説明した1枚のイラストを学生が説明する」という指示であるため学生は「何をしてよいかわからない」状態に陥ることがない。また、互いに教え合った後は、先生役の説明の出来映えについて簡単な評価シートに書き込まれる。
 ○テンポの良い講義構成
 渋谷教授のある日の授業は次の通りである。
 @前回の復習
 Aトピック1の説明・先生ごっこ・補足説明
 Bトピック2の説明・先生ごっこ・補足説明
 Cトピック3の説明・先生ごっこ・補足説明
 D前学期のテスト
 E補足説明
 ここからわかるように一つの内容が20分に満たない。実際に渋谷教授がしゃべっている時間は授業時間の半分にもならないであろう。
 「聞く・話す・書く」がバランスよく構成され、授業がテンポよく進行するため、学生が飽きる・寝ることがなくクラス全体の雰囲気が終始活気に満ちている。
 ○反復学習
 同講義では、一つのトピックの学習が何度も反復されるよう設計されている。まず、予習段階で課題に取り組み予習内容についてのチェックテストをするため、少なくとも2回トピックにふれる。授業中には先生からの説明、先生ごっこ(生徒役)、先生ごっこ(先生役)において3回トピックにふれる。そして、翌週にミニ確認テストとして、また、期末テスト時にも1回ふれる。さらには、前期の講義内容を数ヶ月経過後の後期の授業中に復習テストとして行う。これらを合計すると少なくとも8回はそのトピックにふれる機会がある。これだけの反復が設計されており、学習内容の定着率をかなり上昇させる構造となっている。
成果
 ○低学力者に高い効果:「一歩一歩」の教材を用いた学習結果として、自己学習前・自己学習後では、特に低学力者の点数が著増していることがわかる。つまり、同教材および授業が特に低学力者に効果の高いことを示している。
 ○脱落者を出さない授業:「一歩一歩」での勉強を放棄する学生は、長期欠席者などの例外を除き、ほとんど皆無である。解剖生理学の受講学生192名の全員が、13のミニ確認テストすべてに、授業前・放課後に再受験の機会を無数に与えることで期末までの15週の中で合格し単位を取得している。同講義の授業方針が効を奏しているといえるだろう。
 ○学生の勉強に対する自信・意欲の醸成:「一歩一歩」を使うことで小さな成功を多く経験できるのであり、そのことが自信とさらなる勉強に対する動機づけとなっている。この作用は、基礎学力の低い学生に、高い学生より有意に多くみられている。学生からは次のようなコメントが寄せられている。
 ・イラストで一から説明されるから、わかってきて楽しい
 ・記憶容量が少なく記憶維持期間の短い私でもしっかり残りました
 ・視覚によるイメージのおかげで学習効率がよくとてもわかりやすかったです
 ・考えるときは「一歩一歩」のイラストを思い出して考えます
 ・理解して取り組めた
 ・とても親切だと思いました
 ・不安がなくなりました
おわりに
 今回、授業を実際に見学させていただいた。教室は活気に満ち、学生達が楽しく学んでいる姿があった。
 渋谷教授の『一歩一歩』という教材を中心とした「学生が能動的に出力する環境」が確かに構築されていた。渋谷教授はまた、この『一歩一歩』について「他校・他国・他分野領域にもこの教材スタイルを広めたい」と語っている。確かに、「アクティブ・ラーニング」を体現する一つの方法として普及すべきものであると感じた。





沖縄国際大学
良きリスナーを育てる

 国立教育政策研究所
高等教育研究部総括研究官
日本高等教育開発協会会長 川島啓二

 学生のコミュニケーション能力の向上が求められる文脈で、プレゼンテーション教育が注目を集めている。
 テレビで放映されて話題を集めているTED(Technology Entertainment Design)の影響も相俟ってか、プレゼンテーション能力は、これからの社会を生き抜いていくための重要なスキルであると見なされつつある。プレゼンテーションを構成する要素は、コンテンツ(内容)、スキル(技術)、ツール(道具)の三つであるとされるが、通常のプレゼンテーション授業は、この三つについてその修得と向上を、受講者が良き「書き手」「話し手」となれるように手ほどきを進めているものが多いと思われる。
 しかしながら、プレゼンテーション空間には、当然のことながら「聞き手」も存在し、その両者の相互作用やダイナミズムが、プレゼンテーション授業の構成において注目されることは今まであまりなかったのではないだろうか。
 ここで紹介する沖縄国際大学経済学部高ア理子講師のプレゼンテーション授業は、教室という教育空間における話し手と聞き手の相互関係の中で、その両者がどのような変容を果たすことができるのか、その可能性を特色ある授業運営とツールの活用によって、小さな達成感を丁寧に支えつつ、念入りに仕込まれたプロセスによって成果を確かなものにしている好例である。
授業の概要
 同科目は、経済学部経済学科の1年生以上を対象とした前期のみ開講の選択科目であり、平成24年度の受講者数は55人である。
教育に対する基本的な考え方
 「人前ではどうしても上がってしまう」という人が多いように、およそプレゼンテーションの成否にはメンタル面の要素が大きい。それは、学習に関わる最近の議論でよく語られる「学習へのモチベーション」といったものとは性格が異なる。
 同科目の到達目標は、「学生が受講前よりも気軽に文章を書き、楽しんでスピーチを行うことができるようになる、そして、自分の考えを的確にまとめ、他の人にわかりやすく伝えられるレベルまで成長することである」とされており、「気軽に」「楽しんで」プレゼンテーションができるように、つまり学生にとって心理的なハードルをできるだけ下げるように留意されている。受講者の現状に対する深い理解と細やかな配慮、そしてそのような考え方に基づく授業手法と雰囲気づくりが、高ア講師の一貫した基本的スタンスだ。
授業の構成
 15回の授業の構成は、一般的なプレゼンテーション授業と同様、「書く」こと「話す」ことのスキル修得が軸となって展開される。具体的には、前半(第1〜7回目)で書くこと、後半(第8〜15回目)で話すことを訓練するという2部構成になっており、節目には、第7回目での自由課題によるレポート完成、第12回目の各チーム対抗のグループ・プレゼン大会、そして14―15回目の期末テスト(個人による2分間スピーチ)という流れになっている。
 ただ、授業の展開はさらに詳細な構成で、受講生が集団的に授業のテーマにコミットし、かつ、一つ一つの作業が、最終の個人プレゼンテーション(期末テスト)に収斂していくように仕組まれている。例えば、前半のレポート作成においては、プランの立て方、レポートの構成、テーマの決定、文法、文章構造、引用など、レポートを書き上げるための一つ一つの具体的な作業の連なりによって授業が展開していく。しかも、多くの作業にグループワークを取り入れて集団的に課題に取り組ませている。例えば、テーマの決定においては、自分がどういうテーマでレポートを書こうと思っているか、その候補を5〜6個書いてそれをグループ内で回覧し、聞いてみたい・興味が湧くテーマにはメンバーに星印を付けてもらって、皆が興味を持つようなテーマを設定させるように工夫されている。
 後半のプレゼンテーションにおいても、グループ内のそれぞれの役割を決めさせたり、発表日までの計画をグループで立てさせたりして、プレゼンテーションという極めて個人的な営みを集団的に取り組んでいく枠組みが構築・運用されている。
授業の手法
 実際の授業を運営していく手法の中に、高ア講師の授業観、学生観がよく表れている。授業運営の大きな特徴としては、@書くことは厳しく、話すことは優しく指導する、A良い話し手であるのと同じくらい、良い聞き手であることを評価する、B口頭による説明をした後は、受講生自身が実践する機会を設ける、の三つで、それぞれの理由や状況は次のように説明される。
 @文章は添削によって改善すべき点をくまなく指摘するのに対し、スピーチは長所に焦点を当てた指導を行う。場数を踏んでいない話し手の神経は繊細であることが多く、短所を指摘されることで、かえって自信を喪失し、せっかくの長所がしぼんでしまう危険性がある。こうした危険を避けるため、グループ・プレゼン大会終了後に全員が提出する「セルフ・チェックシート」(話すスピードやアイコンタクト等5項目を自己評価する)の余白には、各受講生の長所をできる限り指摘するよう心がけている。
 A良い聞き手は話し手の成長を促す影響力があるため、グループ・プレゼン大会と期末試験では、教室の略図が描かれた「グッド・リスナー調査票」を配布する。そして、自分のスピーチが終わった直後に「良い聞き手である」と感じたクラスメイトが教室のどのあたりに座っていたか、おおよその位置を○で囲んでもらう。指名された受講生は高く評価し、グループ・プレゼン大会で最も指名の多かったチームには「グッド・リスナー賞」が授与される。なお、グループ・プレゼン大会と期末テストには質疑応答コーナーがあり、優れた質問をした場合には加点事由となる。
 Bさらに、習った知識を受講生が実際に使いこなすことができるよう工夫している。第2回目の授業では礼状の基本的な書き方を教え、後日、受講生の礼状を添削し講評プリントを付けて返却する。合わせてモデル答案(2通)のコピーを配布し解説する。
 また、各授業の後半は、様々なミニワークを実施して、スキルを実践的に身につけさせるとともに学生を飽きさせない工夫が施されている。例えば、敬語の使い方を習得したいという要望が多いため、「部長ゲーム」、つまり、部長役の学生1名を新入社員役の学生4、5名が囲んで5分程、会話をするようなものを実施している。部長役は「失礼であると感じた表現」、新入社員役は「敬語の使い方で不安に感じたこと」を発表し、これに対して担当教員がアドバイスを行うという。
 さらに、アイコンタクトについては、竹の塗箸を使用して極めてユニークな試みがなされている。スピーチ練習の際、竹塗箸(約22p)を使用する。柄の部分(約8p)が朱色の箸を1人1本ずつ配り、アイコンタクトの練習に活用する。期末試験の発表チームごとに円陣を組み、全員が柄の部分を上にして箸を立てる。そして、1人ずつ、自分のレポートの要約文をグループ内で発表する際、メンバーと目が合えば箸を下してもらうことができ、話し終えるまでに全員の箸を倒すことができるか競争するというものである。
 高ア講師の考案したこのように多様で、学生を飽きさせない手法は、特別モニターとしても認定されたテレビモニターとしての経験が影響しているかもしれないとのことである。つまり、テレビの構成を参考にして、授業の中では色々なコーナーを構成したり、最初に説明と練習問題、後に参加者が話し合ったり、実践したりするものを持ってくるという構成である。
学習成果
 大半の学生が3部構成による論旨明快なレポートを作成し、中央後列を見ながら話すことができるようになった。なお、半数以上の学生が最後列左右の聴衆を見ることができ、最前列左右にもアイコンタクトを及ぼすことができるようになった学生もいるとのことである。
 また、2011年度後期実施の「学生による授業評価アンケート結果」によれば同科目の総合平均評点は4.0満点中「3.9」であった(全学の総合平均評点は3.5)。ある学生は「この授業は人の成長が見れる、というのも意見が飛び交い教師・生徒共に常に目標があるからだと感じました。私もこの授業を受け、自分も振り返り、また一段と成長できたと感じています」と感想を述べている。この言葉の中に、この授業に満ちている、豊かな相互作用とそれを支える構造化された目標の存在が示されているのではないだろうか。
 同科目は、その優れた成果のゆえに、2014年度からは必修科目になるとのことである。





金城学院大学
組織的・重層的なPBL

 芝浦工業大学教育イノベーション推進センター
工学部共通群(数学)教授・ファカルティデベロッパー 榊原暢久

 平成24年11月上旬、金城学院大学薬学部の授業「薬学PBL」を拝見するため大学へ伺った。この科目は学部1年生(定員150名)の必修科目で、前期に「薬学PBL(1)」、後期に「薬学PBL(2)」が開講されている。これは極めて組織的・継続的・重層的であり、学部の育成したい学生像が強く反映している。その詳細を紹介しよう。
 薬学部では、「高いコミュニケーション能力を備え、人のこころが分かる専門性の高い薬学ジェネラリストを育て、地域社会並びに医療現場で信頼される薬剤師として活躍する人材を育成する」ことを目標としている。その実現のため、1年次に「薬学PBL」、1〜3年次に「薬学セミナー」、4年次に「CBL(case-based learning)」などの科目群が配置されており、そこで用いられている手法の一つが、具体的な疑問や課題、症例を基にした少人数・問題発見解決型教育(いわゆるPBLチュートリアル教育)である。高校までに受けてきた教育は受身であることが多く、入学後すぐに本格的なPBLを実施すると、学生側の対応能力の個人差が大きいために、積極的に参加する学生とそうでない学生との間で学習効果に格差やばらつきが大きくなる場合がある。そこで、大学入学初期にこの差を出さない様にするため、「薬学PBL」が導入科目として1年次に配置されている。この科目の到達目標は、これからの薬剤師に必要な能動的な学習能力や問題解決能力を身につけること、患者に寄り添うことの出来る薬剤師としてホスピタリティーマインドや高いヒューマンコミュニケーション能力を身につけること、である。医療の現場ではマニュアル型では解決できない様々な問題が発生するが、これからの薬剤師には、こうした問題に柔軟に対応し自らの力で問題を解決していく能力が強く要求される。このような背景ゆえに、「薬学PBL」以下の科目群が設定されたといっても過言ではない。
 この取り組みが極めて組織的・重層的であることを如実に表しているのが、「金城学院薬学部屋根瓦方式PBLT」と名付けられた学習方法だろう。1年生を12〜13人ずつのグループに分け、学科の教員が持ちまわりで各グループに毎回1名つく。さらに、その教員の「薬学セミナー」生である2年生4〜5名がチューターとして参加する。一つの課題は2週間(1コマ90分×4回+授業外学習)で完結する。1年生12〜13人は課題ごとに司会グループ一グループと調査・発表グループ2グループに分かれる。教員およびそのセミナー生は課題ごとに変わるが、1年生12〜13人ずつのグループは固定で、1年間に4回ほど組み替えがある。2年生が正課授業の一環として1年生のサポートにまわることで、2年生が1年生にとっての格好のロールモデルになっている。また、2年生にとってもこれは貴重な学習機会である。その意味で、この方法は極めて緻密に考えられたシステムである。
 2週間の授業の流れは、次のとおり。
 【1回目(テーマ設定)】司会グループの1年生が2年生の協力を得ながら司会を担当し、興味あるテーマについて意見交換しながら、テーマと調査内容・方法を決める。この過程で疑問点を明らかにし、調査内容を煮詰める。更に、調査事項をグループで文献やインターネットを使いながら調査する
 【2回目(調査・レジュメ作成)】1年生全員がPC教室に集まり、PCや書籍を使って調査、レジュメ作成を行う
 【3回目(グループ内発表)】二つの調査・発表グループが発表し、質疑応答を行う。発表後、2年生および教員からアドバイスを受ける。その後、発表および司会に関する評価シートと振り返りを提出する
 【4回目(全体報告会)】1年生全員がPC教室に集まり、各々の司会グループがグループ内発表の内容を報告する。教員が総括し、振り返りシートを記入する
 持ちまわりの教員および2年生は、1回目と3回目の授業に参加する。2年生は必要に応じて1年生に適切なアドバイスをおくり、サポートすると共に、教員による1年生の評価にも参加する。これは人を客観的に見て評価する訓練に役立てるとともに、複数の目で1年生の学習態度やレジュメをチェックすることにより、学習評価の妥当性や信頼性を向上させることにも繋がっている。4回の流れは1年生の動きに焦点があてられているが、その裏で、指導教員による2年生への綿密な指導、教員間の指導の統一化、全体の流れのマニュアル化など、多大な労力がかけられていることが窺われる。
 拝見させて頂いたのは1回目のテーマ設定をする授業で、体に関する指定された枠内(例えば、呼吸器、消化器、循環器等)で疑問に思うこと、既に知っていることからテーマが絞り込まれていた。年度当初は自由設定のテーマが多いということだが、薬学部の学生らしいテーマ(例えば、サプリメント、化粧品と肌、アロマ等)が設定され、学生の学びに対する興味・関心が喚起されていることが窺われる。また、司会を担当する1年生の不慣れな様子に比べ、2年生のしっかりとした様子が印象深く、1年間の経験の差が如実に見て取れることに、導入科目としてのこの科目の当初の目的が概ね達成されていることを感じとる事ができたように思う。
 ICTを使った学習支援策としては、ラーニングポータルとしての「Moodle」と、オンデマンドビデオ教材「ビジュラン」が用いられている。これらにより、授業外での自己学習が自宅からでもすることができる。また、「Moodle」にアップされたレジュメをお互いに評価したり、全体報告会の後に、ベストグループを選んでもらうための投票道具として利用することもできる。お互いに報告内容や説明の仕方を評価することで、自らの報告を検証することができる。
 この学習方法を導入して6年が経過し、この教育法を受けて社会に飛び出した学生への評価は概ね良好である一方、いくつか課題も明らかになっているとのことだった。例えば、PBLに関するアンケート結果の解析から、同級生とのコミュニケーション能力に劣る学生は2年生や教員への依存心が大きい、自己学修時間が通常の座学中心の講義と比べて増えていないと申告する学生も2割弱いる、などである。とはいえ、これまで述べてきたように、この取り組みは極めて組織的・重層的である。他大学で活用できる取り組みとして紹介される事例の中には、開発者個人の多大な努力と頑張りに依存する例が散見される。しかし、この取り組みは開発第1世代から第2世代へ順調に移行していると見られることから、継続性も担保されていると感じた。
 自身の大学での取り組みもこうありたいと痛感し、良い事例を拝見できた喜びを感じつつ帰路についた。この場を借りて、同学部の関係者の方々に感謝申し上げたい。

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