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平成25年1月 第2508号(1月1日)

地域創職―若者たちの挑戦
  ソーシャルビジネスと持続可能な社会の担い手づくり @


 大学は卒業したものの、地域に仕事がない―究極的には自ら仕事を創り出すしかない。また、その過程での成長は、大学教育に勝るとも劣らない。ここに注目したNPO法人ETIC.は、全国各地で大学生等若者を対象とした、地域で仕事を創り出す長期インターンシップ「ソーシャルビジネス・インターンシップ」を内閣府の事業として展開した。この成果について数回連載する。第1回は成果を取りまとめた東京都市大学環境情報学部の佐藤真久准教授にその意義などについて寄稿していただいた。

1.はじめに
 NPO法人や社会起業家などによる社会性、事業性、革新性を有した「社会的企業(ソーシャル・ビジネス、SB)」は、諸外国ではすでに地域社会における雇用の担い手になっているが、我が国では事業基盤も総じて弱く、潜在的な雇用吸収力をまだ発揮できていないのが現状である。このため内閣府では、SBの起業支援および、同分野でのインターンシップをはじめとする研修等を通じて、こうした人材を速やかに発掘・養成し、地域社会における様々な生活関連サービスの事業と雇用を加速的に創造することを目的とし、2009年に決定された「明日の安心と成長のための緊急経済対策」の一環として、2010年「地域社会雇用創造事業」を実施した。
 本連載は、この交付金事業の一つである「ソーシャル・ビジネスエコシステム創出プロジェクト」の「SBインターンシップ事業」の人材育成プログラムの開発・実施と評価活動に関するものである。本プロジェクトには、地域の人と大学、企業・団体を結ぶ機能を有する「地域事務局」、地域の高等教育拠点としての「大学」、地域社会における学生の行動の場を提供する「受入企業・団体」が多く関わっている。全国で14の地域事務局、延べ40以上にわたる大学、1000名以上にわたる学生が本プロジェクトに参画した。協働と連携に基づく、地域の挑戦を育む生態系と活気ある日本の社会風土創出にむけた取組である。2012年の9月には、活動報告として、「ソーシャル・ビジネスエコシステム創出プロジェクトにおける若年者の社会参加に関する評価研究―地域社会におけるソーシャル・ビジネスに関する人材育成プログラムの開発・実施とその意義」と題する最終報告書(研究代表者:佐藤真久東京都市大学准教授、研究分担者:吉川まみ同大学特別研究員)が発表された。詳細は、該当する最終報告書を参照されたい。http://www.yc.tcu.ac.jp/〜sato-laboratory/files/3-5-6.pdf

2.内閣府の「地域社会雇用創造事業」の背景と事業内容
 「地域社会雇用創造事業」の政策的背景には、前述した「明日の安心と成長のための緊急経済対策」に加え、さらにその考え方を示す背景として、社会的責任に関する円卓会議によって、2010年5月に出された「私たちの社会的責任」宣言、同年6月に出された「新しい公共」宣言に至る経緯がある。社会的責任に関する円卓会議は、経済・社会・文化・生活など、様々な分野における多様な担い手が対等・平等に意見交換し、政府だけでは解決できない諸課題を「協働の力」で解決するための道筋を見出し、それぞれの組織の社会的責任を果たしながら、安全・安心で持続可能な経済社会を実現していくことを目指して、2009年に設立された。この会議体設立には、子育て支援などの身近な問題から地域コミュニティの充実促進や地域経済の再生、雇用の確保、社会的格差の是正、そして、より大きな地球温暖化の防止など、直面する様々な課題はいずれも、個々の単独の取組による問題解決では必ずしも十分な成果をあげることができないとの課題認識がある。同会議体では、安全・安心で持続可能な経済社会を実現するために、事業者団体、消費者団体、労働組合、金融セクター、NPO法人・NGO、専門家、政府といった広範かつ多様な担い手が、「協働の力」で問題解決に当たるべく構築した新しい公の枠組み(マルチステークホルダー・プロセス)を強調している。
 「地域社会雇用創造事業」は、「社会起業インキュベーション事業」、「ソーシャル・ビジネス人材創出・インターンシップ事業」の二本を事業の柱として、公募によって選出された事業主体に補助を行うもので、事業実施期間は2011年度までの2年となっている。事業主体の選出は、内閣府によってこの二本の事業の一方又は双方を「先導的に実施」できるNPO法人や地方自治体等を対象にする公募によって行われた。審査の結果、日本各地域にソーシャル・ビジネスを担う人材を自律的に生み出すしくみの構築において長年の経験を有するNPO法人ETIC.が、本取組を推進する事業主体の一つとして選出された。

3.「ソーシャル・ビジネスエコシステム創出プロジェクト」における取組
 NPO法人ETIC.(エティック)は1993年、起業家を目指す学生のネットワークとして活動開始し、1997年日本で初めて、長期実践型インターンシップ事業を開始した。未来に新しい価値を生み出す創業経営者の右腕として、半年間、真剣勝負の場で、共に挑戦をしながら修行をするというコンセプトのもと、アントレプレナー・インターンシップ・プログラム(EIP)を開始した。EIPは2012年現在、15期生を迎え、参加学生は2600名、受入企業・団体は延べ800社以上、またプログラムOBOGの起業者数は120名を越えている。2004年には地域に「若者と地域がともに協働する」人材育成のプログラムや創業支援の仕組みを導入することで、地域の担い手を育成し地域の活性化に繋げていく長期実践型インターンシップ「チャレンジコミュニティ・プロジェクト」の全国展開をスタートし、現在、42地域で年間1800名、1500社が参加して、現在も継続して展開中である。
 このように、ETIC.は2004年より地域のコーディネート組織として培ってきたネットワークや経験・ノウハウを土台とし、日本の各地域にSBを担う人材を自律的に生み出す仕組みを構築することを目的に、@地域の各セクター(企業・大学・自治体)との協働促進による人材育成基盤強化、A地域課題の発見・再編集・プロジェクト化(仮説検証)B事業化による解決促進、CSBの担い手となる若手人材(社会人含む)の発掘・育成・活用、に重点を置きながら活動している。
 「ソーシャル・ビジネスエコシステム創出プロジェクト」は、コミュニティの中での人と人、人と組織、組織と組織が有機的につながり、学び合い、内発的な動機に基づくアクションが自発的に創出されるような土壌、新しい地域社会の構築を意味している。おいしい農作物は、よい農地、よい農業から収穫されるのと同様に、良い人材もよい土壌作りから、という考えのもと、「木を育てるより、森を育てる人を育てる」、「子どもを育てるのではなく、子どもたちがよく育つ土壌を育てる」ことをねらいとして、上位概念である「エコシステム(生態系)」という言葉を用いて、プロジェクト推進の理念を表現している。ここでいう、良い土壌とは、質の高い多様な人々がコミュニティの中で互いにつながり合い、人と組織、人と人、組織と組織、といった有機的な連帯が内発的な動機に基づく自発的な行動によって創出されるというビジョンに基づいている。とりわけ、本プロジェクトは、産業界、地域コミュニティ、大学、中間支援組織(コーディネート組織、地域事務局等)等との協働・連携により、SBの担い手を志す若者のための、成長と挑戦を支える仕組みを生み出していくことを目的とするものである。

4.ソーシャル・ビジネス・インターンシップの意義〜“関係性”へのまなざし、自分自身の内省から、自分と社会との関係性へ〜
 本プロジェクトに参画する学生達(SBインターン生)は、実社会の働く現場に身を置くことで、失敗や挫折、喜びや感動など、社会で生きるリアリティを、さまざまな立場や人間関係を通じて体験しながら、大きく成長している。また、彼らの学びは、このようなダイナミックなプロセスや、状況・文脈での学びへのまなざしを持っている大人たちが、そばで自分を見ていてくれるという思いや、そういう社会人が、学校社会の評価軸とは異なる価値観で自分の本質や個性を尊重してくれているという安心感、失敗を大切な学びとして一緒に喜んでくれるという思い、問題が起きても共有し寄り添っていてくれるという信頼感、自分の行為に対する好意的なリアクションがモチベーションや頑張る力を支えて育てられている。こうした地域の愛情に育まれることで、自分が誰にも見てもらえなくても、たとえ評価やリアクションがなくても、黙々と一人で頑張れる信念や志が成長し、自分が育まれる存在から、人を育む存在へと成長していく。そして、一人では頑張れない人、問題に直面している人への見守り役としてエールを送る立場になって、人々の学びを見守ることが自分自身の生きる喜びになったり、新たな気づきを得たりしながら自分も再び成長していく。このように、育ててもらう、育ててあげるという関係性を超えて、年齢や立場を問わず共に対等の関係性で学びあえる場として、SBインターンシップには大きな意義があると言えよう。
 我々は、そんな、共に学び合いながら豊かな地域社会づくりに参加していくプロセスの基礎になるものが、「自己肯定観」であると考えている。自分を知り、自分を受け入れ、自分自身との良好な関係性を持てないのに、まして、自分と隔たりのある他者という存在を信頼したり、地域の中に主体的に担っていくべき価値を見出したりすることは難しいからである。自分の好きなこと、自分が幸せな状態にこだわり続ければ続けるほど、周囲の人々も地域社会も幸せになっていく、そんな人と人の絆、人と地域、社会の絆を紡ぐものとしてのSBの創出と、その幸せの絆の持続可能性を支えるSBインターンシップの新しい仕組みが必要とされている。
 本評価活動では、「自分と自分のつながり」、「自分と人とのつながり」、「自分と地域(社会)とのつながり」という三つの次元の関係性に着目した。とりわけ、インターンシップによる社会参加という体験を通じて、体験を自己に意味づけたり、自分の存在を社会的文脈の中で捉え直したりする中で、自分と自分の絆を強め、自己のアイデンティティを確立していくことを「学び」の起点として重視した。「自分って何だろう?」と思春期の若者が誰しも自問自答するそのプロセスを、個人的な文脈で行うのではなく、インターンシップによる社会的相互作用空間への参加・体験を通じて、社会的な文脈で問うていくことが、社会性ある自己確立へと成長させるのである。

 日本における一般的なインターンシップは、学生と受入側との二者間による職場体験の提供や、キャリア教育における職業体験の場を提供する手段として位置付けられているものの、近年、家庭、地域・社会、起業、経済団体、職能団体、NPOなどとの連携・協働の必要性を認識しはじめている。一方、内閣府事業のインターンシップは、さまざまなステークホルダーを相互につないで連携・協働させていくダイナミックなプロセスを創出すること自体が一つの目的であり、その仕組みとしてインターンシップが位置付けられている。そのような連携・協働のダイナミックなプロセスを持続可能な地域づくりとするならば、本インターンシップは、持続可能な地域づくりをテーマとし、そのテーマにつながってあるいは共有して活動するさまざまなステークホルダーの人々がともに学び合う仕組みづくりだと言える。ゆえに、その取組みの結果期待されるのは、社会・雇用・教育(人材育成)という、従来は別個の活動領域であった社会課題が、横断的なひとつの領域として同時達成的にアプローチされるという特徴による効果である。そして、人材育成に焦点をあててみると、こうした横断的なアプローチによって育まれるべき人材像は、持続可能な社会・地域づくりの担い手であると言い換えることができよう。
 これらの指摘は、プロジェクト参加学生のインターンシップに対する認識の変化からも読み取ることができる。本調査研究の一つとして、「インターンシップ」という語に対する連想語調査を実施したところ、事前調査の連想語群は、「学ぶこと」「働くこと」「生きること」に関するカテゴリー群はそれぞれ別個に連想している一方、事後調査には、これらを同時に連想しており、本プロジェクトの参加を通して「学ぶこと」「働くこと」「生きること」を関連づけて連想していることが明らかになった。
 今後、「新しい公共」の考え方をはじめとして、本事業における新たな価値を、事業関係者はもとより、より多くの人々が共有できるような、平易な言葉による可視化が必要であろう。さらに、持続可能な社会・地域づくりへの連携・協働のアプローチとその担い手育成、すなわち「新しい公共」マインドを携えて深く地域社会にコミットしていく若者の内発的な動機はいかに醸成されるのか、といった仕組みによる効果の可視化が期待される。
 本研究報告書で紹介した人材育成プログラムの開発・実施と評価活動結果は、2年間の取組のほんの一部分にすぎないが、全国のさまざまな立場の人々が、新しい持続可能な社会の関係性の構築に、それぞれの知恵と機会を持ち寄り、ともに取組んでいこうとする機運が高まっていることがうかがえる。さらに、今後の記事連載で続く、地域事務局・大学・受入企業等の連携・協働事例は、社会参加による学び、人を育む土壌としての地域づくり、そして人々がつながりあう持続可能な社会の構築に向けての、一つのアプローチとしてインターンシップの大きなポテンシャルを示すとともに、持続可能な地域社会の次世代の担い手となる若者の可能性をも示している。とりわけ、3・11東日本大震災を経て、新たな社会のあり方が求められるなかで、本取組が次世代の「学ぶこと」、「働くこと」、「生きること」のつながりを促す一つのきっかけとなれば幸いである。


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