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平成24年11月 第2503号(11月14日)

改革の現場
 ミドルのリーダーシップ <31>
 西日本一へ、志高く改革に挑む
 くらしき作陽大学



 くらしき作陽大学は、1930年、松田藤子女史が大乗仏教に基づく教育として、岡山県津山市に、津山女子高等技術学院を創設したことに始まる。1966年に作陽学園大学を設立。その際に最大の個性となる音楽学部を設置。1996年に大学を倉敷市に移転、その後、短期大学の家政、食文化、子ども関連の学科を、徐々に大学に学部として移してきた。2011年には高等教育研究では著名な有本 章氏を学長に迎え、本格的な教学改革に乗り出す。改革の今について、松田英毅理事長、有本 章学長、松田藤夫副学園長・常務理事、菅原良二事務局長、宇佐美 博教育企画部長に聞いた。
 津山から倉敷への移転について。津山市ではアパート経営者をはじめ関係者と、相当議論になったが、最終的には「あの藤子先生の大学だから、色々と理由もあるのだろう」と快く送り出してくれた。新倉敷でも市からの誘致もあり、移転はスムーズに完了した。
 2002年、大学の要である音楽学部の志願者数が落ち込み始める。外部コンサルを入れて、PDCAサイクルの確立、目標管理の導入、全学的な経営方針を議論する「改革会議」を立ち上げるも、思うような成果は上げられなかった。その後、松田理事長が改めて改革の目標を打ち出す。「西日本一の学園を作ろう」。
 これをビジョンに掲げた5か年の中長期計画が2007年からスタート。全教職員が必ず一つのプロジェクトに携わり新企画を提案することを義務付けた。この成果について「明らかに学内の雰囲気は変わりました。元々教職員の距離は近かったこともありますが、教職員が一緒になって改革に前向きになったり、将来に繋がる提言があったり、現在の教学改革の下地になっていたりと、確かな手ごたえを感じました」と松田常務理事は語る。
 2011年には、有本教授を学長に招聘する。就任後、まず行ったことは、教学IRの機能を持つ改革会議の諮問機関「高等教育研究センター」の設立と、学士課程教育の総合的改革構想を一枚の図にして示すことだった。「学生は大学での学習を通じて最終的には「菩薩道を歩むプロ」を目指します。そのためには、ジェネラリスト(共通教育)として、あるいは、スペシャリスト(学部の専門教育)として、各学年次で身につける知識や技能を明らかにする必要がありました」と有本学長は述べる。
 「共通教育では、特に国語力と英語力の向上を重視しました。例えば、TOEIC受験は必修化し、国際化に向けて基本的な学習をさせるという学生へのメッセージになりました。国語は、市販の教科書が使用できませんので、作問は教員が行っていますが、現在、大学入試センターとの連携事業を検討しています。質保証では、単位性、シラバスの改善、ナンバリングの見直し等に順次手を付けていく予定です」。
 屋台骨であった音楽学部の定員の減少に危機感を抱いた教員たちも重点目標を掲げ、教育改善に乗り出した。例えば、「音楽の常識に関する100の問い」等を作成し、この正答率を上げる工夫をしている。また、管理栄養士についても、合格率の高さはこうした綿密な数値目標に裏打ちされた教育の成果と言える。「こうした数値目標は教員評価にも連動しており、学生募集の高校訪問数やオープンキャンパスでの活動等を自己申告としています。また、学部ごとに10年間の収支差額や人件費割合などのグラフも算出しており、学内でオープンにし、時には各学部に対して厳しい注文を付けます」と宇佐美部長。しかし、教員にやらされ感はない。五年間の意識改革と学生募集減少の危機意識がじわじわと効いてきているという。
 また、同大学では毎年、松田理事長から建学の精神(仏教系)にまつわる「お題」が全教職員に与えられ、自分の考えを書かせ、冊子にまとめていることが挙げられる。2011年度のお題は「自利・利他」。大学の原点に帰り、ロイヤリティを高め、教職員同士の会話のきっかけにもなる、ユニークな取組である。
 菅原事務局長は音楽学部の展望についてこう話す。「演奏家や音楽教室の教師は目指さないけど就職はできる、という進路指導をしないと、保護者からは敬遠されます。音楽好きな学生が少しでも関連企業に就職できるように、IT関連資格の取得等の指導をしています。大学としても新分野を開拓しなければなりません」。
 大学移転、そして、音楽学部から多角的な学部展開という松田理事長の先見の明と有本学長がまとめ上げた教育改革の方針、そして、それらを支える教職員の創意工夫がくらしき作陽大学の発展を確かなものにしている。

改革・改善の具体策、評価指標を定め着実に実践
日本福祉大学常任理事/桜美林大学大学院教授 篠田道夫

 演奏会などステージに立てるチャンス年間100回、管理栄養士・国家試験合格率96.8%、教員等採用試験対策開講プログラム4年間で150時間以上、…大学案内のトップ数ページを使って紹介するこれらの特色は、教育の成果であると共に、この大学が具体的目標を掲げて改革に挑んでいる姿勢をよく表している。作陽学園大学、作陽音楽大学、1997年、食文化学部設置と共にくらしき作陽大学に名称変更、4年前には子ども教育学部を作り時代のニーズに応える改革を進めてきた。
 特に体制を整え全教職員を結集して改革に努力し始めたのは2000年に入ってから。全教職員会議を立ち上げ、4月に理事長の年度方針の提起、9月に中間的な遂行状況を報告、1月には結果報告・総括を行う目標管理制度だ。これには特別の事情のない限り全教職員が参加する。同時に設置した理事長直轄の改革会議が全学改革を主導する。この下部組織としてIRや教育改革、FD、SDを担う高等教育研究センターや自己評価委員会を置き、データや実態を分析、改革構想づくりとその進行管理を行う。
 2007年からは改革会議が中心となり、全学を挙げて「西日本一の学園づくり」を目標とする五か年の中期計画を策定した。プロジェクトを大きく三つ、学生支援活動、教育支援活動、経営支援活動に分け、その下に教職員の提案・企画による小プロジェクトを設置、全員がどこかのプロジェクトに入ることとした。現状を分析・把握、問題点や課題を全員で見つけ出し改善策を練ることで、危機意識の共有、改革マインドの浸透を狙った。小プロジェクトは教育支援12、経営支援14、学生支援9の計35に及ぶ大改善運動となった。
 テーマを見ると、教育では、初年次教育の徹底、専門教育の充実、学習成果の把握・評価、教員の教育力向上、教育研究センターの再編成、研究活動の活性化、地域教育・研究の促進、学科・定員の再検討と再編など、経営では人事評価制度の検証と見直し、教育・研究・学生支援能力の開発、経営・運営能力の向上、外部資金の獲得、予算編成方針の再検討、人件費抑制、業務見直しと経費削減の徹底、資産の効率的運用、施設・設備の整備、安全対策・危機管理、組織風土の活性化、学生では学生サポート体制の強化、就職支援の強化、資格取得・受験支援の強化、同窓会との連携、後援会との連携、県人会の立ち上げ、広報戦略の再構築など全分野に及ぶ。下からの積み上げを重視したため重点が不鮮明、総花的、数の多さから管理不十分で活動レベルに差が出るなどの弱点もあったが、現状認識を共有し、教職員の意識を変え、持続的に改善を進める風土を作り上げた。その取り組みの中から冒頭の管理栄養士などの成果も生まれた。
 また、教育の質向上を数値目標化して取り組む先駆的な手法も編み出された。例えば、開講科目の平均点を前年度比5%向上させるとか、試験の正答率を80%以上にするとか、A評価を何%にするとか…である。こうしたあらゆる分野での取組みを個人の教育目標や業務目標と連結させて実践力を上げる教員評価、職員評価にも取り組む。
 音楽学部は定員を満たせない状況が続くが、学部別収支を公表し現状を正確に共有、定員削減を行い、就職実績向上策を練り、教育改善の実行状況をきちんと点検・評価する。この評価基準は事業計画で完全にオープンにし、重点目標を設定、その評価のための判定基準、判定指標を事業計画の中に記載し実効性ある改革推進に取り組んでいる。
 2011年には、長年、広島大学高等教育研究開発センター長を務めた有本 章氏を学長に迎え、教養教育、専門教育、キャリア教育の三本柱で総合的な学士課程教育の改革に着手した。特に質保証の視点を重視し、@教育・研究・学習の統合、Aシラバスの改善と予習・復習、B単位制、GPA、CAP、ナンバリングの見直し、Cオフィスアワー導入、D厳格な評価、E自己点検評価と質保証の深化などを掲げ改善に取り組む。
 事務局は2年前、経営企画部と教育企画部の二部に再編、政策企画の重視と迅速な意思決定・遂行を目指す。改革中心組織である改革会議も運営会議も幹部連絡会も全て経営・教学・事務で構成され一体改革を推進する。
 理事長、経営本部長のリーダーシップの下、西日本一の特色ある教育を作り出す高い志を持って、改革の具体策、評価指標を定め、確実な成果を作り出している。


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