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平成24年7月 第2490号(7月18日)

学習環境デザインで  能動的な学習を支援する 終
  能動的な学習を支援する学習環境 大学図書館とラーニングコモンズC


三重大学附属図書館研究開発室准教授  長澤 多代

 前号では、ラーニングコモンズの設計について説明した。ラーニングコモンズが多様な情報資源を活用できる協同的な学習空間として実質的に機能するためには、設計と運用を併せて考える必要がある。城間先生が担当した回でも、“単に物理的な空間を用意するだけでは十分ではない。ハード面とソフト面を一体に運用しなければ、望んだ効果を得ることは難しい”という指摘があった。お茶の水女子大学でラーニングコモンズの設立に携わった元課長も、“ラーニング・コモンズは、箱物の問題ではなく、どう運用するかがもっとも重要である”と指摘する(茂出木、2008)。最終稿となる本稿では、ラーニングコモンズの運営について、人的資源の確保、存在と機能の印象づけ、利用実態の把握の点から説明する。
 8.人的資源の確保
 多様な学習支援サービスを提供するラーニングコモンズに、従来の人員だけで対応するのは難しい。人的資源を確保する方策として、他部署との連携や協働、学生アシスタントの活用が考えられる。
 連携する主な部署として、学習支援や学生支援を担当する部署が考えられる。お茶の水女子大学では、情報処理センターがコモンズ内のPCを管理している。また、情報基盤センターと図書館が協力して、PCのマニュアルやシステム関係の図書、ライティングやプレゼンテーションに関する図書をコモンズに設置した(茂出木、2008)。名古屋大学では、高等教育研究センターの教員と図書館員が連携して、学士課程の一、二年次を対象にしたレポートの書き方講座、TAを対象にしたライティングセミナーを開催している。千葉大学では、生涯学び続ける基礎的な能力、知識活用能力を持つ「考える学生」を育成するという目標のもとで、附属図書館、総合メディア基盤センター、普遍教育センターが協働でアカデミック・リンク・センターを運営している。
 学生アシスタントについては、単純作業を機械的にこなすのではなく、図書館スタッフの一員として自発的かつ自立的に働くことが求められている。具体的な活動内容については、4(本紙2488号に掲載)で紹介している。学生アシスタントの活用による副次的な効果として、従来のサービスを再考したり新しいサービスを創出したりする機会を得る、学生のニーズをインフォーマルに把握する、利用者にとって質問しやすい環境を実現する、学生アシスタントに学習の機会や実践の場を提供するなどがある(呑海ら、2011)。
 9.存在と機能の印象づけ
 ラーニングコモンズが実質的に機能するためには、利用者がその存在を知り機能を理解していることが重要である。そのために、ラーニングコモンズの存在と学習支援機能を利用者に印象づける必要がある。上智大学では、ラーニングコモンズの設置直後に、学生があまり利用しないという問題が生じた。ガラス壁の外から覗き込むだけで、入室しない学生が多かった。そのために、図書館員が案内用のちらしを配布するなどして、利用者を増やしていった。最初に利用者となったのは、母国で同様の学習空間を利用し慣れている留学生であった。お茶の水女子大学では、ラーニングコモンズの設置後にすぐに広報するなど、図書館の存在と活動を学内にアピールすることを重視している(餌取ら、2008)。
 名称の公募による印象づけもある。金沢大学ではコモンズ内に設置したカフェの名称を公募し、千葉大学ではアカデミック・リンク・センターの建物の愛称やマスコットキャラクターを公募した。公募の案内によって、その存在と機能を利用者に印象づけている。
 授業や講習会の実施も印象づけの役割を果たす。大阪大学では、ラーニングコモンズがネットカフェやサロンと化すことを懸念し、大学教育センターの教員がコモンズで授業をしたりライティングの講習会をしたりして、学習空間としての印象づけを図っている(上原ら、2011)。お茶の水女子大学でも、授業に加えて附属図書館が開催する文献検索の講習会を実施している(餌取ら、2008)。授業や講習会をラーニングコモンズで実施することによって、受講者だけでなく、周囲の利用者にもその学習支援機能を印象づけることができる。また、図書館員が担当する講習会によって、図書館員の教育的な役割についても印象づけることができる。
 10.利用実態の把握
 ラーニングコモンズの評価は、その有用性を大学や社会に説明するためだけでなく、サービスの向上を図るために必要である。入場者数、貸出用PCやグループ学習室の稼働率、サービス・デスクで受けた質問の数だけでなく、質問の内容や利用行動についても把握することが重要である。
 毛利らは、マッピング調査によって、ラーニングコモンズの利用者行動と利用特性を明らかにしている。名古屋大学の利用特性は次のとおりである。
 ・80%の利用者が図書や文書を用いて作業をしている。
 ・グループラーニングエリアでは、ホワイトボードを用いたプレゼンテーション活動やデスクトップPCの使用がみられるが、図書や文書を使用する割合も高い。
 ・ライティング・サポートエリアでは、共同でPCを使用する作業が多い。
 ・多目的ラーニングエリアでは、デスクワークとPCによる作業を併用し、机にノートや本を広げて利用している。その一角の個人学習エリアでは、多くがノートPCを利用し、長時間の作業をしている。
 調査結果から、ラーニングコモンズでは、学生が紙媒体や電子媒体の情報資源を用いながら協同的な学習や個人学習に取り組んでいる様子がわかる。利用実態を明らかにすることによって、動線を含むフロア計画、設置する什器、提供するサービスについて考えるためのヒントを得ることができる。
 ラーニングコモンズの導入によって、図書館の入館者が増えたという報告が多くみられるが、何より重要なのは、学習成果の向上にどのように結びついたかである。学習成果との関係を明らかにするのは、今後の課題である。
 以上4回にわたって、能動的な学習を支援する大学図書館の学習環境として、国内のラーニングコモンズを紹介してきた。アクティブ・ラーニングの導入時には、授業設計と併せて、情報資源や人的資源を含む教室外の学習環境についても調整・整備することが重要になる。まずは学内で活用できる資源を探り、できることから丁寧に実現していくことが、各大学の文脈にそったラーニングコモンズをつくりあげることにつながる。
 全学的な理念のもとでラーニングコモンズを効果的に設計し運営するためには、執行部の理解を得ることも重要である。図書館での飲食など、すぐに理解を得にくい事項もある。その時には、ラーニングコモンズの意義や他大学の事例、自館の利用実態や学生の声を少しずつ伝えるとともに、図書館ツアーをしたり、FDその他の行事を図書館で開催したりして、執行部の関係者に図書館やラーニングコモンズを利用する機会を与えるのが有効である。
 ラーニングコモンズは、各大学の文脈を反映して効果的に設計され運営されることにより、学習成果の向上、そして、教室外の学習時間の確保に寄与することができる。大学図書館は、教育改革の文脈でアクティブに活用されることによって、教育の質保証に大きく貢献することができるのである。
(おわり)

 〈参考文献〉
 呑海沙織,溝上智恵子.大学図書館における学習支援空間の変化.図書館界.2011,No.358,p.2-15.
 呑海沙織,溝上智恵子.大学図書館におけるラーニング・コモンズの学生アシスタントの意義.図書館界.2011,No.359,p.176-184.
 毛利志保,加藤彰一,長澤多代,Fahed Khasawneh.大学図書館ラーニングコモンズにおける利用実態調査(ポスター).大学教育改革フォーラムin東海2012.
 上原恵美,赤井規晃,堀一成.ラーニング・コモンズ.図書館界.2011,No.360,p.259.


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