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平成24年6月 第2485号(6月13日)

学習環境デザインで  能動的な学習を支援する 1
  能動的な学習を支援する学習環境


上越教育大学学校教育学系 講師  城間 祥子

 大学教育部会では中央教育審議会の審議まとめが公表され、学生の学修時間の確保やアクティブ・ラーニングが重要と指摘されている。一方、大学図書館でも、パソコンを利用したり、学生同士が議論しながら学習するための「ラーニング・コモンズ」の設置が増えている。ラーニング・コモンズとは何か。

1.変わり始めた大学の学びの空間
 大学の学びの空間が変わり始めている。従来の大学で学びの空間といえば、大人数一斉講義のための講義室や少人数のゼミのための演習室、資料を見ながら一人で静かに勉強するための図書館閲覧室などがイメージされる。しかし、グループワークやディスカッションなど学生が活発に手を動かしたり話をしながら能動的に学ぶ「アクティブ・ラーニング」を促す教育方法が広まるにつれ、従来の教室ではどうも授業がやりにくい、授業外にグループで集まって課題をしようにも適当なスペースがないなどの問題が生じてきた。
 このような問題にいち早く取り組んできた代表的な例としては、東京大学の駒場アクティブラーニングスタジオや、公立はこだて未来大学のキャンパスがあげられる。東京大学の駒場アクティブラーニングスタジオ(KALS)は、教室のレイアウトを柔軟に組み替えたり、ICTを活用することにより、学習者のコミュニケーションや思考を支援している(山内ら、2010)。また、2000年に開学した公立はこだて未来大学では、建物の設計段階からコミュニケーションを促進することを重視してデザインが行われた。円形のプレゼンテーション・スペース、ガラス張りの教室、教員研究室の前に配置された学生が自由に使えるオープン・スペースなどの仕掛けは、教員、学生、職員、そして大学を訪れた外部の人さえも加わることができる双方向のコミュニケーションを可能にしている(美馬・山内、2005)。
 筆者の前任校である愛媛大学でも、先進的な大学に比べれば非常にシンプルなつくりではあるが、2009年にアクティブ・ラーニングのための教室を設置した。通常の教室と大きく違うのは、長方形の教室の三方に大きな窓があり、道路や廊下、隣の部屋から教室内が見えるようになっていること。そして、固定式の机と椅子の代わりに、可動式の楕円形のテーブルと椅子が配置されていることである。「アクティブ・ラーニング・スペース」と名づけられたこの教室では、グループワークを多く取り入れたリーダーシップを育成する授業、日本人の学生と留学生が一緒になって英語で学ぶ授業、学内外のボランティアがチューターとして関わる留学生向けの日本語の授業など、アクティブ・ラーニング型の授業がいくつも行われている。これらの授業に取り組む教員からは、「アクティブ・ラーニング・スペースは、従来の講義室に比べてグループワークや発表がスムーズにできて、授業がやりやすい」という感想が聞かれる。また、可動式のパーティションを入れれば、ポスターセッションの会場に早変わりするので、プロジェクト学習の発表会の場として利用されることもある。そのほか、FDやSDのワークショップ研修も頻繁に開催され、教職員にアクティブ・ラーニングを体験してもらうよい機会となっている。
2.学習観の転換
 アクティブ・ラーニング型の教室が作られている背景としては、学習観の大きな転換がある。従来の授業は、その道のエキスパートである教員が、無知な学生に知識や技能を授ける場であると考えられてきた。しかし、21世紀の大学では知識や技能を身に付けることと並んで、知識を生み出し活用する方法を学ぶことが求められている。また、学生が知識を活用するためには、単に知識を記憶するだけでは不十分であり、深い理解が必要であることが明らかになってきた(エントウィスル、2010)。
 伝統的な講義室では、教員が前方に立ち、大勢の学生が教員の方を見て並んで座る。このようなデザインは一斉講義型の授業を前提としており、教員から学生に効率的に知識を伝達することを可能にしている。一方で、学生が互いに顔を見ながら話をしたり、グループで一つの作業をしようとすると非常にやりにくい。仲間とのコミュニケーションを通して知識を深める、知識を活用するといった活動には不向きと言わざるをえない。アクティブ・ラーニングを促す教育方法の広がりとともに、これを促す教室の整備が求められているのである。
3.アクティブ・ラーニング型の教室づくり
 それでは、どのようにアクティブ・ラーニング型の教室づくりを進めていけばよいのだろうか。最も重要なことは、それぞれの大学の文脈にあった空間をつくることである。他大学でうまくいっているデザインをそのままもってきても活用されるとは限らない。まず、自身の大学でどのような学生をどのような教育方法で育てていきたいのかを明確にする必要がある。そして、実際にデザインする段階では、施設担当職員、実際に授業を行う教員、授業を受ける学生が一緒になって、居心地のよい学びの空間を考えることが大切である。
 また、単に物理的な空間を用意するだけでは十分ではない。ハード面とソフト面を一体的に運用しなければ、望んだ効果を得ることは難しい。教室をデザインする際には、物理的環境とあわせて、教育プログラムを開発したり、運用ルールを定める、運営に必要な人を配置するなど、ソフト面の整備も欠かせない。学びの空間づくりは「学びのコミュニティ」づくりでもある。
 アクティブ・ラーニングを支える学びの空間は、何も専用の新しい教室に限らない。既存の教室でアクティブ・ラーニングを行いやすくすることも重要である。既存の教室を改修する際にも、上記の二点をしっかり考慮していただきたい。さらに、チェックリストを用いて教室改善をはかっていくことも有効な方法である。たとえば、カナダのマギル大学では、「学生と教員のやり取りを促す」「アクティブ・ラーニングや共同学習を促す」「多様な学習方法を尊重し学習経験豊かなものにする」「サポーティブ(支援的)なキャンパス環境をデザインする」という四つの原則に基づいてチェックリストを作成し、全教室を巡視するプロジェクトが行われている。これには学生もメンバーとして参加し、教室チェックには学生の生の声が反映されるようになっている。また、必要に応じて実際にその教室で授業を行っている教員に、使い勝手のよくないところはどこか、どうすれば授業が行いやすくなるかといった聞き取りも行われる。こうして緊急に改修が必要な教室をリストアップし、優先的に予算を配分することによって、大学全体として学びの空間の質を向上させている。
4.授業以外の学習空間
 本稿では教室空間について論じてきたが、学生が能動的に学習するためには授業以外の学びの空間を充実させることも大変重要である。日本でも、図書館やコミュニケーションスペースを、教室と並ぶもう一つの学習の場と位置付け、整備する大学が増加している。次回は、学習支援の場としての大学図書館の学習環境デザインと「ラーニング・コモンズ」について、三重大学の長澤多代先生に解説いただく。

〈引用文献〉
ノエル・エントウィスル著、山口栄一訳(2010)学生の理解を重視する大学授業、玉川大学出版部
美馬のゆり、山内祐平(2005)「未来の学び」をデザインする:空間・活動・共同体、東京大学出版会
山内祐平、林一雅、望月俊男、西森年寿、河西由美子、椿本弥生、柳澤要(2010)学びの空間が大学を変える:ラーニングスタジオ,ラーニングコモンズ,コミュニケーションスペースの展開、ボイックス


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