平成24年4月 第2478号(4月11日)
■〈特別寄稿〉
放射線と食物
「遺伝子の損傷は、確率的に放射線量に比例して起こることは分子生物学の常識である」と香川靖雄博士(自治医科大学名誉教授、女子栄養大学副学長)は語る。そして、長期の被曝によって起こる癌予防には、検診の励行と遺伝子損傷を修復する放射線防護食を勧めている。
放射能と食物の不安は教育の問題
東日本大震災による福島第一原子力発電所事故は原発安全「神話」の非科学性に原因があった。その結果、農地や漁場の汚染で食材や水道水が規制値を越えた。放射能被曝に対して政府は「今すぐに障害は現れない」「100mSv以下は影響が無い」と繰り返し規制以外の具体的予防策は示していない。今までは日本は唯一の被爆国として原爆の惨禍を政府が強調した上に、放射能が五感で感知できないために不安が増幅した。一般人が聞きたい「これは食べて良いのか?」の答は条件で大きく異なるので、基礎知識がなければ判らない。しかし、ゆとり教育で放射能を中高生は学習していない。そこで文部科学省では40年ぶりに新学習指導要領に放射線を入れた。この国民にBqやSvで説明したために、混乱が拡がったのである。女子栄養大学以外の数百の栄養士養成校は放射線施設がほとんどないが、知識は必要なので、今年3月の管理栄養士国家試験にはBq(ベックレルは放射能の単位、一秒間に崩壊する放射性同位元素の原子数)やSv(シーベルトは人体が受ける被曝の程度を示す電離性放射線量当量)はじめ、3題もの放射線関連問題が出題されたのである。
微量被曝でも障害が起こるが自然放射能と医療被曝で約5mSv/年
セシウム137の半減期は30年なので約100年経たなければ放射能が10分の1に減らない。このように長期の微量な放射線影響が問題であるのに、政府の指針は主として一度に大量の放射線を浴びた被爆者の疫学に基づいているので100mSv以下では何が起こるか予言できない。しかし、遺伝子の損傷はどんなに微量の放射線でも確率的に放射線量に比例して起こることは、分子生物学の常識である。政府は原発事故以来今まで食物は500Bq/kg以下ならば安全と暫定基準値を使用していたが、ドイツでは全食品の基準が、青少年、乳幼児は4Bq/kg以下であると知った学校給食関係者から不安が拡がった。そこで厚生労働省の薬事・食品衛生審議会は今年四月からは食品の新基準を100Bq/kgと5分の1に変更し、乳児用食品と牛乳が50Bq/kg、飲料水が10Bq/kgと定めた。この設定は、食品からの被曝限度を現行の暫定規制値の年間5mSvから1mSvに引き下げたためである。
一方、ドイツの基準年間0.3mSvは人体が年間2.4mSvの自然放射能を受けていることを考えれば、妥当とは言えない。人体には7000Bqもの放射性物質があり、その4000Bqはカリウム40の放射能である。例えば干し昆布にはカリウム40が2000Bq/kgとセシウム147の規制値の20倍の放射能がある。カリウム40は約100Bqが毎日身体に出入して他の内部被曝と合わせて0.29mSv/年となる。他に宇宙線0.39mSv/年、大地から0.48mSv/年、呼気から1.28mSv/年を合計すると平均2.44mSv/年の自然放射能を被曝している。この他に日本人に多いのがCT撮影等の医療被曝で約3mSv/年もあるので、汚染食品からの被曝を1mSv/年以下に下げても費用対効果比は低下するだけである。
提唱:検診励行と放射線防護食
長期の被曝によって起こる癌を予防するのに、検診の励行と放射線防護食を勧めたい。
検診励行:癌は不治の疾患という先入観があるために、チェルノブイリ事故で小児6000人が甲状腺がんに罹患したことを6000人が死亡したと誤解されている。しかし、検診で早期発見して手術しているため、現在までに死亡者は僅か15名に過ぎない。同様に広島、長崎の被爆者は大量の放射線を被曝したが、年2回の無料の被爆者健康手帳による丁寧な健診を受けているので、驚くべきことに、比較的線量の少なかった被曝者は一般の人よりも健康で、日本最高齢に近い113歳の被爆者もいる。
放射線防護食:生物は絶えず起こる遺伝子損傷を修復して生存している。放射線耐性菌は致死線量の1万倍の6万Svで寸断された遺伝子を修復できる。遺伝子を保護し、修復能を高める放射線防護食は、地上の1000倍もの放射能を被曝する宇宙飛行士などで工夫されてきた。放射線で発生した活性酸素は遺伝子を破壊するが、活性酸素を除くにはビタミンCやEやカロテンなどの抗酸化ビタミンや抗酸化物質を摂取すればよい。さらに活性酸素を分解する酵素の成分の銅、亜鉛、マンガンを補う。すでに損傷された遺伝子を修復するには葉酸とそれを助けるビタミン、が重要である。葉酸摂取を増せば放射線障害で生じた微小核形成が60%も減る。葉酸は「葉酸米」から摂取するのが一番安全である。セシウム137のγ線をマウスに当てても、図@のような放射線防護食を摂取すれば高い生存率が保たれる。大量の被曝をした被爆者でさえ、野菜、果物の摂取量の多い人は固形癌の危険度が減少することが判っている。遺伝子損傷を予防する検診と、損傷を修復する放射線防護食という具体策で国民に安心と希望を与えたい。