平成24年1月 第2466号(1月1日)
■韓国の大学統廃合と質保証をめぐる動き
2011年11月、韓国の高等教育界に大きな衝撃が走った。学長による運営費の横領などを理由に、地方の私立大学2校に対して「高等教育法」に基づく学校閉鎖命令の政府方針が決定・発表されたのである。重大な法令違反とはいえ、監査により問題が発覚してわずか半年あまりで閉鎖命令が出されるという異例な措置である。また、2校の閉鎖が取りざたされるようになった8月から9月にかけて、教育科学技術部(日本の文部科学省に相当)は教育や運営等に問題のある大学を判定し、各種のペナルティを科す施策を矢継ぎ早に繰り出した。これらの施策は、既存の質保証システムに拠ることなく政府が大学の質を評価するものであり、突然の動きにとまどいを隠せない大学も少なくない。こうした一連の動きの背景にあるのは、大学の入学定員の削減を加速化させなければならないことに対する政府の焦りである。少子化を背景とする18歳人口の急激な減少を前に、韓国の大学を取り巻く環境は日に日に厳しさを増している。特に大学全体の八割以上を占めている私立大学は、収入の多くを授業料収入に頼っており、状況は深刻である。本稿では、現在韓国で進行している大学の統廃合と質保証の動向について、特に「構造改革」と称して主に私立大学をターゲットとする制度改革の諸施策を取り上げる。
急展開する「構造改革」
大学等の閉鎖について定めた「高等教育法」第62条に基づき閉鎖命令が出されたのは(2011年12月16日付)、ともに全羅南道(韓国南西部の行政区)に位置する4年制大学の私立明信大学と、短期高等教育機関である専門大学の私立成和大学である。2011年4月から6月にかけて監査院(日本の会計検査院に相当)は、それぞれ40億ウォン(約2億8000万円)と65億ウォン(約4億5000万円)にのぼる運営費の横領のほか、入学定員の超過や不正な単位認定など、明信大学で17件、成和大学で20件の違反事項があったことを指摘した。これを受けた教育科学技術部は、数度にわたって是正勧告を行うとともに、閉鎖命令権の行使を警告していた。しかし違反事項は改善されず、閉鎖命令が出されることになったわけだが、注目されるのは問題発覚から閉鎖命令の発動までの期間の短さである。閉鎖命令が出されたのは、実は今回が初めてではない。2000年と2008年にそれぞれ1校、合計2校に対して各種不正を理由に閉鎖命令が出されている。ただ、これらの大学の場合は、問題発覚から閉鎖命令が出されるまで3年程度かかった。それと比べると今回の閉鎖命令はいかにも性急な措置であり、関係者の間では、政府が大学の「構造改革」(制度改革)の速度を加速化している表れであるという見方で一致する。
こうした見方を裏付けるのは、2011年8月から9月にかけて教育科学技術部が立て続けに出した施策である。8月に発表された「留学生の誘致・管理能力の認証制度」は、大学が適正な留学生管理及び教育を行っていることを認証するもので、認証校は外国人留学生対象の奨学金事業や留学誘致に関する政府の広報事業に参加することができる。逆に認証を受けることができなかった場合、その大学は留学生の管理と教育に問題があると政府から判定されたことを意味する。ここにこの施策の核心があるように思われる。9月になると教育科学技術部は、「政府財政支援の制限大学」として、高等教育機関全体の約12%に当たる43校の大学(専門大学を含む)を指定した。これらの大学は、2012年度の国や地方自治団体の財政支援事業の対象から除外される。また、43校のうち特に問題のある17校については「政府学資ローンの利用制限大学」にも指定され、当該校の学生の一部は政府学資ローンの利用が制限される。「政府財政支援の制限大学」43校はすべて私立大学であったが、もちろん国立大学も構造改革の対象の例外ではなかった。同9月に教育科学技術部は、教育大学1校を含む国立大学5校を「構造改革の重点推進国立大学」に指定した(そのうち3校については、教育科学技術部との間に改革推進のための協約締結が成立したため、同12月に指定を解除)。これらの大学には学科の統廃合などを含む運営改善計画の作成・提出が義務づけられ、同計画に基づく改善が見られない場合、交付金の削減などの措置が取られることになる。
このように、2011年の下半期、韓国の大学はその存続を揺るがすような局面に立たされることになったのである。
「半額授業料」の波紋
一連の大学の「構造改革」をめぐる施策の急展開は、どのような背景から生じたのか。
直接的な背景として指摘されるのは、2011年5月に始まった「半額授業料」騒動である。大学の学生納付金の平均額は、2010年現在、国立大学で年間443万ウォン(約31万円)、私立大学では768万6000ウォン(約53万円)とされる。その額は年々増加しており、高い授業料に対する不満は根強い。こうした中で起こった「半額授業料」騒動は、与党ハンナラ党の幹部が突然大学の授業料の半額化を唱えたことに端を発するもので、大規模な学生デモに発展するなど、社会的な関心事となった。ただ、ハンナラ党幹部の発言は翌年に控えた総選挙や大統領選挙を意識してなされたもので、関係各所との事前の合意形成はなく、授業料引き下げのための財源についても裏付けがなかったため、議論は空転した。しかしそれでも、1兆5000億ウォン(約1035億円)規模の給付型政府奨学金が2012年度に新設されることになるなど、授業料の実質的な引き下げの動きに一定の影響を及ぼしたとされる。
ところで、授業料の引き下げをめぐる議論の中で焦点の一つとなったのが、大幅な定員割れなど、運営に問題がある大学に公的資金を投じることの正当性についてである。韓国には、日本の私学助成に当たるような私立大学に対する経常費支援の制度はなく、競争的資金の教育・研究事業が国庫からの主な支援となっている。したがって、競争力の低い私立大学に対しては、従来から国庫支援はほとんどない。しかし、もし私学を含む全ての大学の授業料を一斉に引き下げるとなると、従来は国庫支援を受けることができなかったような大学も対象となることから、高等教育における国庫負担のあり方が争点となったのである。
ただ、「半額授業料」騒動が構造改革をめぐる議論を活発化させる契機となったのは確かであるが、その前段階として大学の定員削減や統廃合を促進する取組は以前から始まっていた。盧武鉉政権時代の2004年12月に発表された「大学構造改革方案」は、大学統廃合の類型モデルや定員削減目標を示すなど改革推進のために定められたプランだが(詳細は馬越徹『韓国大学改革のダイナミズム―ワールドクラス(WCU)への挑戦』を参照)、その骨子は李明博政権でも2009年8月発表の「2009年国立大学構造改革の推進計画」に引き継がれている。しかし、「選択と集中」の原理をより鮮明にして改革を押し進める李明博政権下では、大学の質保証に焦点化することで新しい動きが進行した。例えば、2009年12月、教育科学技術部は経営に問題のある大学として8校を指定し(大学名は非公表)、経営改善のためのコンサルティングを関連団体に委託して進めている。さらに2010年9月には、教育の成果等が低いことを理由に政府学資ローンの利用を制限する大学を30校指定した。2011年後半における諸施策も、こうした施策の延長線上にある。
質保証システムの変容?
韓国の大学の質保証システムは、情報公開と自己点検評価、そして第三者機関による認証評価の三本柱から成る。というのが、これまでの我々の理解であった。2007年制定の「教育関連機関の情報公開に関する特例法」により、大学は13領域72項目(2011年11月改正。制定当初は13領域55項目)の情報公開が義務付けられた。また2009年から実施されている自己点検評価制度では、各大学は自由な方法と内容で自己点検評価を行い、その結果をウェブサイトを通じて公表している。そして、2011年以降本格的に実施される第三者機関による認証評価制度は、政府から評価機関として認定された韓国大学教育協議会と韓国専門大学教育協議会が、大学からの申請に応じて機関評価を行う。この評価を受けること自体は義務ではないが、評価結果が政府の財政支援の参考資料となるため、ほぼすべての大学が評価を受けるであろうと予想されている。これら三つの制度を通して、社会に対する大学のアカウンタビリティを高め、大学の質の維持と向上を図っていくというのが政府の基本的方針であったはずである。
ところが、2011年8月以降、教育科学技術部が立て続けに発表した施策は、既存のシステムに直接基づくことなく、政府が半ば即時的に「質の低い」大学を判定し、ペナルティを科すものであった。その評価基準の設定や実際の評価などを行うのは、2011年7月1日に教育科学技術部長官の諮問機関として設置された大学構造改革委員会である。大学教育関係者のほか、弁護士や会計士、経済界の関係者など20名から構成されている同委員会は、私立大学の統廃合や閉鎖、国立大学の定員削減など、大学の構造改革に関する計画案の検討や審議、実際の審査等を行う。教育科学技術部の各種施策は、毎年公表される業務計画書(前年の12月に公表)に沿って実施されることが通例であるが、2011年度業務計画書において大学構造改革委員会の設置やその関連施策に関する言及は見当たらない。大学質保証関係の施策については、第三者機関の評価の実施のほか、経営不振大学の自律的な改革の支援などが示されているだけである。このことからも、8月以降の動きが唐突であったことがうかがえる。政府による財政支援の参考資料となる第三者機関の評価がまだ第一周期を終えておらず(2014年の予定)、評価結果を活用することができないということもあるが、「半額授業料」騒動で問題のある大学に対する批判の気運が高まるやいなや、これを機に構造改革を一気に進展させようという狙いがあるように思われる。
急務である定員削減
政府が「質の低い」大学の退場を急ぐのは、目前に迫っている18歳人口の急激な減少への対処として、入学定員の削減が喫緊の課題であるためである。教育科学技術部によると、2010年度の大学入学定員の総計は約58万人であるが、高校卒業者数は2012年度に約67万人に達した後、急激に減少していく。入学定員58万人が維持されると仮定すると、2018年度に高校卒業者数が大学入学定員を下回り、2024年には定員の約7割に当たる41万にまで減少する見込みである。これに従うなら、2024年までの今後12年間で入学定員を17万人削減しなければならないことになる。もちろんこれは高校卒業者全員が大学進学した場合の数字であり、いくら大学進学率が高いとはいえ、実際の削減数はさらに大きくなければならない。
もちろん、政府も手をこまねいていたわけではない。統廃合を行う大学に対して補助金を支援するなど、これまで統廃合を積極的に促してきた。上述の「大学構造改革法案」が発表された2004年以降、2010年までに34校の大学が17校へ統合した。これらの統廃合で削減された入学定員は6年間の合計で約7万4000人とされ、一定の成果は上がっているという。統廃合の実際を見ると、一般の大学と専門大学もしくは産業大学(学士課程を設置する主に有職者対象の高等教育機関)が統合し、4年制大学として存続する場合が多い。2004年と2010年の大学数と定員数を比べても、教育大学と産業大学、専門大学の数と定員数は減少した一方で、一般の大学の数は増加し定員数は横ばいである。
こうしてみると、専門大学や産業大学、教育大学では着実に定員数が削減されているといえるが、18歳人口の減少のスピードを勘案するなら、政府は今後、一般の大学も含めてさらなるペースで定員を削減しなければならない。そしてその主なターゲットとして政府が定めるのは、経営に問題を抱える私立大学である。2011年11月現在、議員立法として国会に提出されている「私立大学の構造改善の促進及び支援に関する法律」案は、「経営不振大学」の指定や大学統廃合支援などについて定めるものであり、私立大学の統廃合の手続きをより迅速にするための内容になっている。同法案は今国会での成立が危ぶまれているが、政府が私立大学の統廃合を重点的に進めようとしているのは、これまでの経過からも明らかである。18歳人口が減少に転じる中、財政収入の多くを授業料収入に頼っている私立大学を取り巻く状況は、ますます困難になっている。
以上のように、現在韓国で急展開を見せている大学の統廃合をめぐる動向は、大学の質保証に深く関わっているのはもちろんだが、より本質的には肥大化した高等教育市場の適正化を目指した動きである。それまでも政府の重点課題の一つに位置付けられてきた統廃合問題は、「半額授業料」騒動の機に乗じる形で急進的な施策となって展開されたのである。その影響を最も大きく受けるであろう私立大学は、これまで高等教育機会の提供に大きく寄与してきた。70%を超える旺盛な進学熱を支えているのは私学であるといっても過言ではない。しかし構造改革の強風の中で、多彩な高等教育の形成に貢献してきた私学セクターの萎縮と多様性の喪失が懸念される。政府の圧力が強まる中で、韓国の私立大学は今まさに正念場を迎えている。