平成23年9月 第2456号(9月28日)
■経済的理由中退は1割
日本中退予防研究所の挑戦とこれから (上)
読売新聞社がここ数年発表している「大学の実力」調査。この調査項目の中に「退学率」が含まれ公表されている。この退学率の低下にスポットを当て、大学や専門学校にアドバイスを行う日本中退予防研究所の山本繁所長は、中退は学生への影響のみならず、大学にとっても、風評被害、教職員のモチベーションダウン、学納金の減少等に繋がるリスク要因であると指摘する。どのような取り組みを行っているのか、山本代表に寄稿してもらった。上下二回。
先日、初年次教育学会大会が福岡で開催された。私の研究発表の後、とある大学の学部長から次のようなお話を聞かせていただいた。
「中退した学生がどこへ行くかといえば、進路指導の先生のもとへ行く。そして「あの大学は最悪だ」と吹聴する。毎年100人を超える学生が中退し、高校で、家庭で、バイト先でネガティブキャンペーンを張れば、大学の評判はすぐに地に落ちる。うちの大学はもう何年も定員を割っているが、それでダメになった。中退のリスクを大学関係者は甘く見積りすぎている。」
各地域の高校の進路指導部会では、大学の中退状況を共有しているケースもあり、学生募集における影響は無視できないと言える。
日本中退予防研究所を運営するNPO法人NEWVERY(本拠地:東京都豊島区雑司が谷、設立10年目)は、常勤職員5名と学生インターン7名が働く、年間予算1億円程度の中規模法人である。本研究所はその名のとおり、学生の「中途退学」を予防することを目的とした機関で、2008年から本格的な設立準備を始め、2009年3月に設立した。学生インターンは東京大学、京都大学、慶應義塾大学、中央大学、明治大学、立教大学等の大学生が参画(内2名は休学中)している。アドバイザリーボードメンバーには、ITベンチャー社長、NPO経営者、新聞記者、通信制・サポート校の経営者など6名の方にお願いし、大学の経営層や教職員、外資系コンサルタントなどにも非公式ながらご協力いただいている。
元々、NEWVERYはひきこもりやフリーターの若者たちを支援していたが、活動を続ける中で、若者が社会的弱者に転落してから支援する対症療法的な方法に限界を感じ、より川上でのアプローチを模索してきた経緯がある。様々な社会調査をベースに活動領域を検討した結果、「高等教育機関からの中退」に「選択と集中」することになった。
実は「中退予防」とは方便である。
調査の結果、ひきこもりやフリーターになる若者を減らすには「高等教育イノベーション」が必要という結論に至った。さらに、その成果を測定する際の重要指標は「中退率」「就職率」「進学率」「就職・進学の質」と定義し、それぞれの課題と変容可能性を分析した。中でも中退は若者だけでなく、大学経営にも極めて大きな影響を与えるリスク要因である。中退率の上昇には少なくともの三つのリスクがある。
A風評被害
B教職員のモチベーションダウン
C学納金の減少
大学1年生が1人中退すれば、進級時に納入する学納金を大学は逸失することになる。大学の予算全体から見ればわずかな額かもしれないが、利益率に対するインパクトで考えれば、特に中小規模の大学にとっては無視できない。既に全国の私立大学の約四割が赤字経営となっているが、中退率が高ければ経営難を加速させる要因にもなり得る。
もちろん中退は「次の日本」を担う若者たちに暗い影を落とす。中退者の約6割は、中退後ずっとフリーターか無職である。新卒採用ですら就職が難しい中、能力開発が不十分かつ「どうせすぐに辞めるだろう」という先入観を持たれがちな大学中退経験者を積極的に採用する企業は残念ながら極めて少ない。
一方で、中退は大学の努力次第で減らすことが十分に可能である。そう言うと「経済的理由が多いので難しいのではないか?」という質問を投げかけられることが多いが、実は経済的理由による中退は全体の1割程度に留まる。
私たちは2008年から1年以上かけて中退経験者101名に直接インタビューを行い、どのような学生が、どのようなプロセスを経て、どのような理由で中退しているのか、克明に調査を行った。また、個別の大学における中退者の追跡調査も行い、ともに先述の結果を得た。
経済的理由が実態よりも多くカウントされる傾向にあるのは、中退者にとって経済的理由が申告しやすく、教職員も了承しやすいため、暗黙の了解として処理されているのが一因ではないか、と私たちは分析している。教職員に面と向かって「大学がつまらなかったから」「友達ができなかったから」とは言いづらい。
学部・学科構成等で違いはあるが、経済的理由、病気、妊娠・結婚による中退は全体の2割程度で、これらは対処が難しい。しかし、残りの8割の中退は抑制可能である。
私たちはいくつかの大学でのプロジェクトの中で、中退者の追跡調査や、在学生を対象にしたグループフォーカスインタビュー、教学面でのIR(Institutional Research)分析等から中途退学の原因を洗い出し、改革プランを提案したり、大学経営層と教育改革の戦略を共に立案する機会を得た。ある大学では1年生に改革のターゲットを絞り、1年生の退学率を2年連続で2割ずつ減少させた。
大学改革には実行段階においてキーマンとなる人材が必要であることが多く、私たちは調査・提案から一歩踏み込んで、授業を担当したり、大学マネジメント層に定期的にコーチングをしたり、FD/SDの企画・講師を担当したりもした。
更に私たちは、毎年20万人以上の若者が入学する専門学校のイノベーションにも多大な関心を払っている。最初のプロジェクトは、日本最大の専門学校グループの新学科立ち上げ支援だった。同学科は、東京都江戸川区にある東京スポーツ・レクリエーション専門学校内に開講し、学習意欲やコミュニケーション等に課題がある高校卒業予定者や、全国の大学・短大・専門学校を中退した学生を受け入れ、進学または就職へと接続するセーフティネットの役割を果たすことをミッションとした。1年間、週に2日出勤し、教育・広報・就職等のシステムを総合的に開発した。この学科は2012年度からは姉妹校である東京福祉専門学校に移転が決まっている。
2010年には、2008年から調査を続けていた中退経験者への対面インタビュー調査の結果を『中退白書2010 高等教育機関からの中退』として発刊した。同年8月に記念のシンポジウムを開催し、200名近い高校・高等教育関係者にお集まり頂いた。白書とシンポジウムは、合わせて20以上のメディアで取り上げられた。
さらに、自前の活動や全国のグッドプラクティスを調査して得た知見を今年3月『中退予防戦略』として発刊。大学改革のセオリーと実例を紹介し、既に200以上の大学・短大・専門学校でご購入頂いている。
現在は2大学、1専門学校グループの教育改革に従事している。また、昨年一度だけ開催した大学関係者向け勉強会を、今年は4度開催することにした。9月に第1回を開催し、北は東北、南は九州からご参加頂いた。多くの大学関係者に関心を寄せて頂き、徐々に活動の輪が広がってきているのを最近特に実感している。
大学にとって気軽に使える外部リソースとして、積極的に活用して頂きたいと思い本研究所を設立した。NPOなので、民間のコンサルティングファームや教育系企業に依頼するより費用は遥かにかからない。差額は学生に還元してもらいたい。
(つづく)