平成23年6月 第2444号(6月1日)
■教育プロフェッションの育成を一意に5年 <上>
大学職員向けの大学院が多く開学している。大学職員にも専門性が必要であり、能力の向上を図るためである。このたびは、開学して五年が経過した名城大学大学院大学・学校づくり研究科の現在について、研究科長の木岡一明教授に執筆頂いた。
1.はじめに
名城大学に「大学・学校づくり研究科」が創設されて5年が過ぎた。この間、修士(教育経営)の学位を授与された26名の修了生を送り出し、現在、12名の院生を受け入れている(うち中国からの留学生六名)。入学当時、有職者だった者が31名、その職業(前歴を含む)は、大学の事務系職員と教育系職員、小・中学校の事務職員、看護師、新聞記者、教育系コンサルタント、企業系コンサルタント会社経営者、料理店経営者と多岐に及ぶ。ただ、現在、高等教育機関に勤務している者が23名、初等・中等教育機関に勤務している者が5名であり(うち私立学校職員21名)、こうした職業分布からすると、「学校づくり」よりも「大学づくり」に比重がかかってきたといえる。
その大学の事務系職員も、事務局長級、課長級、係長級、主査級といった職階上の広がりや、人事課、入試課、学生課、教務課、広報課、就職課、図書館といった配属部署の多様性がある。こうした多様な人々に共通しているのは、現在の高等教育機関とりわけ私立大学が危機に瀕しているという現状認識である。
2.本研究科設置の趣旨
この認識は、本研究科を設立した際の趣旨と共通する。高等教育機関が、自らを取り巻く急激な環境変化に立ち向かい、教育の使命を果たしビジョンを実現していくには、戦略思考を備えた教育経営専門職(教育プロフェッション)による持続的な組織革新が不可欠である。しかし、そうした人材育成は大きく立ち後れてきたばかりでなく、長く続いた国からの保護環境下で、法人にそもそもマネジメントへの関心が薄く、経験知のみで対処する組織体質が強化されてきた問題がある。その一方で、少子化と経済不況のあおりを受けて、入学定員の確保や入学者の学力不振の問題を抱え、人員削減による業務増とこれまで以上に手のかかる学生対応、さらに競争的環境下で発生してきた新たな業務によって疲弊している。しかも、教育の今日的課題は、グローバル化する社会状況を背景にして、知識基盤型社会への適応とキーコンピテンシーの獲得にある。
こうした事態を打開していくには、これまでのOJTと実務研修を中心とした人材育成から大学院レベルにおける系統的な養成システムへの転換を果たしていかねばならない。キャリア発達に向かう活力、同僚性を強化しうる対人関係形成力、多様な学修・研究需要に対処しうるキャリア・パターンのデザイン力、そして組織的な環境適応を牽引できるリーダーシップ、これらを統合しうる戦略思考が、これからのリーダー的な事務系職員に求められる。そうした能力獲得は、これまでの経験知ベースの仕組みでは余りに遠い道のりであり、ゴールにたどり着く前に淘汰されてしまいかねない。系統的なプログラムと集中的で実践的な学修方法で構成されたカリキュラムの履修によってこそ、この危機的事態が克服されうる。しかも、組織を構成する視点には、効率性重視と創造性重視の二つがある。前者は垂直型の構造をとり、後者は水平型の構造をとる。事務系組織と教育研究系組織の違いはここにある。この二つの組織を繋いでいくには、どちらかの視点に偏らせるのではなく、具体的な問題について相互の視点をつきあわせながら折り合いをつけていくことが必要となる。折り合いをつけるには、双方の視点についての理解と納得が不可欠であり、教育の専門性に裏付けられた見識がそれを可能とする。教育プロフェッションに期待されるのは、マネジメント能力にとどまらず、その見識なのである。
本研究科は、このような教育プロフェッションの育成を企図し、変化に挑戦する意志を持つ人々と共に「学びのコミュニティ」を創りあげ、大学・学校づくりの知恵と機会を不断に開発していくことを教育ミッションにしてきた。
しかし、これまでの学界においてさえ、そうした認識は稀薄であり、理論開発やカリキュラム開発、研究者育成が滞ってきた。そこには、教育学と経営学、初等中等教育研究と高等教育研究、理論と実践のそれぞれの間に立ちはだかってきた壁がある。その壁を取り崩し、「教育組織」の新たなマネジメント理論の開発とカリキュラム開発を研究者と院生の協働によって推進することもまた重要な研究ミッションであり、さらにその成果を社会に還元していくことが社会貢献ミッションである。だからこそ、本研究科に関心を持つ人々に対して、「共に学び、共に創り、共に考え、共に開こう」と呼びかけてきた。
3.教職協働に向けて
この研究科における教育を通じて、大学・学校づくりの実践知と研究知が交流し、それによって培われた経験と知識を職場にフィードバックし、そこでの実践を介して組織活性化を促進するとともに研究科に環流してくることが、研究知を鍛え形成途上の理論構築を可能にする。この交流・環流システムが、大学・学校の持続的な革新を支える。このこと自体が教職協働の一面であるが、さらに期待されるのは、それぞれの職場における業務が、関連する教育セクターや教育職員との協働を促進していくことである。そうした教職協働こそが、取り巻く環境変化に対する危機感、問題、対策の共有を進め教育組織としての靱帯を強靱にして、環境適応を可能にしていくからである。
名城大学は、一昨年度、大学基準協会から認証評価を受審したが、そのときは申請資格を満たしていなかったため本研究科は対象外となった。そこで、「完成報告書」を提出した。それに対して、本年3月11日付(忘れられない日となった)で大学基準協会の検討結果が送られてきた。それによると、設置目的に即して「四つの具体的目標に基づいて教育を行っていると認められる」とした上で、「社会人学生に対して教育課程上の配慮が見られる」「教育方法の面ではPBL方式も採用し、履修指導やオフィスアワーも相応に実施されている」「学生による授業評価やファカルティ・デベロップメント(FD)も相応に実施されている」との肯定的評価が記載されている。しかも、「学生の論文作成に際しては、入学時に提出させる『研究・研修計画書』に基づき、学生1名に対して正副2名の指導教員が連携をとりつつ指導する。中間発表の機会が1年次を含め3回実施されるのはきめの細かい指導として評価できる」とし、おそらく学位取得後の間違いだと思うが「単位取得後も、定例研究会のメンバーとして研究報告や実践報告を求めるなど、修了者への継続的・発展的なフォローの体制があることは評価できる」と述べられている。ただし、定員未充足は努力が求められている。つまり、本研究科は、大学基準協会から、上述したミッションを果たすべく教育・研究に取り組んでいることが認められたのである。
こうした認証がなされたのは、上述した学界・大学の状況を克服しうるスタッフと院生、さらに修了生たちの活躍がある。次回は、こうした本研究科の強みを紹介する。