平成23年3月 第2435号(3月9日)
■サービス・ラーニングの新しい潮流 <下>
「学問性」と「社会との関わり」
前稿ではアメリカでサービス・ラーニング(S-L)の学問性についての研究がどのように進んだかを述べたが、本稿ではその過程で立ち上がってきた「社会に積極的に関与する学問(scholarship of engagement,以下SE)」という概念に焦点を当てたい。ここには「市民教育」と「学問性」の両方が支点として存在しているのが見える。
S-Lが他の大学科目と違うのは、それが学外で行われるサービス活動に基づく体験学習という点だ。当初は従来の学問分野の科目の「実習」部分として設計され、また、研究者・教員が学外で行うプロジェクトとして広がってきた。その後、S-Lは多彩なスタイルや方針で実施されるようになったが、更に、大学の社会への役割、地域に果たすべき責任、という色合いが重なってきている。大学の入学者の増大、学生の多様化(人種、年齢、期待など)また、大学教育への期待の変化などに対応して、アメリカの大学や教育関係者が自ら社会的役割について問いなおしてきた結果でもある。
アメリカでの望ましい大学像とは、大学の学術的リソースを活用して周辺の地域だけでなく、広く社会や世界に繋がり、直接に貢献する知の集合体である。その中で、「積極的に関与する(engage)」望ましい活動例として、コミュニティ・サービスやS-Lが改めて脚光を浴び、近年はそうした活動やプログラムの有無や実績が各大学の社会貢献度を測る指標にまでなってきた。
実際、アメリカ政府もS-Lを奨励し、様々なチャネルで補助金もだしているが、その補助金プログラム「ラーン・アンド・サーブ・アメリカ(Learn and Serve America)」では毎年、優れたS-Lを実践した大学を表彰しており、多くの大学が大学ぐるみで地域にコミットしている様子が見える。地域で抱える社会問題の解決に手を貸すという形で、学生を送り出して地域の人を助けるだけでなく、教員も参加して、たとえば環境調査をしたり、スラム地域の高校生の学習支援,高校の教員に授業改善ワークショップまでしたりする。サービス活動の対価は研究のデータやリソースであり、それが学問性の担保となり、S-Lの本質的特徴とされる「互恵性」がそこにある。
「社会に積極的に関与する学問(SE)」という表現は、アメリカの教育制度に定着している「コミュニティへの関与」や「市民的関わり」の延長線上にあるが、前述のジャイルスも1990年代から論文で使いはじめ、2008年には高等教育学術誌でSEを「新たに生まれつつある学問の分野を理解する」重要性を論じた。また、ボイヤーも1996年にSEを検証し、それは「アカデミズムの文化と市民的文化がもっと連続的に、また創造的にコミュニケーションをとるような風土を作ることも意味する」と表現している。
アメリカの高等教育には行動主義、実践主義という特徴があるが、その底流にはアメリカ型の民主主義を発展させるには教育を通して、社会と主体的に関わり、行動する市民を育成する、というコンセンサスがある。学問・学術の府である大学がもっと積極的に学問性を活かしてその役目を果たそうという機運の高まりもその伝統と無縁ではない。
このような流れの一つの節目となったのは,前述のカーネギー(教育振興)財団が行ってきた、アメリカの大学の大掛かりな分類調査である。この分類は70年代から7〜8年ごとに行われてきたが、2006年末の分類発表には初めて「コミュニティ・エンゲージメント(に優れた)高等教育機関」という分類項目が作られ、七六大学が指定された。これには全米の大学から大きな反響が寄せられ,その後のSEについての議論が熱気をおびることとなった。
筆者は2009年の秋にS-Lや高等教育の「市民的関与」の研究の指導者でもあるメリーランド州立大学のバーバラ・ジャコビー教授を訪れ、この流れについて尋ねる機会があった。彼女によると、2000年代後半から活発にSEを奨励する運動が盛り上がり、従来のS-Lや地域社会をベースにした学術研究、また、大学総体としての地域連携や市民教育が広がりを見せたのだという。「主体的に社会のなかで学問を進める研究者(engaged scholars)」、「主体的に社会のなかで学問を進める学部(engaged departments)」という呼称も出現し、主体的に社会と関わる事で進める学問のあり方が認識されるようになったそうだ。
学問性と社会との関わりの繋がりでもう一つ注目したいのは、2005年にアメリカで研究大学におけるリーダーシップ教育をテーマにキャンパス・コンパクトとタフツ大学が会議を共催したのを期に、大学院での研究に力をいれる名門研究大学が「市民的関与」教育を積極的に議論し始めた事である。それまでS-L的な手法の教育はリベラルアートの大学を中心に広まってきたが、研究大学までが大学機関、教授陣、学生というそれぞれのレベルで「社会と関わる学問」の重要性を認識してきたのだ。
翌年には23の研究大学がネットワーキングして討議を重ね、「新しい時代は新しい学問を要請する:研究大学と市民的関与」という報告書を作成した。さらに2007年にも会議を続け、報告書の続編も出された。研究大学さえも象牙の塔として孤立しているのでなく、市民的関与を重んじ、社会に主体的に関わる学問(engaged scholarship)を教授陣が率先して行うべきだ、と合意ができた。ここでは「主体的に社会に関わる行動を通して行う研究(engaged research)」の重要性が強調され、それを実践するのにはその研究が公益的目的を持ち、(地域社会との)恊働的なプロセスで研究が行われ、そしてその研究成果は知の世界だけでなくそのコミュニティにも享受されるものだ、明確に検証することが提唱されている。
これら研究大学にはこのような大学のポリシーを広く社会的に告知し、大学で実践するための付属機関が特設されていることが少なくない。筆者が近年訪れたカリフォルニアのスタンフォード大学にはハースセンター(Haas Center for Public Service)があり、シアトルのワシントン大学にはカールソン・センター(Carlson Leadership & Public
Service Center)があり、S-LやSEを奨励、組み立て、支援し、盛り立てている。
筆者は七年ほど国際基督教大学で学部生のためのS-Lプログラムに関わってきたが、ここで2010年度から大学院にS-L手法を用いた科目(「現場実習による専門学習」)が開講され、自身も教員チームの一員として担当するようになった。それがS-Lの学問性やSEに強く関心を持ち、それなりに研究するきっかけになった。そして、学部でS-Lを押し進める意義を再確認し、大学院レベルでのS-Lはアメリカでも「ニュー・フロンティア」であり、大学院でのSEの実践にはしっかりとした認識を持つ必要があることが理解できた。高等教育でのこのような流れがどのように日本の社会的文脈につながっているのか―それを今後見ていくのが楽しみである。