平成23年3月 第2434号(3月2日)
■サービス・ラーニングの新しい潮流 <上>
「学問性」と「社会との関わり」
「サービス・ラーニング(S-L)」が日本で注目され、実践が広がっている。S-Lとは、文字どおりサービス(貢献活動)とラーニング(学習)をつなげ、ボランティア活動を学外で行い、その活動体験を通して学びを獲得することを目指す教育である。このたびは、アメリカの高等教育でのS-Lでの位置づけやS-Lから「シビック・エンゲージメント」への広がりなどについて、国際基督教大学の村上むつ子氏に寄稿してもらった。上下2回。
実践的・体験的な学習を文部科学省が高等教育に奨励してきたこともあり、日本の大学でもインターンシップやフィールド・スタディなどが盛んに実施されるようになってきた。「サービス・ラーニング(S-L)」を取り入れる大学も増えている。S-Lの仕組みや歴史、また広がりについては、筆者は2007年に本紙に詳しく書いたが、サービス(貢献活動)を通して、ラーニング(学習)に繋げる教育手法である。大学でS-Lが定着しているアメリカではS-Lの広がりに並行して、S-Lを取り巻く議論が活発に生まれ、年々、拡大・深化してきているのが興味深い。
S-L議論には共通して見られるのは、「スカラシップ(学問性・学術性)」そして「エンゲイジメント(関わり)」という二つのキーワードである。この二つの言葉は繰り返し論じられ、相互に関連し、重なりあって現れてくる。S-Lなどが広まっている日本の高等教育にも新しい投げかけがあると思われるので、本稿では議論の背景も見ながら、大筋を紹介したい。
アメリカでは80年代半ばからはS-Lは大学レベルでも急速に広がり、年々、S-Lの教育効果や成果について賛同する教育関係者や支援者が増えてきた。が、他方、S-Lの「実践的」手法に対して批判や軽視がなかったわけではない。なぜ最高学府である大学の教員や学生が町に出て行って活動をしなければならないのか、ボランティアや善行は大学カリキュラムと関係なく行える、大学なら「活動」より「学問」をすべきではないか…総じて、S-Lの「学問性」を問うものだ。
このような批判に向き合い、高等教育でのS-Lの意義を論じる時にS-L推進派が往々にして論拠にするのが、教育学者のボイヤー(E.Boyer)がまとめた「Scholarship Reconsidered(学問を再考する)」の提言である。もともとカーネギー(教育振興)財団がボイヤーに高等教育の使命を再検証する研究を委託し、その報告として80年代末に提言されたもので、ここでは、伝統的な研究活動だけが学問の中核なのでなく、知識の「発見」、「統合」、「応用」、「教授/教育」の4つの活動がこれからの学問のあり方だ、との主張があった。
S-L推進派は、大学でのS-Lはこの提言がいう「学問性」に一致する、と言う。つまり学外でのサービス活動でデータを収集し、事実を把握、分析し、新しい知識に構成し、文献や過去の調査成果を検証し、新しい学問を育成することが出来る。確かに、例えば、「応用」の点では、「その時代の社会の課題に学問を応用し、成果として新しい学識をみちびけるようなダイナミックなプロセス」は理論的にもS-Lは大きな可能性をもっていると言えそうだ。
この提言は90年代を通してアメリカの高等教育界で広く評価され、アメリカの大学でS-Lが広がっていく土壌を形成した。それもあり、今日、アメリカのキャンパス・コンパクト(高等教育でのS-Lを奨励,実施している大学の連合体)には、全米の600万人の大学生が在籍する1100校以上の大学が参加し、積極的にS-Lを奨励し、科目学習にも取り入れている。
S-Lの学問的正当性への疑問に答える形で、S-L推進派がまず取り組んだのは、批判に耐える研究を積んで行こうという動きだ。S-L「研究(research)」つまり、「S-Lという教授法についての研究」である。もう一つは、連載第2回で詳しく述べるが、S-Lを応用した各学問分野の「学問性」の質の担保を求めた研究である。そこから枝葉を広げるように出てきた概念が、「社会と関わる学術性(scholarship of engagement)」という新しい学問スタイルで、その認識をベースに、S-Lを応用した各学問分野における「学問性」の質の担保を求めた研究志向があり、更に,大学のあり方への議論に直結していく。
まず、S-Lそのものの研究だが、研究内容もS-Lの理論、歴史に始まり、仕組み、事例、教科との結びつき、教育効果、成果、評価、また地域社会へのインパクト、市民教育や市民社会とのつながりや,文化的影響や教育政策など多岐にわたっている。
1994年にはミシガン大学でS-Lの研究専門学術誌(Michigan Journal of Community Service-Learning)が発行されるようになり、ここでS-Lを実施する研究者が活発に研究論文を著し、S-Lの事例や学習成果の検証など様々な視点からの見識や意見を公表し、交換するようになった。ジョン・デユーイの経験学習論にルーツを求めたS-L理論が展開されてから、研究者に何度も引用され、参照される数々の論文がここで発表された。今でも、このジャーナルはS-L研究の牙城ともなっている。
S-L研究で一番注目されるのは当然ながら、S-Lの教育成果、あるいは教育上のインパクトである。このテーマでも多くの研究が出ているが、広く知られるのはカリフォルニア大学ロス・アンジェルス校(UCLA)の教授グループ(Astin,Vogelgesang,Ikeda & Yee)が行った調査研究である。この調査は全米で約22000人の大学生を対象にS-Lがもたらした効果やサービス活動が学習につながる仕組みを質的・量的に調査し、その結果を2000年に論文(How Service Learning Affects Students=S-Lが学生にどのような影響を与えたか)で詳しく報告した。この調査結果では、S-Lが11の成果測定分野(GPA,ライティングスキル、批判的思考,リーダーシップなど)で「著しく肯定的」な効果があると結論し、また、S-Lに不可欠の「振り返り」がサービスを学びにつなげることも実証した。
S-Lについては数々の会議が開かれてきているが、S-Lの「研究」に特化した会議は2001年に初めてバークレーで開催された。それが、現在の「サービス・ラーニングと市民的関与の国際研究会議(International Research Conference on Service Learning and Civic Engagement)へと進化し,毎年、300〜400人のSL関係者が全米や海外から集まる。2009年にオタワで開かれた同会議では「何のための研究か?」のテーマに幅広い議論が見られた。またS-Lの大御所であるジャイルズ(Dwight E. Giles)は今までのS-L研究の成果を検証し、高く評価しながらも、「S-L体験学生への長期的変容、S-Lに関わった教員や大学機関の変容、そしてこのような変容がグローバル文脈でどのように起こるか」などをこれから取り組むべき課題として指摘した。
このようにS-L研究が拡大・展開したことで、従来の学問の枠内でもS-Lが「学問性」を有する「研究分野」であることは確立したと言われる。次回の稿ではS-Lを読み解く、新しいコンセプト「社会に積極的に関与する学問(scholarship of engagement)」に触れたい。