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平成22年11月 第2422号(11月17日)

キャンパス・アジア アジア高等教育圏を目指してB 
 キャンパス・アジア構想 留学生交流の現場から 


一橋大学国際教育センター教授 太田 浩 

 留学生交流の現場を担っている者の視点から、キャンパス・アジア構想の課題を検討してみたい。日中韓の3か国がアジア版エラスムス計画の先鞭をつける形で大学間交流・留学生交流を推進することは、東アジア共同体構想やアジア全体における地域統合・協力を考えるとき、きわめて重要な取組みといえる。しかしながら、実際に国際教育交流を3か国間で推進する上において、多くの課題が存在するのもまた事実である。
 3か国間の課題
 1つ目に、3か国間の高等教育における制度上の違いである。筆者が携わった文科省先導的大学改革推進委託事業調査「ACTS(ASEANCreditTransfer System)と各国の単位互換に関する調査研究(研究代表者:堀田泰司,広島大学)」によって、日中韓での単位制度、成績評価、学年暦の違いが明らかになっている。例えば、韓国では授業時間数(Contact hours)に基づき単位を換算するが、日本では授業時間数と授業外学習時間を合わせた総学習時間数(Workload)により単位換算を行っている。成績評価は、中国では大学によって違いはあるが、大まかには四段階程度のパーセント制またはランク制が用いられ、韓国は評点により10段階程度の細かいランク制がGPAとリンクした形で用いられている。また、学年暦は、韓国は3月から8月が第1学期、9月から2月が第2学期で、日本とは1か月ずれている。中国では第1学期が9月から2月、第2学期は3月から8月で、学期の期間だけをみれば韓国と同じだがその順序は異なる。
 欧州においてエラスムス計画が始まり、域内の学生の流動性を高めるため、ボローニャ・プロセスのような高等教育制度の統合を促す政策が取られたように、日中韓で留学生交流を展開する場合も、共通性・通用性の高い制度へ導くためのガイドラインやフレームワークが必要となる。同時に、各国の大学が教育課程・システムや個々の授業科目に関する詳細な情報について、可視化を進めることも重要である。
 2つ目は、本構想への機運を高めるような動きが現場レベルで見えてこないことである。筆者は最近、調査のために韓国・中国の大学を何度か訪問したが、キャンパス・アジア構想の認知度は低く、その名称(略称)を提案した韓国でさえ、主要大学の国際教育担当者の間でほとんど知られていなかった。政府レベルだけでなく、大学や産業界も巻き込んで、本構想のビジョンやプランを幅広く論議することにより、実現に向けた大きなうねりを生み出すことが必要ではないだろうか。
 3つ目は、本構想の開放度である。パイロット・プログラムの早期実施が謳われているが、あわせて質の保証を伴った交流も強調されている。「質」が大学ランキングに象徴される研究力や知名度に偏重し、本構想が実質的に一部の研究型トップ大学に限定されることのないように願っている。国際教育交流(特に学部レベル)という面では、必ずしも研究に特化した大学が、優れたプログラムを提供できるとは限らないからである。
 日本の課題
 日本に固有な課題としては、まず、本構想の下で日本から中国や韓国へ留学する学生をどう確保するかという問題があげられる。日中韓の学生交流の現状を見た場合、韓中間では相互に4・5万から6万人弱の学生が行き来しており、バランスが取れている。しかし、日韓・日中間をみると韓国から日本への2万人弱に対して、日本から韓国への3000人、中国から日本への8万人弱に対して、日本から中国へは1800人となっており、日本の大きな受入れ超過となっている。就職活動の早期化、学生の内向き化の影響などで、日本人学生の海外留学志向が弱まり、欧米でさえ減少している中、アジアへの留学に学生を誘導することは容易ではない。
 交換(派遣)留学生の枠が埋まらない、協定校の要求する語学要件を満たせる学生が少ないという問題は、今やトップ大学にまで広がっている。奨学金がなくても留学した時代から、今や奨学金があっても留学しない時代になっている。「受入れ偏重」で進められてきた日本の留学生政策の問題として捉える向きもあるが、中国と韓国の高い海外留学志向と比較すると、一層深刻である。
 対策としては、各大学で留学を教育の重要な柱の一つとして位置付け、1年次の段階で留学に関する座学や異文化体験・語学学習型の海外研修を奨励し、3、4年次で1〜2セメスターの海外留学へ導くという体系的なプログラムを用意すべきであろう。そして、それが各学部のカリキュラムに内包されれば、海外研修・留学の成果が正当に評価され、単位互換の促進にもつながる。
 単位互換について言えば、1対1の科目対応による認定には限界があり、自大学にない科目を留学中に履修したいという学生の前向きな姿勢をくじくだけでなく、4年間での卒業を妨げている。この点、特に国立大学での対応の遅れが指摘されており、柔軟な単位互換の手法開発が求められている。加えて、単位互換の促進には、先述のとおりシラバスを含め教育プログラムと制度の可視化を進めることが欠かせない。
 次に外国学歴・資格認定に関する問題が挙げられる。欧州では、エラスムス計画・ボローニャ・プロセスの推進において、ENIC-NARIC Networkと呼ばれる高等教育制度や機関の情報提供、並びに国内外の成績・単位、学位・卒業、資格に関する情報提供とそれらの証明書の認証を行う機関のネットワークが構築された。韓国では、KCUE(韓国大学教育協議会)が同様のサービスを始めており、中国ではCDGDC(中国教育部学位与研究生教育情報センター)が主として中国で発行された学歴と学位・成績に関する証明書の認証サービスを海外向けに行っている。しかしながら、日本には現状このようなサービスを提供している機関がなく、早急な対応が望まれる。
 また、言語の問題もある。欧州で英語による授業科目や課程の増加が国際教育交流の進展を促してきたように、この三か国間でも英語はニュートラルかつ共通な言語として、教育研究と学生支援の現場はもちろん、大学間交流を行う際の教職員間・学生間の共通のコミュニケーション・ツールとしても、その重要性はますます高まるであろう。本構想が異文化体験や語学研修を越えて、実質的な大学教育の一環としての交流と連携を目指し、併せてアジア全体での大学間交流に拡大していくという将来への道筋を持つならば、英語が事実上の標準言語となることは当然といえる。この点、韓国や中国の主要大学で英語による授業や課程が増加し、学生の英語力が急速に向上していることから見ると、日本の現状は心もとない。
 最後に、日中韓の大学間交流・連携の枠組みはできたものの中身や実態が伴わないということが起こらないようにするためには、3か国の大学が魅力的なプログラム、学生の需要に応えられるプログラムを相互に提供することが肝心である。それにより、学生の積極的な参加を促し、人材育成の場として有効に機能することになる。また、学生だけでなく、教員(研究員)や職員も巻き込んだ大きな人的還流と学術交流の場となるよう、SD,FDまで視野に入れたプログラムを3か国間でお互いに提供することも目指すべきであろう。

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