平成22年8月 第2413号(8月25日)
■新刊紹介
「文学フシギ帖」
池内 紀 著
「○○力」という表現が流行で、何か胡散臭い感じもしないではない。この本の帯にも「読書力を鍛える」とあるが、胡散臭さから遠い。
〈鴎外から春樹まで、少し違った角度からあの名作を眺めてみると、思いもかけない新たな魅力が見えてくる〉
「露伴と水」では、随筆『水の東京』を取り上げ、〈露伴は釣り竿や川舟で親しんだ「水」の視点から首都を見た〉
そして〈ほぼ半世紀して、娘幸田文が『流れる』を書いた(中略)親子二代の文学のいとなみ、さながらたえず流れてとどまることのない水の力を思わせる〉と結ぶ。
「深沢七郎と人間喜劇」では、『楢山節考』から半世紀のちの現代の病院や施設で行われている介護を重ね、こう終わる。
〈「山から帰る時は必ずうしろをふりむかぬこと」。別れの手を振ってから、家族一同マイカーに乗り込んで、一目散にわが家へと帰っていく。その作法まで小説はきちんと書きとめている〉。池内の結びが冴える。
「梅崎春生とチョウチンアンコウ」。チョウチンアンコウの雄と雌の関係を精緻に描く。
〈雄は雌の体の一部となる(中略)雌が産卵すると、精巣だけになった雄は精子を放出。精子は流されず、ピタリと雌の卵にくっつく〉。結びは〈この瞬間のことを考えると、私は感動を禁じえない…〉
〈読後の深さから言うと、長大な歴史小説などより何倍も勝るだろう〉という著者の梅崎評にうなずくだけだった。
「文学フシギ帖―日本の文学百年を読む」 池内 紀 著
岩波新書
п@03―5210―4054
定価 720円+税
岩波新書
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定価 720円+税