平成22年8月 第2413号(8月25日)
■学生集団をどうデザインするか
ユニバーサル化時代の新しい入試選抜
荒井克弘大学入試センター入学者選抜研究機構長に聞く
大学入試センターの入学者選抜研究機構は、同センターが試験の実施のみならず入学者選抜研究においてもその中核拠点としての役割を果たすことを目指し、平成22年4月1日に発足した。同機構は、@入学者選抜における障がい者支援、A新テストの開発、B大学入試評価の部門により構成されている。このたびは、荒井克弘同機構長に、ユニバーサル時代における入試選抜の在り方について伺った。
●学生集団のデザイン
ユニバーサル化した時代の入試選抜とは、大学がどのような学生集団を創りたいのか、そのデザインに関するメッセージである。
例えば、「社会の多様性」を模した学生集団を構築したいのであれば、学生の学力、家計の水準、出身地等々、様々な属性を反映したミニ社会をつくるように入試選抜を設計すればよい。しかし、肝腎なことはミニ社会をつくることではなく、設計された「学生集団」が、当該大学の目指す教育の可能性を引き出すものでなければならない点である。
ユニバーサル化した時代の入試選抜を考えるのに大事なことを2つあげてみる。
第1の点は教育システムとしての入試選抜の観点である。中教審答申(平成20年)でも述べられているようにディプロマ・ポリシー、カリキュラム・ポリシー、そしてアドミッション・ポリシーの三つを明確にすること、さらにそれらを有機的に相互に結びつけることである。
例えば、ディプロマ・ポリシーが「グローバルな人材の育成」であるとして、これをカリキュラムのみで達成することも可能であろう。しかし、学生集団を工夫すれば、より効果的に目標を達成できる可能性がある。外国人留学生が1割いるだけでも、教育の中身は格段に違ってくるはずだ。「学生集団をデザインする」とはそういうことである。大学が作りあげてきたカリキュラムには必ず想定された学生集団がある。その学生集団を準備するのがアドミッション・ポリシーの役割であり、実際の入試選抜である。
第2の点は、実際に学生を選抜する方法の問題である。ユニバーサル化時代には学生の選抜の仕方も変わらなければならない。学力偏差値の高い順に学生を上から取っていくという従来の方法はふさわしくない。学力偏差値の分布は通常、正規分布に変換されているため、分布の裾に位置する受験者は少なく、平均値近くの受験者は峰をつくる。大学進学者が少なく、学力エリートだけから選抜するのであれば、学科試験による入試選抜は効率的だった。
しかし、学生数が多い中間層が大学を志願するようになると、学力偏差値だけで彼らを分けることはできなくなる。学力「差」が測れないからである。コミュニケーション能力を評価する大学もあれば、志というか、社会的な奉仕精神を尊重したい大学もあるかもしれない。学力以外の他に何か別の評価軸が必要になる。大学のカリキュラムを効果的に働かすために、「学力は中くらいでよいが、コミュニケーション能力はすぐれていること、出身地域は全国から満遍なく」というアドミッション・ポリシーがあってもよい。
選抜基準は多元的であってよいが、どこにウェイトを置いて学生を選抜をするか、はっきりさせることである。学力についても、どの部分を大学入試センター試験に任せるのか、どの部分は当該大学が独自に測定するのか、しっかり方針が立っていなければならない。
●エリート段階の入試選抜からの脱却
多様な価値観を持った学生を求む!と掲げていても、入試選抜の考え方は依然として「エリート段階」のままという大学も少なくない。意識せずに機械的に学科試験の成績だけで合格者を決めてしまえば、それは学力という条件を課した学生集団を構成することに等しい。ディプロマ・ポリシーとカリキュラム・ポリシーとの関連、アドミッション・ポリシーと具体的な入試選抜の対応関係がしっかりと意識された選抜でなければならない。そうした大学は多くはない。
以前、アメリカの研究者と話をしているときに、「入試選抜の多様化とは、受験者の都合に合わせることではない」と述べていたのが印象的だった。アメリカは日本とは違って、元々多様な社会である。多数の人種がいて社会経済階層の違いも大きい。地域的、文化的な違いもある。大事なことは社会の多様性を自分の大学の中にどう翻訳するか、である。それがアドミッション・ポリシーであり、大学の理念が問われるところだ、と言うのである。
●アドミッション・ポリシーの具体化
そもそも、アドミッション・ポリシーを立てたところで、学生がその通りに集まってくれるかという保証はない。学力選抜では志願者が集まらないので、AO入試にしたという大学も中にはある。それが現実であっても、どのようなAO入試をする方針であるのか、志願者に明確に説明できることが大事である。
私学では経営と教学の立場が対立することはいくらもあろうが、大学の場として譲れないポイントが必ずある。「個性の輝いている学生を集めたい」などと、抽象的に語っても志願者には伝わらない。アドミッション・ポリシーではいろいろなことを語りながら、実際には「学力偏差値で上から順に取っている」だけという大学もないわけではない。
私立大学の強みは自由と多様性である。その点で、ユニバーサル化時代の入試は私立大学にとって、むしろチャンスと考えるべきだ。以前は、いかに新しいコンセプトを持ち出しても、新設の大学・学部はその新しさゆえに学力偏差値末端にランクされるだけだった。どのような学生集団をつくり、どのようなカリキュラムを提供するのか、教育の具体的なデザインを明確に打ち出すことが高校生にとっても保護者にとっても魅力的なメッセージになるのではないか。
アドミッション・ポリシーが確立していれば、いま懸案となっている発達障がいを抱えた志願者の対応などにも、しっかりした対応が可能になるはずだ。従来のように「学力偏差値で上から」という合格判定をしているだけの大学は新しい課題が浮上したときに対応ができないことがある。障がい者の問題も学生集団の構成方針が考え抜かれていれば、対応はそれほど難しいことではない。
まずは各大学が、どのような学生集団をつくりたいのか、それをはっきりさせることだ。各大学がそれを考え抜くことが重要なのである。作り上げられたカリキュラムが最も有効に活用できる学生集団をつくる。学力のほかに、どういうスキルが組み合わされていれば良いのか、それが決まっていれば、AO入試の「目的」も明瞭になる。受験者のターゲットが明確になれば、効果的・効率的な学生募集の目標も見えてくるはずである。
われわれの、入学者選抜研究機構は社会のニーズに対応するように大学の入試選抜を誘導していくのが重要な役割と考えている。入試選抜を変えるために、研修やワークショップも計画していく。「入試選抜を抜本的に変えたい」と考えている大学関係者はいつでもご連絡を頂きたい。