平成22年8月 第2411号(8月4日)
■新時代の大学図書館 <終>
これからの大学図書館の役割と世界の事例
大学や社会一般において図書館の位置づけと役割が自明であるかのように考えられた時代の終わりが始まっているようである。今ほど「大学図書館とは何か」その存在意義を説明できる実践的で説得的な理念が必要とされている時代もないであろう。大学図書館はまさに重大な歴史的転換期を迎えている。
大学基準協会の「大学図書館基準」(昭和27年制定、昭和57年改訂)を踏まえ、その内実を整えていくとすれば、体系的で網羅性のある蔵書の構築、特色のある貴重資料や大型コレクションなどの整備、電子ジャーナルに代表されるような学術情報にアクセスできる電子的機能の整備充実、多様な学生や社会人の学習ニーズに対応した新たな学習と教育の「場」の提供、地域社会との連携や国際連携など、大学図書館に期待されているものは実に多様である。私立大学図書館協会に加盟している図書館は、各大学の財政事情の下、専任職員や図書館予算の減少など実に厳しい問題に直面しながらも、期待に応える道を模索している。
今日、大学が置かれている競争的な環境の中で、私立大学図書館協会の520加盟館は、一方で相互に連携しつつ他方で大学の競争力を支えなければならない。したがって、図書館の提供できるサービスの質と量が今日ほど問われている時代はない。その中でも教育研究環境を支える情報基盤をどのように構築していくのかは図書館運営の最重要課題である。学術情報がデジタル情報として生産され、流通し消費される事態が一般的となっており、自宅でも研究室でも、時には移動中であってもネットワーク情報資源にアクセスが可能になっている。大学図書館への入館者の減少傾向は、ネットワーク情報資源の利用が浸透してきたことと一部は関係しているのであろう。現在の大学図書館に求められているのは、もはや図書と静謐な読書空間の提供というミッションだけでない。教員の教育研究はもとより、キャンパスにおける学部学生の生活動線の中で図書館サービスのプレゼンスを高める運営、大学院教育と一体となった研究ファクトリーとしての機能、加えて、各大学独自のデータベースの開発・構築・発信において大学図書館には大きな役割を演じることが期待されている。
以上のような状況の中で、近年、大学図書館の存在証明の一つとして取り組まれるようになったのは、情報リテラシー教育である。大学図書館において情報リテラシーが認識されるようになったのは、21世紀に入ってからのことである。従来、大学図書館の教育的機能は、利用者教育―図書館オリエンテーション、図書館利用指導、文献利用指導(資料・情報・視聴覚メディア・電子メディア)―を基本とし、図書館での講習会、授業への図書館員の出向指導、図書館員と教員による統合指導においてそれが発揮されてきた。しかし、今や大学図書館の教育的機能が大きな転換期にある。学生にとって必要な情報リテラシーの習得と向上の機会が授業だけではなく図書館も含めて計画的で体系的に用意されねばならない時代を迎えたからである。
大学図書館には、大学での教育改革における自らの位置と役割を認識しつつ、学生の主体的な学びとの連携が求められている。その場合、各私立大学のミッション、すなわち教育理念や教育目標とどれだけ結び付けて図書館の運営を考えられるかが鍵を握るだろう。したがって、大学図書館には、ますます学びのマネージメントとコーディネーションのスキルが必要となる。主体的な学習を育む空間の提供、学習スキル向上のための指導を可能にする支援、学生の学習に必要な蔵書構築とデータベースの設置などである。学生たちの学習活動の周囲には必要な情報や資料だけでなく人的支援がともなわなければならない。大学図書館は、自らが支援する「隠されたカリキュラム」の構築、すなわち情報リテラシー、レポート作成支援、口頭発表の準備と助言、批判的思考への導き、著作権遵守の指導など、「学びの技法」を習得させる大学でのファカルティ・デベロップメント推進機能の一端を担わなければならないだろう。
そうした試みの一例として南アフリカのケープタウン大学の取組みの一端を紹介しておきたい。ケープタウン大学の図書館は、本館と9つの分館や専門図書館等から構成されている。同大学のアカデミック・ライフの心臓部にあたるのがグロートシュール・キャンパスの中心に位置するオッペンハイマー図書館である。ここには、アフリカ大陸の各地の大学図書館と同様に読書エリア、コンピュータのワークステーション、オーディオビジュアルエリアが設置されている。また、図書館資料の利用を支援し、訓練し、助言する主題別の専門図書館員チームが組織されている。同図書館には、学部学生のために「ナレッジ・コモンズ」、専門研究者や大学院生のために「リサーチ・コモンズ」が設置されている。前者の設置は、アフリカ諸国の大学の中で先駆的な試みであった。学生たちは、図書館の所蔵する電子ジャーナル、データベースを利用し、研究とレポート・エッセー・課題の作成の支援をうけることができる。グループ・プロジェクト・ルームが用意され、学生たちが自由に討論しながら、設置されている機器を利用して研究をまとめていくことができる「ワンストップ・ショップ」が提供されている。
さらに、特筆すべきこととして、最近、「リサーチ・コモンズ」が開設された。これは、専門研究者と大学院学生に必要な学術情報と研究の場を提供するものである。この「リサーチ・コモンズ」は、ニューヨークのカーネギー財団の支援で実施されている研究プロジェクトに参加している南アフリカの3大学―ケープタウン大学、ウイットウォーターズランド大学、クワズールーナタール大学―において同時に設置されたものであり、新たな試みとして注目されている。
以上のように、大学図書館は各大学における情報リテラシー教育プログラムにおいてどのように自らを位置づけるか、その中で何をなすべきか、を考えなければならない。従って、授業(教員)と図書館(図書館員)の協働がこの教育の成否を握る重要な要素となるであろう。私立大学図書館協会に加盟している各図書館で試みられつつある情報リテラシー教育は、図書館員ひとりひとりの技能と知識を高め、図書館全体のノウハウと教育資源の共有に道を開くものと期待される。