平成21年3月 第2353号(3月25日)
■改革担う大学職員 大学行政管理学会の挑戦I
教育マネジメント研究会
学習パラダイムへの転換 大学職員に求められる専門性
一、研究会発足の背景
近年、いわゆるユニバーサル・アクセス化が進行し、学生の多様化に対応した「教育力の強化」が叫ばれてきている。各大学においては、様々な形で改革が行われ、新しい教育手法を開発しようとしている。
しかしながらこれらの取り組みは、必ずしもその大学のミッションと学生の実態分析を踏まえたものとなっていない。中教審などが方向性を示すといっせいに同じような、各大学横並びの「改革」が進行し、まともな評価の指標もない現状である。GPのような競争的資金の制度もできて、大学教育の一層の「特色化」は進行しているように見えるが、基本的な教育体系をマネジメントする普遍的な手法は開発されていない(以上「教育マネジメント研究会設立趣意書」2006.7.14.より)。これが教育マネジメント研究会(以下「本会」)発足にあたっての背景に関する基本認識である。
大学職員が正課カリキュラムのマネジメントに関与する業務実践を行っても、それがオープンな形で語られることは少なく、むしろ機関としての教授会の営みとして語られる作法が支配的な雰囲気が、これまであった。それは潮木守一氏の表現を借りれば、「フンボルト理念」がなお終焉しきれていない文化によると思われる。カリキュラムは、個々の教員が固有に担当する授業科目として存在し、それらは相互に「不可侵」という暗黙の了解の下に配置されたものとしてあり、それをマネジメントすることは《「聖域」に踏み込む》という認識がなお根強くあった。
この転換をもたらしたのがユニバーサル化のインパクトであり、一九九一年設置基準大綱化以降の「教育課程」概念の実質化である。カリキュラム目標が建前ではなく、組織目標として学生満足度や学習成果等の指標評価を伴うのに従い「聖域」観念は希薄化し、目標実現に向けて大学職員の業務目標領域と接合ないし一体化させる要請が高まることは必然となる。
こうしたなかで、本会は「大学の最も基本的で最も収益源となる『教育』の『事業』のマネジメントとはいかなるものなのか、実践的に解明・開発することを目的」(同趣意書)として発足することになった。
二、これまでの歩み
教育マネジメントは「教育経営」のような学術用語ではなく、大学院の専攻分野名や教育マネジメントサイクルとして用いられている。木岡一明氏は、学校のマネジメントには四つの次元があると指摘している。セルフマネジメント、組織マネジメント、戦略マネジメント、(地域協働)ネットワークマネジメント、である。本会での研究諸報告のいくつかをこの次元に照らして私見の限りで整理してみれば、組織と戦略のマネジメントを主要な領域としてきたといえる。
例えば、組織開発や人的資源開発マネジメントの領域では、「アカデミック・アドミニストレーターの可能性―教養教育の系譜と獨協大学の展開事例から」「初年次(導入)教育・リメディアル教育・キャリア教育とそれを支える組織のあり方を考える」「カリキュラム改革における教務職員の役割―教務職員アンケート調査から」「コミュニティ・オブ・プラクティスと教育マネジメント」「今、改めてFDの意味を問い直す〜米国のFD事例を通して」の諸報告がある。組織開発の中核となるカリキュラムマネジメント領域では、「革新的な大学の取組み〜公立大学法人国際教養大学の教育課程から見えるもの」「学士課程教育の構築に向けて(審議のまとめ)におけるコンピテンシーについて」の諸報告がある。学生支援領域では、「米国高等教育における学習支援職員」「米国における学生支援の概念変容」、さらに歴史的省察として「教育マネジメント研究の課題―歴史と実践から」の報告がある。また、戦略マネジメントの領域では、「日本福祉大学における教育改革戦略プランニング」「戦略的マネジメントとInstitutional Research 〜ミネソタ大学を事例として」等の報告がこれに該当する。
本会員の所属は事務局長、総長室・学長室、企画課、大学教育開発センター、教務課・学部事務室、研究協力課、修学支援課など。いずれも何らかの教育マネジメントの実践に関わる経験に基づく報告が行なわれている。上記のうち、教育マネジメント人材に関連する報告の一部を紹介する。
大学アドミニストレーションの二面性として、ビジネス・アドミニストレーションとアカデミック・アドミニストレーション(AA)があり、後者が教育マネジメント人材となる。その専門性として期待される事項は、教員の獲得(スカウト)、教学組織の管理(学部長等との連携)、教育プログラムの提案(カリキュラム構築)、教育の効果測定(授業・教育環境評価分析等)、研究用外部資金の誘導(研究市場のリサーチ)、ベンチャービジネスへのアプローチ、経営スタッフとの協働、である。
またAAの専門性を引き出す上で、現状における雇用形態での阻害要因として、@総合職採用A長期雇用Bそれを前提にした賃金システムC部門間人事異動、また教学組織での阻害要因として、@大学AAの未認知A学校教育法の再整備(教育職員と事務職員以外の第三の存在規定、教授会の重要審議事項権限)B専門教育と訓練の機会の少なさを指摘している
。
なお、AAへの期待に関連し、教員とプロフェッショナルスタッフによるラーニングコミュニティを活用し、学習者中心の教育への転換を試み、学生をエンゲージする学びの方法を模索しているアメリカのマイアミ大学事例には、FDにおける職員の果たす役割として注目しておく必要がある。
三、今後の研究会活動
本会は昨夏の「研究報告集」発刊を経て、今後の新たな研究方向を検討すべき時期にある。大局的にいえば、教育マネジメントのミッションを「教育パラダイム」から「学習パラダイム」への転換(川嶋太津夫「高等教育のパラダイム転換(シフト)」、Robert B. Barr & John Tagg,1995)をはかることにおき、そのための研究チーム形成をいかに進めるかが中期的な課題といえる。
二〇〇九年二月の研究会ワークショップにおいて、今後取り上げようと考えているテーマがあげられた。即ち、教育コミュニティ形成やコミュニティを動かす人材養成、ファシリテーションやリーダーシップなど組織開発マネジメント、アクティブラーニング、教育マネジメントにおける職員としての立ち位置、また成功している会社づくりのモデル事例や、初年次教育やFD等の事例研究などである。このほか、教養教育やボローニャ・プロセスと日本との国際比較のテーマもあげられた。
本会がこれらの具体化に取り組むなかで、FDの大学設置基準条文にある定義を超え、大学や教授実践の文化と価値観の変革とする広義の文脈において、教育マネジメント実践が果たす役割に関する深い学びと研究が求められている。