平成20年11月 第2340号(11月26日)
■FD義務化を超えて 専門家に聞く"実践"とは
教育目標なくしてFDは成立しない
―FDとは何ですか。
学生の成長を促す教育力を向上させる取り組みです。
学生が満足感と達成感を得られる教育を行わなければなりません。しかし、教職員が独自にやるのではなく、経営を絡めて組織として取り組む必要があります。
名城大学では、「名城育ちの達人を社会に送り出す」というミッションを掲げて中期計画を定め、その目標達成のための戦略と組織を作ります。「大学としてどのような人材を育成するか」という教育目標があって、初めてFDも成り立つのです。義務化されたからFDを始めたのでは、目標が曖昧。継続しません。
―どのように戦略を作ったのですか。
今まではトップの号令の下に動く組織でした。それを戦略の下で動く組織に変えました。
初めに、二〇一五年までの中期計画を作りました。ミッションを実現する中長期ビジョンやロードマップを策定する。それに基づいてPDCAサイクルを回し継続的な改善を行います。「何を目指しているのか」というトップのコミットメントを現場にしっかり伝えなければなりません。
FDも同様。「達人を育てるFD」をするための組織「大学教育開発センター」を作っています。戦略に合わせて、組織も企業型のモデルを導入しています。
―企業と大学を一緒にするな、という意見もありそうですが。
企業経営の仕方を大学に活かすべきです。「大学と企業は違う」と単純に“分類”してしまう人が多い。しかし、類比法(アナロジー)として大学と企業を比べてみると学ぶべきことは実にたくさんある。
そもそも、掲げた目標を達成するために組織の資源を最大限に活かす方法に、企業も大学もないのではないでしょうか。大学は、戦略によって組織を動かす科学的手法を導入すべき時に来ていると思います。
―新しいコンセプトでFDを試みています。
「コミュニティ・オブ・プラクティス(COP)」というコンセプトでFDを進められないか研究をしています。COPは、「共通の専門スキルや、ある事業へのコミットメントによって非公式に結びついた人々の集まり」と定義され、一九九一年にアメリカのエティエンヌ・ウェンガー氏とジーン・レイブ氏が提案したもの。組織における学びのコミュニティ作りです。経営学と心理学と教育学が融合したような学問です。
現在、本学大学院の大学・学校づくり研究科に在籍する本学職員と共同研究を行っています。実践としては、学生の「英語多読(英語の本をたくさん読む)」のコミュニティでCOPの検証をしています。
今まで英語多読法は、専門家だけの領域でした。しかし、どのようにしたら学生の英語多読が進むかのノウハウは、他の分野にも活かせる。狭い世界の教育実践手法を経営者が広げていく、こうした仕組みとしてCOPのコンセプトを活用しようと思いました。
学生には、まず、「楽読クラブ」というコミュニティを作ってもらいました。すると、四月の中旬から始めて六月下旬で五〇冊読んだという学生が現れた。驚いて調べてみると、その学生は自分でも文章を書いていて、本を読むのが大好き。クラブのインストラクターも専門家の人で、英語多読ルームを訪問する学生に楽しそうに本の話を持ちかける。雑談をしながら、相手も乗せられて、「じゃあ、読んでみようかな」と読んでみる…。読書にモチベーションの高い教員や学生がコミュニティの中心にいることで、周りが巻き込まれて感化され、読書の輪が広がる構図ですね。
こうした現場の取組に、経営が財政的な裏づけもしていく。現場の一部の意欲のある教員に任せず、経営サイドが支援していく。
取り組みたがらない教員もいます。それぞれの流儀、思想・哲学があるから、強制はせずに話し合いを続けていくしかない。経営サイドがルールを作って、教員と合意形成をしていくしかないですね。
こうした学びのコミュニティがどのように形成されるかを、理論と実践で試行してみる、ということがCOPです。
―FDに学問的裏づけを持つということですか。
そうです。日本のFDには学問ベースが必要です。外国のやり方だけ真似ると間違えることがある。また、学問ベースなら応用もできる。だから、理論をきちんと作っていく。実践と理論をマネジメントする仕組みを作って他の大学に広げていく…。
実際、FD学みたいなものを作ろうとしている大学もあるし、そこは各大学のFD関係者で応援しています。各地で生まれる実践知を統合するような仕組みを作っていく。
COPは、実践と理論が相互作用しながら高めあっていくコミュニティです。
高等教育学会のFD部会では、実践に活かすFD事例を発表しあいながら、学問としてのFDを見つけようとしています。
職員の存在も重要です。教員はアイディアだけのところも多いので、着実にFDを進めていくには職員と協働でやる必要もあります。実践を理論化する作業は専門家に任せるほうがよいのですが、それを応用するのは教職員が力を合わせて行うべきです。
―教員のインセンティブは何ですか。
「社会が求めている」という第三者評価が意識改革のトリガーになります。
外部評価は、FDの最初の原動力にしてよいと思いますが、同時に内部で仕組みを作ることが大事です。
無論、仕組みはできたけど、複雑で動かないこともあります。試行錯誤をしながらPDCAサイクルが回るようにして、新しいFDのアクティビティが生まれる仕組みを作っていく。
教職員が教育力の向上のために何をすべきか、そういう問いを常に持ち続けることが大事だと思います。
―どのように評価を行っていますか。
教育力の向上をどう評価するかは難しい問題です。学生が卒業する時、「大学生活でこの能力や知識が上がった」という満足感と達成感、学生の変化を指標にすることを考えています。
その説明責任を経営サイドが果たしていく。手間ひまをかけて総合的に検証していきます。
池田輝政氏
名城大学副学長・常勤理事。同大学の大学・学校づくり研究科長、大学教育開発センター長。
大学入試センター教授、メディア教育開発センター教授、名古屋大学高等教育研究センター教授、名城大学人間学部教授を経る。