平成20年9月 第2331号(9月17日)
■高めよ 深めよ 大学広報力〈6〉
近畿大学 時代を把む"すごさ" 近大マグロ、五輪を生かす
こうやって変革した(3)
大学の広報力を問う指標のひとつにメディア露出率がある。メディアに対して、どれだけニュース・話題を発信して、どれだけ取り上げてもらったか(記事・映像になる)。いくら情報を発信してもメディアに露出しなければ意味がない。下手な鉄砲も数打ちゃ当たる、では駄目なのだ。今回は、大学発のプレスリリースを数多く発信、かつ数多く露出されている大学を紹介する。大学広報界で"高打率"はどのように生み出されるのか。(文中敬称略)
高いメディア露出率
当方のような新聞には、郵送やファックスで、あるいはインターネットを通してプレスリリースが洪水のように届く。多くは「報道各位」「報道関係各位」という宛名書きで、国公私立の大学や教育関係だけでなく、さまざまな組織・団体から送られてくる。
新聞としては、このなかから、新聞の記事になりそうな話題やイベントを拾うことになる。なかには、「さきほど、プレスリリースをファックスしたのですが、届きましたか?」と明らかに広告代理店を使って送付してくるのもある。
さて、今回紹介する近畿大学(世耕弘昭理事長、畑博行学長、大阪府東大阪市小若江)は、当新聞に届くプレスリリースの数でもトップクラスである。同大総務部広報課課長補佐、門利幸は「プレスリリースは昨年八月から一年間で約七〇件つくりましたから、月二、三回出したことになります」と語る。
丁寧で素早い対応
そういえば、先ごろ近大のプレスリリースを見て記事を書いたことがあった。六月上旬、近大から届いた一枚のファックスが机の上にあった。タイトルは「近大のレーザー・エネルギー伝送・無人電動小型ヘリが大阪の防災展でデモを披露」というものだった。
「これは記事になる」と、さっそく、ヘリを開発した近大リエゾンセンター副所長の河島信樹教授に電話。無人ヘリやイベントの概要を尋ね、無人電動小型ヘリの写真をデータで送って欲しい旨伝えると快諾。まもなく、写真が届いた。河島教授の丁寧で素早い対応に好印象を持った。
近大広報の目玉、といえば何と言っても「近大マグロ」である。新聞、雑誌はもとより〇五年七月にはNHKの人気番組「プロジェクトX」でも取り上げられた。〇八年の文部科学省の「グローバルCOEプログラム」にも採択された。
「近大マグロのマスコミ対応は、我々、広報担当が出かけなくても、先生方だけで完結しています」と言いながら、広報担当の門が解説してくれた。
「クロマグロの完全養殖は〇二年七月、近大水産研究所が世界で初めて成功させました。次は、マグロの稚魚の生産販売を計画しています。うちの水産研究所は昭和二十三年、戦後の食糧難を救うため世耕弘一初代総長が設立したもので、タイ、ヒラメ、カンパチの完全養殖に成功するなど養殖界のパイオニアとなっています」
近大マグロは昨今の大学発ブランド商品としても光る。「大学名をプリントしただけの商品とは少々重みが違います。近大マグロは数十年の研究が実を結んだものです。さらに、大学の中身を知っていただき、大学に親しみをもってもらうための格好のコミュニケーションツールにもなっています」と胸を張った。
近大広報の凄さは、近大マグロだけに満足していないところにあるかもしれない。次の大学ブランド、コミュニケーションツールを同時進行で考えているのだ。門が続ける。
第二のマグロと期待
「理工学部の井田民男准教授が開発した環境に優しい新エネルギーの『バイオコークス』が注目です。お茶かすなどバイオマス(生物資源)を再利用して製鉄や鋳造で鉄を溶かす燃料、石炭コークスの代替となる固形燃料を開発しました。大量生産できるようになれば新エネルギーとして世界の役に立つものになるでしょう。"第二のマグロ"と期待しています」
門と話していて、感じたのは近大の広報は「時代、時流を巧みにつかんでいる」ということだ。それは、アテネ五輪(二〇〇四)の際の広報活動にもみられた。同五輪には、近大から競泳の山本貴司が銀、中西悠子が銅メダルを取るなどOB含め一〇人が参加した。この五輪の広報対応が白眉だった。
「五輪直前に選手一人ひとりの大学ポスターを作成。テレビCMも放送、応援サイトも開設しました。選手の負担にならないよう、記者会見や壮行会も開催。五輪本番では大学内でパブリックビューイングを開き、応援しました。学生、そして大学が活気づき、外部からのイメージアップにもつながりました」
「今回の北京五輪で近大勢はどうでした?」とたたみかけると―。
「背泳ぎの入江陵介ら競泳、アーチェリーなどに七人の選手が参加しました。期待していた入江の五位が最高で、残念ながらメダル獲得者は出ませんでした。まだ一回生の入江の本命はロンドン五輪です」。負け惜しみには聞こえなかった。
ついでに、「スポーツ界で活躍している近大OBは?」の問いには「巨人の二岡選手がOBですが、例の件があって…」。嫌な話題、避けたい話にも逃げずユーモア交えて応じる姿勢はさわやかでいい。
西門を入ってすぐのところに木造総ガラス張りのお洒落な建物があった。「英語村」というそうだ。米国、英国、豪州出身のネイティブスタッフが常駐、学生と一緒に遊び、話す。カフェもあるが、メニューも注文も全て英語。ここに入ると、英語しか使えない。
もともと学生の英語力強化のための施設だが、取材した日は付属の幼稚園児に交じって近くに住む主婦の姿もあった。「新聞などで紹介されて評判となり、学生の休暇中など地元の住民の方にも開放しました。地元と密着した広報も大事です」と門。これも広報力の発露かもしれない。
最後に、近大広報の凄さ、とさんざん書いてきたことに首を傾げる人のために具体的な数字で、それを示したい。
報道件数を広告換算
過去二年間の近大関連報道の広告換算実績という「表」を門が見せてくれた。新聞、雑誌、テレビ等のメディアで報道(露出)された近畿大学の関連記事を広告換算すると、いくらになるか、をまとめたものだ。
これによると、昨年七月から今年六月までの一年間に近大関連で報道された件数は二二五〇件(月平均一八八件)、広告費換算額三五億四三八〇万八八三八円(月平均二億九五三一万七四〇三円)。前年(〇六年七月〜〇七年六月)の一四三五件(一二〇件)、一二億二三三九万六二七四円(一億一九四万九六六〇円)を大きく上回った。
商都・大阪の大学らしい、といえばそうかもしれない。しかし、こうした数字をまとめ上げた力量、この数字の示す実績は大学広報界の”好打者”であることの証左ではないか。好打者・近代広報から学ぶことはかならずやあるはずである。