平成20年7月 第2323号(7月9日)
■教育振興基本計画
◆(はじめに)は省略、また原文中の(注)も省略。
第1章 我が国の教育をめぐる現状と課題
(1) 我が国の教育をめぐる現状と今後の課題
我が国の教育は、明治期以来、国民の高い熱意と関係者の努力に支えられながら、国民の知的水準を高め、我が国社会の発展の基盤として大きな役割を果たしてきた。特に、初等中等教育については、教育の機会均等を実現しながら高い教育水準を確保する稀有な成功例として、国際的にも高い評価を得てきている。地域の強い絆(きずな)の下で、地域ぐるみの教育が行われている例も多い。
一方、都市化、少子化の進展や経済的な豊かさの実現など社会が成熟化する中で、家庭や地域の教育力の問題や、個人が明確な目的意識を持ったり、何かに意欲的に取り組んだりすることが以前よりも難しくなりつつあることが指摘されるようになっている。
こうした状況の中で、近年、教育をめぐって、子どもの学ぶ意欲や学力・体力の低下、問題行動など多くの面で課題が指摘されている。
また、官民の分野を問わず発生し社会問題化した多くの事件の背景には、社会において責任ある立場の者の規範意識や倫理観の低下があるとの指摘がある。さらには、社会を構成する個人一人一人に、自ら果たすべき責任の自覚や正義感、志などが欠けるようになってきているのではないかと懸念する意見もある。
このような状況は、経済性や利便性といった単一の価値観を過剰に追求する風潮や、人間関係の希薄化、自分さえ良ければ良いという履き違えた「個人主義」の広がりなどがあいまって生じてきたものと見ることもできる。しかしながら、経済などの一面的な豊かさの追求のみによっては真に豊かな社会を実現することはできない。
我が国社会を公正で活力あるものとして持続的に発展させるためには、我々の意識や社会の様々なシステムにおいて、社会・経済的な持続可能性とともに、人として他と調和して共に生きることの喜びや、そのために求められる倫理なども含めた価値を重視していくことが求められている。
同時に、近年、少子高齢化、高度情報化、国際化などが急速に進む中で、我が国では、社会保障、環境問題、経済の活力の維持、地域間の格差の広がり、世代をまたがる社会的・経済的格差の固定化への懸念、社会における安全・安心の確保などの様々な課題が生じている。
また、国際社会においても、グローバル化に伴う国際競争が激化する一方で、地球環境問題や食糧・エネルギー問題など人類全体で取り組まなければならない問題が深刻化している。民族・宗教紛争や国際テロなども人類の安全を脅かしている。
さらに、今後、我が国にとってはこれまで以上に変化の激しい時代が到来することが予想される。その全体像を捉(とら)えることは難しいものの、例えば今後の一〇年間程度を展望すれば、以下のような面での変化を予想することができる。
・少子化の進行により、人口が減少し、若年者の割合が低下する一方で、人口の四人に一人が六五歳以上という超高齢社会に突入する。こうした状況に対応するため、教育を含む社会システムの再構築が重要な課題となる。
・グローバル化が一層進むとともに、中国などの諸国が経済発展を遂げ、国際競争が更に激しさを増す。同時に、国内外の外国人との交流の機会が増え、異文化との共生がより強く求められるようになる。知識が社会・経済の発展を駆動する「知識基盤社会」が本格的に到来し、知的・文化的価値に基づく「ソフトパワー」が国際的に一層重要な役割を果たす。また、科学技術が一層発展する中で、新たな社会的価値や経済的価値を生み出すイノベーション創出の重要性が一層高まる。
・地球温暖化問題をはじめ、様々な環境問題が複雑化、深刻化し、環境面からの持続可能性への配慮が大きな課題となる。教育分野においても、持続可能な社会の構築に向けた教育の理念がますます重要となる。
・サービス産業化など産業構造の変化が更に進展する。非正規雇用の増大や成果主義・能力給賃金の導入など雇用の在り方の変化が更に進む中で、個人の職業能力の開発や雇用の確保、再挑戦の可能な社会システムの整備、さらには一人一人の仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)の確保が一層重要な課題となる。
・個々の価値観やライフスタイルの多様化が一層進む。インターネットや携帯電話等を通じたコミュニケーションが更に進む一方で、その影の部分への対応も課題となる。また、ボランティア活動などを通じた社会貢献やコミュニティづくりへの意識が高まり、新たな社会参画が進展する。
我々を取り巻くこうした国内外の様々な状況の変化を踏まえつつ、課題に立ち向かい、乗り越えるための知恵と実行力をいかに生み出していくかが、今まさに問われている。
(2) 教育の使命
教育は、人格の完成を目指し、個性を尊重しつつ個人の能力を伸長し、自立した人間を育て、幸福な生涯を実現する上で不可欠のものである。同時に、教育は、国家や社会の形成者たる国民を育成するという使命を担うものであり、民主主義社会の存立基盤でもある。さらに、人類の歴史の中で継承されてきた文化・文明は、教育の営みを通じて次代に伝えられ、より豊かなものへと発展していく。こうした教育の使命は、今後いかに時代が変わろうとも普遍的なものである。
同時に、今後の社会を展望するとき、特に以下のような観点から、教育への期待が高まっている。
社会が急速な変化を遂げる中にあって、個人には、自立して、また、自らを律し、他と協調しながら、その生涯を切り拓いていく力が一層求められるようになる。すべての人に一定水準以上の教育を保障するとともに、自らの内面を磨くために、また、社会に参画する意欲を高め、生活や職業に必要な知識・技術等を継続的に習得するために、生涯にわたって学習することのできる環境の整備が課題となっている。
国際競争は今後更に激化することが予想される。このような中にあって、我が国社会の活力の維持・向上と国際社会への貢献のためには、先見性や創造性に富む人材や卓越した指導力を持つ人材を幅広い分野で得ることが不可欠であり、その育成に当たり、教育に重要な役割が期待されている。
今後の人口減少や高齢化の中で、中長期的な趨勢として、国や地方公共団体などの「官」が直接提供する公共サービスは必要最小限のものへと一層重点化が進むとともに、「民」のセクターによる公益的な活動等への期待が高まることが予想される。
こうした状況の中で、個人の幸福で充実した人生と我が国社会の持続的な発展を実現するためには、社会を構成する個人が、社会を維持し、より良いものにしていく責任は自分たち一人一人にあるという公共の精神を自覚し、今後の社会の在り方について考え、主体的に行動することがこれまで以上に重要になる。
社会における人と人とのつながりを回復し、コミュニティを再構築していくことは、今後の我が国社会の大きな課題であり、教育の使命として、個人が自立的に社会に参画し、相互に支え合いながら、その一員としての役割を果たすために必要な力を養うことを、今後一層重視する必要がある。
(3)「教育立国」の実現に向けて
平成十八年十二月、教育を取り巻く状況の変化等を踏まえ、教育基本法が改正され、新しい時代の教育の基本理念が明示された。特に、第二条において、以下に示す教育の目標が新たに明記された。
一、幅広い知識と教養を身に付け、真理を求める態度を養い、豊かな情操と道徳心を培うとともに、健やかな身体を養うこと。
二、個人の価値を尊重して、その能力を伸ばし、創造性を培い、自主及び自律の精神を養うとともに、職業及び生活との関連を重視し、勤労を重んずる態度を養うこと。
三、正義と責任、男女の平等、自他の敬愛と協力を重んずるとともに、公共の精神に基づき、主体的に社会の形成に参画し、その発展に寄与する態度を養うこと。
四、生命を尊び、自然を大切にし、環境の保全に寄与する態度を養うこと。
五、伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛するとともに、他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を養うこと。
こうした改正教育基本法の理念を人間像の観点から言い換えれば、おおむね以下の三つに集約することもできる。
・知・徳・体の調和がとれ、生涯にわたって自己実現を目指す自立した人間の育成
・公共の精神を尊び、国家・社会の形成に主体的に参画する国民の育成
・我が国の伝統と文化を基盤として国際社会を生きる日本人の育成
先に述べた現下の教育をめぐる課題と社会の変化の動向を踏まえるとき、人づくりこそが個人の幸福の実現と国家・社会の発展の礎であり、我が国の将来の発展の原動力たり得るものは人づくり、すなわち教育をおいてほかにない。改正教育基本法の理念の実現に向け、今こそ我が国は改めて「教育立国」を宣言し、教育の振興に取り組むべきである。すべての人に等しく学習の機会が開かれ、生涯を通じ、一人一人が自己を磨き、高めることのできる社会を築くこと、このことを通じ、自由で、知的・道徳的水準の高い、持続可能で豊かな社会を創造し、国際社会に貢献し、その信頼と尊敬を得ることこそが、今後の我が国が目指すべき道と考える。
我が国は、これまでも時代の変革期にあって、国家・社会の存立基盤である教育に大きな力を傾け、成果を上げてきている。今後、本格的な知識基盤社会に向かい、国際的な競争も一層激しくなる中で、未来に向けて教育の重要性は高まっている。およそ六〇年ぶりに教育基本法が改正され、教育の新たな世紀を切り拓くべき今、国においても、また、地方においても、教育を重視し、その振興に向け社会全体で取り組む必要がある。
以上のような認識の下、改正教育基本法第十七条に基づき策定する今回の教育振興基本計画においては、改正教育基本法の理念の実現に向け、今後おおむね一〇年先を見通した教育の目指すべき姿と、平成二十年度から二十四年度までの五年間に総合的かつ計画的に取り組むべき施策について示すこととする。