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平成19年10月 第2291号(10月10日)

学士課程教育の再構築に向けて

  第一章 経緯と現状に関する基本認識

(1)「大綱化」以降の改革の沿革
 ○昭和二十二(一九四七)年に制定された学校教育法では、様々な旧制高等教育機関を六・三・三・四制の学校体系の下で「大学」に一元化した。大学の目的については、「大学は、学術の中心として、広く知識を授けるとともに、深く専門の学芸を教授研究し、知的、道徳的及び応用的能力を展開させることを目的とする」と規定し、一般教育の理念が取り入れられたが、その位置づけは、導入後一貫して模索が続けられてきたと言える。昭和三十一(一九五六)年に制定された大学設置基準では、一般教育科目が必修と規定されたが、現実には様々な課題があり、一般教育の理念(大学の教育が専門的な知識の修得だけにとどまることのないように、学生に学問を通じ、広い知識を身に付けさせるとともに、ものを見る目や自主的・総合的に考える力を養うこと)を十分に実現するには至らなかった。
 ○このため、平成三(一九九一)年に大学審議会は「大学教育の改善について」答申を行い、大学設置基準の大綱化と自己点検・評価システムの導入等を提言した。これを受けて、規制は大幅に緩和され(一般教育、専門教育、外国語、保健体育の科目区分の廃止等)、各大学による多様で特色あるカリキュラムの編成が一層可能となった。これは、一般教育の理念を学士課程教育全体の中で効果的に実現することを目指すものであった。また、この答申を受けて学位規則が改正され、学士が学位に位置づけられるとともに、学士の種類が廃止された。
 ○しかし、大綱化を契機としてカリキュラム改革や教育組織の見直しが進展する一方、所期の目的と違って、一般教育あるいは教養教育の理念の後退が懸念されるようになった。その反省に立って、大学審議会は、「高等教育の一層の改善について」(平成九(一九九七)年)、「二十一世紀の大学像と今後の改革方策について」(平成十(一九九八)年)、「グローバル化時代に求められる高等教育の在り方について」(平成十二(二〇〇〇)年)、中央教育審議会は、「新しい時代における教養教育の在り方について」(平成十四(二〇〇二)年)といった答申を逐次とりまとめた。内閣総理大臣の下に置かれた教育改革国民会議の報告も、学部段階における教育の在り方について言及した(平成十二(二〇〇〇)年)。これらの答申の中では、教養教育の重要性が再確認されるとともに、様々な改善策について提言が行われた。
 特に、教育内容に関しては、「課題探求能力」(主体的に変化に対応し、自らの将来の課題を探求し、その課題に対して幅広い視野から柔軟かつ総合的な判断を下すことのできる力)の育成の観点から、また、教育方法や評価等に関しては、単位制度の実質化等の観点から、具体的な提言が行われた。
 ○その後、平成十七(二〇〇五)年の将来像答申がまとめられたが、学士課程教育の基本的な在り方については、従来の答申の考え方を概ね踏襲している。将来像答申は、「学士課程教育では教養教育と専門教育の基礎・基本を重視し専門的素養のある人材として活躍できる基礎的能力等を培うこと、修士・博士・専門職学位課程では専門性の一層の向上を目指した教育を行うことを基本として考える」という立場が示されている。すなわち、学士課程教育は、教養教育と専門基礎教育とを中心とするという考え方である。そして、我が国の大学の実態を踏まえ、将来像答申は、学問分野の特性に応じて学士課程段階で専門教育を完成させるタイプ(専門教育完成型)を含め、多様な個性・特色を認めつつも、「二十一世紀型市民」の育成・充実を学士課程教育の共通の目標とすべきことを指摘している。
 ○平成十八(二〇〇六)年十二月、教育基本法が改正され、新たに大学に関する条文が設けられた。
 大学の基本的な役割として、教育と研究とを両輪とする従来の考え方が改めて確認されるとともに、教育研究の成果を広く社会に提供することにより、社会の発展に寄与する役割が明確化された。これは、社会貢献の役割を大学の「第三の使命」と表現した将来像答申の提言にも沿うものと言える。また、「自主性、自律性その他の大学における教育及び研究の特性が尊重されなければならない」旨が規定された。この教育基本法改正を受けて、本年、学校教育法が改正され、大学の目的、履修証明制度、情報公開に関する規定が整備された。
 一方、政府では、「教育再生会議」をはじめとする諸会議において、大学改革が取り上げられており、それらの提言を踏まえ、政府の取組として「経済財政改革の基本方針二〇〇七」(本年六月)などが決定されている。
 本報告では、こうした改革の沿革や最近の動向を踏まえつつ、今後の改善方策について提言を行おうとするものである。
 
(2)グローバル化、ユニバーサル段階等の現状認識
 ○グローバル化する知識基盤社会、学習社会にあって、国民の強い進学需要に応えつつ、国際通用性を備えた、質の高い教育を行うことが必要となっている。国境を越えた多様で複雑な課題に直面する現代社会にあって、大学として、自立した「21世紀型市民」を幅広く育成していくことは、個人の幸福と社会全体の発展それぞれの面で極めて重要な課題であり、現代の大学の担うべき公共的な使命である。先進諸国の大学では、自らの使命を、学生の身に付ける「学習成果」というかたちで明示し、その達成度を評価するなどの取組が広がりつつある。
 ○また、少子化による人口減少を迎える日本が持続的発展を遂げるためには、学士課程教育及び大学院教育を通じ、教養の厚みを備えた専門的な人材を多数育成すること、その結果として、イノベーションの推進、生産性の向上を図っていくことが要請されている。若年労働者を供給する中心的な役割を担うようになった学士課程教育に対しては、産業界から、社会人としての基礎力の育成などに関し、十分な成果を求める声が強まってきている。
 ○今日、専修学校等を含む高等教育機関への進学率は七六%、大学・短期大学への進学率は五四%に上っている(平成十九(二〇〇七)年度)。このうち、学士課程教育を提供する大学への進学率については四七%となっている。これらの進学率は、相当の高い数値に至っているが、近年なおも上昇傾向を示しており、我が国は、同年齢の若年人口の過半数が高等教育を受けるというユニバーサル段階に移行している。
 ○また、世上「大学全入」時代が到来したと言われているが、その指標とされている大学・短期大学の収容力(志願者数に対する入学受入れ規模の割合)は九一%(平成十九(二〇〇七)年度)であり、近い将来ほぼ一〇〇%に達するであろうと推測されている。「大学全入」は、我が国の大学進学をめぐる需給関係の大きな変化を象徴する言葉である。今後の少子化の進行に伴い、学生確保に向けた大学間の競争も過熱化してくることは確実である。
 過度の受験競争が大きな社会問題とされた時代と異なり、入試による「入口」の質保証の機能は大きく低下している。
 ○このような現状に対し、大学進学率等を過剰とする見方もある。しかし、大学の大衆化がいち早く進展したアメリカを含め、先進諸国は、高等教育へのアクセスを改善し、一層幅広く若者を受け入れていこうという方向を目指している。実際、大学進学率については、我が国が先進諸国に比して特に高い水準であるとは言えない。グローバルな競争が展開される知識基盤社会の時代を迎え、諸外国と伍していく観点から、若年人口が減少する中で学士レベルの資質・能力を備えた人材の供給を維持・増強していくことは重要である。また、保護者や高校生自身の大学進学に向けた熱意・意欲に応えることも大切である。様々な格差の拡大を懸念する声もある中、「底上げ」の観点からも、大学が幅広く多様な学生を受け入れ、学士課程教育を通じて、自立した市民や職業人として必要な能力を育成していくことが求められる。
 ○こうしたことから、本委員会は、大学進学率等が過剰であるという立場を採らない。
 若年人口の過半数が高等教育を受ける現状を是とし、大学で学ぼうという意欲や能力がある若者をできるだけ積極的に受け入れていくこと、少なくとも、成績中位層以上の高校生が経済的理由により進学を断念せざるを得ない状況は無くしていくことが必要であると考える。ただし、このことは、本人の能力・適性、興味・関心によらず、大学進学が事実上強制されるような状態を目指すものではない。
 ○また、大学教育を受ける機会を実質的に保障し、ユニバーサル・アクセス(いつでも自らの選択により適切に学べる機会が整備された状態)を実現する見地からは、高等学校からの進学という形態だけでなく、社会人の受入れという側面も考えることが必要である。さらに、高等教育のグローバル化に伴い、海外からの留学生の受入れも重要な課題となる。
 我が国の大学は、そうした社会人や留学生の割合が、先進諸外国に比して少ないという状況にある。これらの学生は、学士課程教育を活性化するインパクトとしても重要な存在であり、その量的拡大を視野に入れた上で、大学教育の望ましい全体規模の在り方を想定していくべきであろう。
 ○このように、国際的な動向と我が国固有の事情とを背景に、学士課程で期待される「学習成果」の達成に向けた教育内容・方法の格段の充実、高等学校との接続のシステムの見直し等のため、真剣に取り組んでいくことが急務となっている。我が国の学士の国際通用性を確保するためにも、このことは不可欠である。特に、ユニバーサル段階、少子化等の環境変化の中、我が国の学士課程教育は、「量」の拡大を積極的に受け止めつつ、「質」の維持・向上を図るという、重大な課題に直面している。その対応を誤れば、我が国の学士課程教育の「質」は、大きく低下し、国内外からの信用を失う危機に晒されよう。こうした危機感を各界で共有し、実効ある改革につなげていくことが必要である。

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