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平成18年8月 第2243号(8月23日)

大学がUSRに取り組むために ―3―

新日本監査法人 公認会計士 植草茂樹

 「USR(University Social Responsibility:大学の社会的責任)」に対する関心が高まっている。この現状を踏まえ、本紙では、本年一月にUSR研究会の渡邊 徹氏(日本大学)の「大学の社会的責任―USR」と題した連載を掲載した。このたびは、同研究会の事務局を運営する新日本監査法人の植草茂樹氏に、実際にUSRに取り組み始めるにあたり、具体的に何をしなければならないのか、そのポイントについて月に一度の連載で執筆頂く。

《どの組織にも適用されるSR(社会的責任)》
 日本においてCSR(企業の社会的責任)の取組みが進む中、国際標準化機構(ISO)においてもSR(社会的責任)に関する規格化が進んでいる。これは、どの組織においても社会的責任が重要であるとして「C(Corporate)」は外されている。社会的責任に取組むのは、企業も大学も官庁も区別はないということである。今後検討が続けられ、二〇〇八年を目処に規格化が行われる予定である。先日のISOの総会では、SRの定義を「社会及び環境に対する活動の影響に責任を果たす組織の行動。それらの行動は、社会の関心及び持続的発展と整合のとれたものであり、倫理行動、遵法性及び政府間文書に基礎をおいたものであり、かつ、組織の既存の活動と一体化したものであるとする」とした。これに基づき、大学という「組織」の社会的責任について、ステークホルダーとの関係を踏まえて提言したい。
《大学にしかできない社会的責任》
 組織の社会的責任を考える際には、組織と「社会」のあり方を考えることが必要である。社会を構成する「市民セクター、企業セクター、政府セクター等」において、大学がどのような役割を果たし、どのような存在意義を示すべきなのかを考えることは重要である。小さな政府を目指す中で、企業や市民に求められる役割は大きくなっていくが、大学は(違った立場で)企業や市民の先頭に立って社会課題の解決に自ら取組み、先導していく役割が期待される。大学は教育・研究を通して、未来を創造する役割を担っている。その中で潜在的社会課題を予測し、問題の提起を含めて事前の取組みを教育・研究活動により積極的に行うことが、まさに大学独自の社会的責任を果たすことになるのではないか。
 少子化が進む中で、大学の経営状況は厳しい時代だが、それぞれの大学が社会の中での存在意義を見出すことは、社会にとっても大学にとっても持続的発展につながる。今までも私立大学においては、建学の精神や経営戦略・経営計画が存在し、大学としての存在意義を発揮してきた。ところが、国立大学が法人化され個性を打ち出しており、国立大学と私立大学とは何が違うのかが見えにくくなってきている。改めて、自大学としての「社会」の中での存在意義が問われるだろう。大学という高等教育機関が環境保全を含む社会的責任を果たすことによって、持続可能な社会の実現がより確実になり、その結果大学自身の持続可能性を高めることが可能となると考えるべきであろう。
 大学は環境の保全もしくは社会の持続的発展に資する教育・研究を積極的に行い、学生や地域等の取組みについてサポート・指導する役割が求められ、かつ持続可能な社会作りを先導していく存在となるべきではないだろうか。これを個々の研究者単位ではなく、大学全体で戦略を構築した上で組織的に実施していく経営体となることが期待される。多くの大学において、CSRに関する講座等を設けたり、文部科学省が「現代GP」の中で地域活性化や持続可能な社会につながる環境教育というテーマを設けたり、東京大学等の国立大学が中心となって「サステナビリティ学」を創設したりといった取組みが始まっている。また学生のボランティア等の自主的な取組みを大学が積極的に支援し、大学の戦略と結びつけることも重要であろう。学生の取組みは、マスコミ等に取上げられイメージ向上につながる効果もありえる。
 社会コストを考える際に、例えば犯罪者が増加したため企業が税金を払い刑務所を増やす政策よりも、予防的に企業が雇用の拡大・教育機会の提供を行ったほうが、社会全体としては効果的であるといわれる。その点でみれば、大学はまさに教育・研究において予防的機能を発揮できる存在である。教育・研究への資源配分は社会コスト全体を考えても結果的に効果的であることを、もっと社会に積極的に説明することが必要なのではないだろうか。
《大学を取り巻くステークホルダーとその課題》
 社会的責任を考える際にはまず、自大学のステークホルダーとその関係性を確認し、各ステークホルダーからの影響と大学が与える影響を整理することが必要である。
 次に、ステークホルダーからの期待や要請を分類し、自大学の経営方針や戦略を踏まえ、どの課題を優先的に取組むべきかの優先順位づけを行う。優先順位づけにおいては、自大学独自の取組みが社会課題の解決に貢献・寄与できるものを優先させることも考えられる。
 大学におけるステークホルダーには、学生・保護者・卒業生・教員・職員・企業・寄付者・マスメディア・格付機関・地域住民・市民社会・国際社会・政府・私学事業団・高等学校などが考えられる。また大学は未来創造の先導的役割を果たす役割があり、将来の世代も視野に入れる必要がある。
 大学が社会的責任に取組む際の主要課題は、ガバナンスに関するもの、コンプライアンスに関するもの、アカウンタビリティに関するもの、環境・人権・労働環境・コミュニティ参画等の社会課題に関するもの等様々想定されるが、自大学がどのような方針で取組みを行っていくかを、ステークホルダーとの関連で考えることが必要である。
《アカウンタビリティ(情報開示)のあり方》
 社会的責任活動を通して、ステークホルダーとの良好な関係構築を考える際には、ステークホルダーとのコミュニケーションが欠かせない。コミュニケーションには、大学が積極的に情報開示を行うことから始まる。
 大学の情報開示の内容・手法は、統一された考えや手法によって行っている大学は少ないように思う。大学案内にしても、どちらかといえば受験生募集のための情報開示に力点が置かれてはいなかっただろうか。また情報開示のあり方にしても、学部ごと等に様々な冊子が存在し、大学としての統一感が図られ情報開示がなされていただろうか。大学からの一方的な情報開示ではなく、ステークホルダーとのコミュニケーションへの取組みも必要となる。
 ステークホルダーとのコミュニケーションツールは、冊子やHPだけではない。学生に対しては授業やポスターを通してだけでなく、いかに大学の取組みを理解してもらうかを、様々な形で伝える努力をすべきである。一部の大学では事業報告書を学生に送付しているが、教職員が学生に対し積極的に説明し質問を受けることも重要ではないか。例えば、立命館大学が学生・保護者等に「財政公開・大学公開」という取組みを行っているが、職員が財政等の状況を、積極的に学生・保護者等に説明されている。また、授業評価を行う大学は多いが、学生に適切にフィードバックを行うことや、学生からの大学への声(要望・期待など)を聞く窓口を設け大学経営に取り入れていくことも必要である。学生は将来の保護者になり寄付者になる存在であり、大学の理念・取組みを理解してもらうことは大学の持続的な発展にとっても重要となろう。授業料に対する説明責任も今後は課題の一つとなるだろう。授業料は他大学に比べてどうか、授業料は何のために使われているのかといった声に、これからの大学は応えていくことが必要となるだろう。
 また学生だけでなく、教職員・企業・地域社会等とも積極的な対話を通じて、社会的責任活動に対する大学の取組みや将来の方向性を明らかにし、ステークホルダーからのニーズを確認していくことも必要である。
 今後とも大学に向けられる目は厳しくなっていくと考えられるが、大学が社会的要請を踏まえて経営を行い、大学と社会が将来目指すべき方向を多くのステークホルダーに伝え、未来の社会を先導できる大学が、今後生き残っていくのではないだろうか。(つづく)

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