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アルカディア学報

アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)

No.537
欧米の質保証の取り組み
第56回公開研究会の議論から

主幹  瀧澤 博三(帝京科学大学顧問)

一、「学修成果重視の評価への移行」は如何にして可能か
 今年5月27日に開催された第56回公開研究会では、認証評価制度改革の検討にあたって参考にすべき諸外国の第三者評価制度改革の動向について、英、米、欧それぞれの事情に詳しい研究者を講師にお招きし、解説をして頂いた。
 わが国の認証評価制度は、すでに10年の実施経験を積んだが、今日もなお、いくつもの大きな改革課題を背負っている。中でも「学習成果を重視する評価へ」という課題は、それが今やグローバルな動向であるだけに、最もインパクトの強い課題であり、各評価機関とも評価基準の上ではすでにその方向性を明示している。しかし今後これらの基準が学修成果重視にどこまで実効性を発揮できるかについては懸念される点が多い。
 戦後の学制改革以来、わが国の高等教育の質保証はハード中心の事前評価である設置認可のための審査が中心であった。日本の評価システムは設置審査としてインプット中心に整備され、行政の公的な関与による大学の質保証として国際的な信頼性もそれなりに得ていたといえよう。しかし、時代の変化とともに高等教育に対する社会の関心と期待は外形的なハード面からソフト面に大きく移り変わり、大学のパーフォーマンスとして、学生がどのような学修成果を身に着けたかを示すことが、社会に対する大学の説明責任として強く求められるようになった。
 平成16年に、事前評価に加え事後の評価として認証評価制度が発足し、質保証の形としてはようやく国際的なスタンダードに達したといえる。しかし、内容的にハード面のインプット評価から外形的な拠り所の少ないプログラム評価、アウトカム評価へと軸足を移していくことは個々の大学のバラバラな取り組みだけで短期間に出来ることではなく、学修成果を重視するグローバルな潮流にいささか乗り遅れていることは否めない。
 今回の公開研究会では、欧米各国ではどのようにして学修成果の測定・評価を行っているかについて説明があった。特に評価の客観性と改革への有効性を高めるために、これを単に個々の大学の学内問題としてではなく、大学コミュニティの自主的な責任の問題として、大学間の連携・協力等による工夫・努力により、分野別の参照基準や汎用的な学生調査・テストなど質保証のためのインフラと言うべきものが蓄積されてきた経緯を伺うことができた。
 大学の自主性を尊重しつつ、一方で学位の水準と制度的標準性を維持するという二律背反的な課題に対応して、質保証の実質化に不可欠なインフラを構築していくということは、大学の連携・協力組織等の自主的・主体的努力に俟たれることであり、かつ、学修成果の重視による認証評価の改革、ひいては高等教育の質的転換の成否もそのようなインフラ構築の成否にかかっていると言えよう。そして我が国の場合、このようなインフラの整備はまさにこれからの課題なのだということをよく認識しなければならない。欧米各国がこの課題にどのように取り組んできたか、各講師の講演の概要を不十分ながら以下に取りまとめてみたので参考に供したい。
二、諸外国における質保証の動向
 @研究大学における学生調査―羽田積男氏:米国の研究大学における学生調査の実態について最近現地調査された結果に基づいた報告があった。研究大学に焦点を置いた理由は、研究大学は一般に大規模であり学生問題には多くの悩みを抱えており、参考になる点が多いからとされた。
 一つはカリフォルニア大学のUCUES(ユーキューズ、Univ.of.Ca−−lifornia Undergradu−−ate Experience Servey)とこれを他大学でも使えるよう普遍性も持たせたSeru(セル、Student Experience in the Reserch University)がある。セルには米国の優れた大学の協会であるAAUの多くの大学が参加しているが、その一つラトガース大学を取りあげて、セルを独自にアレンジした同大学の学生調査について詳細な説明があった。
 説明を聞いて特に重要と感じたことは、これらの学生調査は、自大学だけを視野におくことなく、他大学と共同で設計し実施することにより他大学との比較が可能となること、またいくつかの汎用的な調査、テスト等を合わせて活用し、その結果を総合することなどにより、より客観性の高い多面的な評価が可能となるよう工夫が進められていることである。こうした学生調査の目的は、大学としての質保証とアカウンタビリティにあるといわれているが、そのような目的を達成するためには、個々の大学の力だけではなく、大学の共同・連携が不可欠であるということを十分理解する必要があろう。
 Aアメリカの第三者評価における学修成果への視線―森 利枝氏:アメリカのアクレディテーションは当初は大学コミュニティへの参加資格の認定だと云われていたが、近年は奨学金のための公費支出が増大したこともあって、公的支出の対象として相応しいかの評価が求められていると考えられるようになり、評価の客観性と機関間の比較可能性が要求されている。具体的には、WASK(western assoc.of schools and colleges)を例にとると、政府の要請に対応して学生の「学習」に焦点を置いて評価基準の改定をしており、一つには適格認定にルーブリックを導入している。これは、評価を5領域に分け、それぞれに4段階の到達度を設け文章化している。その狙いは、各評価員が同じような視線で見れるようにするとともに、受審側にもWASKの見方を理解し易くすることにある。
 もう一つ、WASKがさる財団のファンドによって実施している「学位要件の再定義プロジェクト」がある。具体的には準学士、学士、修士に求められる知識・技能の再定義をし、学位の意味を明確にしたアクレディテーションの手法を開発しようとしている。
 さらに、もう一つは「適格認定透明化プロジェクト」で、WASKは2012年から適格認定結果の通知をインターネット上で公開しているが、これは地域アクレディテーション団体として初めての施策であり、今後他の団体が追随するかどうかに関心がもたれる。
 学修成果重視ということは、連邦の政策であるだけでなく、大学のアカウンタビリティを求める社会の流れに沿ったものであり、大学の具体的対応には多様なものがあるだろう。
 B英国における質保証の動向―川嶋太津夫氏:2010年のブラウン・レポートは、高等教育の在り方について教育経費の受益者負担の方向を強く出すとともに、質保証の考え方については規制改革の思想(政府の施策より学生をめぐる競争を)に立った提言をした。これを受けて2011年には高等教育白書が出されたが、ここでは学生中心のシステムを一層進めるとともに、高等教育機関の多様化に対応して第三者評価の仕組みも多様化しようというリスク・ベースの考えを提言した。これは過去の判定結果の良否により、評価の間隔に差をつけようとするものである。
 英国の質保証システムとしては、QAAによるレビュー、外部試験制度、Quaulity code for HE、内部質保証システムの四つがあるとされているが、最近の質保証の改革としては、まず「学生本位の質保証」があり、評価への学生参加を重視する方向である。二番目に「柔軟性」で、評価をコア評価とテーマ評価に分ける。コアは全大学共通に適用されるスタンダードの視点であり、テーマは学修の機会、支援システムがどの程度整備され成果を挙げているかというクオーリティーの視点である。コア評価は期待される最低基準に達しているか否かでpass or failの2分法で判定を受ける。テーマ評価ではこうした2分法の判定ではなく、4段階の評価を受ける。3番に教育改善。4番に情報公開がある。
 英国では学位の質、水準は各大学等が自主的に責任を持つという考えが強い反面、ポリテクニクの昇格等で高等教育機関が多様化したことから、共通的な質の枠組みが求められ、アカデミック・インフラと総称される外的な参照基準が作られてきたが、最近ではこれがUK Quality Code for HE として再整理されており、質保証に大きな役割を果たしている。
 C欧州における質保証の動向―深堀聰子氏:チューニングについて。欧州高等教育圏の確立を目指して大学教育の共通性、互換性を進めるとともに、教育の社会的レリバンスを高めようとするボローニャ・プロセスが進行中であり、大学の対応として、チューニングという取り組みが広がりつつある。これには次のプロセスがある。まず第1に分野固有の特性を教員達が定義する。次に、その特性を習得した学生のその後のキャリアパスを調べ、卒業生や雇用者からその分野を学ぶことの意義を聞き取り調査し、その上で前記の固有の特性を見直し修正する(社会的レリバンスの保証)。各大学は、ここで確立された分野固有の特性(参照基準)に基づいて学位プログラムを設計し、全体的目標としてのコンピテンスを定め、PDCAサイクルによって改善を図っていく。
 このチューニングの手法は世界各国に広まりつつあり、各国それぞれの課題に対応して活用されている。それは大学間の学生移動の促進であったり、社会のニーズに即応する教育への転換であったり様々であるが、共有する外的な参照基準に基づいて教育プログラムを構成するという点で共通性をもっている。
 OECDのAHELOについて。学生の学修成果を国際的通用性のある方法で測定することが可能かを検証するための試行的研究が一般的技能、経済学、工学の三分野で行われ、日本は工学の分野で参画していた。これらの実査の最終報告が先般行われているが、OECDとしてはテストの妥当性と信頼性は検証されており、国際的な学修成果アセスメントは可能であると結論されている。なお、講演全文については本研究所のシリーズ本として近く発刊の予定なので詳細はそちらを参照いただきたい。

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