アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)
No.500
中教審答申を授業改善に繋げる<2>
〜Student Engagementを促すアメリカの大学〜
日本の大学の現状では、能動的学修の促進や学修時間の確保に制度的な限界がある。戦後日本の大学はアメリカをモデルにしたが、両者は似て非なるものだ。能動的学修は、単位制の実質化を促したものであるが、学生の履修状況を考えれば、実現は容易ではない。大学教育の質的転換を図り、能動的学修を促そうとしても、教員の授業負担数や学生の履修状況が障壁となってくる。
もともと、新制大学で導入が検討された単位制度は、現状のものとは異なった。講義(演習)と準備学習が峻別され、学生の1学期の単位数は15単位、具体的には、授業時間17時間、教室外学習時間27時間として検討された。卒業単位を120とし、1時間の授業を週3回(月・水・金)にわけて行うことが推奨された。これは、1科目3単位として計算したものである。しかも、時間割では各授業の後を空き時間にして、図書館や家庭での学習時間にあてた(詳細は、拙著『戦後日本の高等教育改革政策』玉川大学出版部、2006年を参照)。今でも、アメリカの大学の時間割は概ねこのようである。例えば、月と水に基本的知識を学び、金曜日にそれを踏まえて議論や討論を通して、学びを深める能動的学修となっている。このような制度的な側面を考慮することなくして、能動的学修の促進や学修時間の確保を提言しても効果はあまり期待できない。
日米の大学を比較して考えさせられるのは、制度的な側面だけでなく、内容的にも大きな違いがあることである。例えば、アメリカでは能動的学習をStudent Engagementと定義づけ、学生の関与の度合いで大学や教員評価に繋げるシステムが導入されている。その顕著な例が、NSSE(National Survey for Student Engagement)と呼ばれる全米調査である。
答申は、日米大学を比較して、日本の学生の学修時間が少ないことを強調しているが、なぜ、アメリカの学生は学修時間が多いかが説明されていない。アメリカの学生は学期中にアルバイトもできないほど、学修時間に拘束されている。例えば、シラバスひとつをみても大きな違いがある。日本のようなコースカタログと違って、授業のシミュレーションとなるような詳細なものである。シラバスは、学生と教員の契約書であるから、学生の学習到達目標の達成は教員にも責任がある。サンディエゴ州立大学の場合は、教員が学習成果を明記することが2004年から義務化された。さらに、教員は自らが掲げた学生の学習到達目標に署名しなければならない。また、シラバスの「行動目標」を明確にするために、具体的な動詞を用いるように指導している。例えば、「学習成果を引き出す360種類の動詞」を列挙し、シラバスを作成するときの参考にさせている。
答申でも、学修成果を測定するルーブリックが提言されているが、これは成績評価のためだけではない。教育の質を高めるためのツールの役割も果たしている。そのため、授業の最初にシラバスと一緒に配布される。「大学教育の質的転換」という視点に立てば、学修時間の確保だけでは不十分である。たしかに、学修時間が増えれば、知識量は増えるかもしれないが、それは表面的な「浅い学び」であって、「深い学び」になっていない。「深い学び」は、学んだ知識を「繋げ」、さらに「応用する」ことから生まれる。これまでは、学習における「インプット」だけが重視されすぎたきらいがある。学習には、「アウトプット」という重要な側面があることを忘れてはならない。「ラーニング・アウトカムズ(学習成果)」が重視されるゆえんである。
学んだ知識をどのように「深い学び」に繋げるかが鍵となる。たとえば、カナダのクイーンズ大学医学部が採用するICEモデルは、授業デザインとしても注目される。詳細は、ウエブサイトを参照。
ICEモデルとは、I(Ideas)、C(Connections)、E(Extensions)の頭文字を取ったものである。このモデルは、到達目標を明確にすることで、ルーブリックのはたらきもする。注目したいのは、質の高い学習レベルに到達させるために的確な動詞を使用させていることである。たとえば、Iレベルに達成させる動詞として、「定義づける」「記述する」「説明する」「分類する」「比べる」「明らかにする」「列挙する」「位置づける」「明確に理解する」、Cレベルの場合、「応用する」「比較する」「対比する」「類別する」「組織化する」「分類する」「識別する」「解釈する」「統合する」「修正する」「評価する」「解決する」、そしてEレベルの場合、「計画する」「展開する」「診断する」「評価する」「既存の資料に基づいて推定する」「審理する」「予測する」を使用させる。このモデルを学年レベルで教えることも可能である。例えば、Iレベルを1〜2年次、Cレベルを3年次、そして、Eレベルを4年次といった具合である。
能動的学修を促進するうえで最も効果的なものが、ラーニング・ポートフォリオ(答申の学修ポートフォリオのこと)である。なぜなら、ラーニング・ポートフォリオは結果だけでなく、学習プロセスでの自己省察を促すからである。
最後に、アメリカの大学で、卒業論文に加えて卒業ポートフォリオが注目されていることについて紹介する。これは、学生が4年間を通して、どのように学習に取組んだかをまとめるもので、Student Engagementの度合いが測定できる。アメリカ・ユタ州のブリガムヤング大学オナーズ・プログラムの卒業ポートフォリオは、学生が学士課程のすべての記録をポートフォリオに収め、卒業論文試問までに提出しなければならない。ポートフォリオは、4年間の学業生活を通して集めた多くの学問分野(例えば、論文、テスト、レポート、プロジェクト、実験室での成果、実験室でのノート、イラスト、グラフィックス、ポスター発表用テキスト、専門会議での発表要旨、音楽作品、演奏録音、絵画プリント、備品デザインなど)の中から、最も優れたサンプルを自ら選んでバインダーに綴じる。ポートフォリオの準備は、1年次の1学期から始める。クラス・エッセイ、化学の課題、数学の試験、生物学のレポート、美術のエッセイ試験、宗教の授業ジャーナル、フィールド調査日誌、外国語の詩のオリジナル翻訳などのほかに、学部、大学あるいは全国大会に提出したレポートも含まれる。さらに、成績単位取得表もファイルする。まさしく、答申の学修ポートフォリオに匹敵する。
卒業論文では学習面しかわからないが、卒業ポートフォリオでは4年間の学生生活のすべてを知ることができるのが優れた点だ。また、論文の場合、内容が中心で、学生がどのように取り組んだかがわからないが、ポートフォリオの場合、学生がどのように考え、どのように振り返ったかを知ることができる。この学生の「振り返り」が「深い学び」に繋がる。