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アルカディア学報

アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)

No.362
質保証システムの再構築 第39回公開研究会の議論から

主幹 瀧澤 博三(帝京科学大学顧問)

 いま、大学改革の方向が大学教育の内容そのものに限りなく焦点化しつつある。平成17年の中教審答申「高等教育の将来像」やその直後の「新時代の大学院」の答申でその方向が見えてきていたが、昨年末の「学士課程教育の構築」の答申と「中長期的な大学教育の在り方について」の新たな諮問によって、中教審レベルではこの方向が明瞭になった。その背景には、大学のユニバーサル化に伴う学生の多様化が大学教育に難しい対応を迫っていること、大学教育のグローバル化によって、国際的にも大学教育の質の保証が重要な課題になってきていることなどがある。
 私学高等教育研究所の第39回公開研究会では、今後、中教審を中心として、このような教育の質保証の問題が大学改革論議の中心になるものと考え、これらの問題点の整理を試みるべく、「質保証システムの再構築」をテーマに選んだ。講師としては、広島大学教授で日本高等教育学会の会長もしておられる山本眞一先生、金沢工業大学学園長・総長で現在中教審大学分科会の質保証システム部会の部会長をしておられる黒田壽二先生をお招きし、これに私も加わらせて頂いた。
 山本先生からは、大学改革の中で質保証ということがどのように位置づけられるかという観点から幅広いお話を伺った。黒田先生からは、質保証システムの構造とそれぞれの問題点などについて詳細な説明があった。私は認証評価の問題点と今後の方向性について私見を述べさせて頂いた。
 【時代背景の変化と質保証】
 大学改革の歴史は、これを15年単位で区切ってみると分かりやすくなるというのは、山本先生の予ての持論である。1990年以降でいえば、まず2005年までの15年は「制度改革の時代」であり、設置基準の大綱化、評価制度、国立の法人化などがあった。これに続く2005〜2020年は「体質変化の時代」と特徴づけられる。ここでは、生涯学習、国際的質保証、大学の多様化などがキーワードになった。
 この時期は18歳人口の急減の後の安定期であり、20年から再び始まる減少期への準備期間でもある。こういう時代背景の下で、かつての受験偏差値は意味を失い、教育内容の実質が問われるようになり、質保証が重視される。これまでわが国はある意味で実力重視の社会で、学位は資格として重視されなかったが、質保証の観点からは学位の中身が問われるようになり、特に国際的には質保証として学位と学習の中身を一致させることが不可欠になる。いまの大学改革の大きな方向は、学位を出す以上、それにふさわしい実力を身につけさせるとともに、それを保証し、説明責任を果たさなければならないということである。
 山本先生はそう説明しつつ、分野によってはこういう質保証は難しい面があるとされた。質保証のために教育の中身にある程度スタンダードを決めるということは、実学的分野では可能であっても、人文・理など「虚学」の分野では難しく、無理をすれば学問の発展を阻害しかねない。さらに、誰がどのような方法で保証するかも大事な問題であり、大学団体も質保証に責任を分担していかなければならないと、今後に重要な懸念を示された。
 【質保証の仕組みとこれからの課題】
 黒田先生からは、大学の質保証に係る全体の仕組みを俯瞰し、各パートの役割・分担など現状の問題点、今後の課題など広範な説明があった。
 質保証の仕組みについては、「事前規制から事後チェックへ」という規制改革の流れがあって、設置審査は非常に簡素化され、事後チェックとして認証評価制度が生まれた。こうした設置の自由化・届出化により、大学の組織改革は活発化した一方で、法令違反のケースが増えるなどひどい状況がでてきた。
 大学は多様性・主体性を発揮すると同時に標準性・客観性も大事であり、こうした面では公的な質保証だけでなく、大学団体や学協会等中間団体の役割が大事である。公的質保証としては、設置基準、設置認可、認証評価の三つがあるが、これらの現状には、教員審査基準の明文化、独立大学院基準の明確化など早急な手直しを要する問題が多い。これらの手直しは、再び規制を強化するということではなく、「大学とは何か」を明らかにしていくことである。
 今後の課題として、先生は第一に質の保証は誰がするのかという問題提起をされた。結論は大学自身である。設置基準を守りながら自らが質の保証をする。それが社会から認められるよう支援するのが認証評価であり、自らの責任で自己点検・評価を適切にやっていれば、認証評価のために大変な作業をすることはないはずだ。
 また、国際的通用性について、これは大学の特性に応じて考えるべきことであり、例えば国文学研究のために外国の研究者が来るようになるということも国際的通用性であるとした。このほか、学士力、単位の実質化などの問題にどのように対応すべきかについて説明された。
 【認証評価の課題と今後の方向性】
 最後に私からは、認証評価の問題点と今後の改善の方向性について私見を述べさせて頂いた。
 指摘した問題点は二つある。一つは、自己点検・評価が認証評価の手段化され、大学の自主的な質保証として十分機能していないことである。これは認証評価の目的が明確にされていなかったことにも関係がある。質保証の成否は自己点検・評価の成否にかかっており、認証評価の目的は、自己点検・評価の適切性と誠実性を評価することによって、大学の内部質保証機能を高め、説明責任を果たしうるようにすることと考えるべきである。
 二つには、設置審査との内容的な分担関係が明確にされていないことである。設置認可や事後の是正措置等は「官」による権力的な作用であり、客観性が求められるため、設置基準の項目の中でも定性的な評価を要する事項にはなじまない。それに対し、ボランタリーなピアーによる評価である認証評価は基本的に「民」のシステムであり、定性的評価、指導的な評価にも弾力的に対応しうる。認証評価を「事後のチェック(確認)」と規定することは、「民」のシステムとしての機能を生かせず、機能不全に陥るおそれがある。設置認可と認証評価とは「事前と事後」ではなく「官民の分担関係」と見るべきである。
 【今後の中教審への期待】
 ここ10年以上にわたった規制改革政策の下で、大学改革は、経済の視点から、経済の関係者によって論じられ、大学関係者の知らない間に実態から遊離した結論が出され、政策が展開されるという異常な時代が続いた。大学の質保証システムはその最大の被害者かも知れない。この異常な流れに変化のきざしが見えてきたいま、中教審で大学教育をめぐる包括的な審議が始められた。これまでの政策の誤りは誤りとして確認し、大学関係者を中心として改めて実態に即した議論が行われることを期待したい。

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