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アルカディア学報

アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)

No.295
大学への研究費助成−現状と課題− 第33回公開研究会の議論から

 私学高等教育研究所研究員 塚原 修一(国立教育政策研究所高等教育研究部長)

 私学高等教育研究所では、独立行政法人日本学術振興会(学振)の小野元之理事長を講師にお招きして、標記の研究会を7月25日に開催した。
 学振の科学研究費補助金(科研費)は、国の競争的研究費の代表例として大学人にはよく知られている。大学の主な役割が教育と研究にあるなかで、両者の関係が古くから議論されてきた。最近、大学への公費支出をめぐってこの論点が改めて注目され、本欄でも山本眞一氏(2276六号)や村田直樹氏(2281号)がとりあげている。
 小野理事長は教育再生会議の構成員でもあり、財務省などとの論争をふまえて、大学改革の全般的な話題から説きおこされた。以下に講演の概要を述べる。
 〈財政支援の重要性〉
 21世紀の知識基盤社会では、大学・大学院が知の拠点となって、新たな知識の創造やその継承などを担う。先進諸国は国家戦略として高等教育を支援しているが、日本だけが機械的な支出削減を続けている。
 すなわち、イギリスのブレア首相は八年間に教育予算を82%増とし、アメリカのブッシュ大統領は7年間に40%増、フランスのシラク大統領は12年間に54%増、オーストラリアのハワード政権にいたっては172%増とした。日本の小泉政権だけが3年間で5%減であった。
 財政再建が日本の重要課題であることは言うまでもない。しかし、21世紀を担う若い世代に今から教育投資をしなければ未来は危うい。大学もこの間の改革によって社会の負託に応える態勢を整えた。高等教育支出は、社会への見返りが期待できる未来への投資であることを強調したい。
 高等教育のなかでは、大学院教育の重要性が高まっている。大学院の重視政策は臨時教育審議会にはじまり、昨年の「大学院教育振興施策要綱」によって計画的な整備がすすんでいる。
 研究について、第3期の科学技術基本計画ではイノベーションの創出を重視している。そのさい、すぐに役立つ分野が注目されがちであるが、大学では長期的視野にたつ、人文社会を含めた基礎研究が重要である。欧州連合は、基礎研究の振興をねらった資金配分機関を新たに設置した。
 〈誤解を招く国際比較〉
 国際比較のなかには、都合のよい数字で誤解を招くものがある。たとえば、国内総生産に占める公教育支出の割合は、アメリカ5.4%、イギリス5.1%、フランス5.8%に対して、日本は3.5%と低い。
 ところが、政府の総支出に占める公教育支出の割合をとりあげて、イギリス11.9%、フランス11.0%、ドイツ9.7%に対して、日本は10.7%であるから低くないという。この比較は誤りであり、小さな政府の日本と、欧州の福祉国家では政府の役割が異なる。欧州諸国は社会福祉が手厚い反面、公務員の数が多く税金も高い。
 小さい政府の国々とくらべれば、アメリカ15.2%、カナダ12.5%、ニュージーランド22.6%、韓国15.0%に対して日本はやはり小さい。
 また、日本の国立大学法人は学生一人あたりの経費が年間180万円で、アメリカの120万円にくらべて大きいという。しかし、これはコミュニティ・カレッジなど短大を含めた数値である。博士課程をもつ州立大学等に限定すれば240万円となり、ここでも日本の少なさが際立つ。
 〈科研費の現状〉
 科研費は、研究者の自由な発想による学術研究を支援している。学振・学術システム研究センターの石井紫郎副所長の比喩によれば、これは天然魚にあたり、種類が多く、多様な生態系の維持に貢献するなど、存在そのものに大きな意味がある。それ以外の、政策的に重点配分される競争的研究費が生み出すものは養殖魚であり、種類も少なく、用途も食用に限られている。
 科研費の総額は平成元年頃から順調に増加し、19年度は1913億円となった。これについては近いうちに2000億円を突破したいと考えている。
 科研費の配分は国立大学に有利だと言われることがあるが、そういうことはなく、審査は公平である。しかし、申請状況には違いがあり、国立では教員1人に1件の割合で申請がなされるが、私学は3人に1人しか申請していない。
 また、全配分額に占める私学の割合は、平成13年度の14%から19年度には15%に上昇し、その額は200億円(13年度は143億円)である。私学は人文社会系が多いこともあり、一件あたりの申請金額が大きくないことが、配分額が増えない原因のひとつであろう。
 〈統合問題と経営努力〉
 昨年、独立行政法人の見直しのなかで、同じ省の独立行政法人である科学技術振興機構との統合問題がもちあがった。研究費の配分という同種の業務であることが理由とされたが、政治家はどうしてもトップダウンに興味をもつので、ボトムアップの基礎研究は独立が望ましいと説明した。
 学振が合理化を徹底していたことも説得に有効であった。科研費の毎年の新規応募数は約9万件であり、その審査を約5000人にのぼる外部の専門研究者の力を借りて、99人の職員で行っている。科学技術振興機構は、資金量は小さいが組織が大きく、常勤職員が400名ほどいる。
 学振は建物などの固定資産をもたず、公用車もない。学振の効率性は、世界の研究費配分団体のなかでも圧倒的に高い。
 〈科研費の改革〉
 科研費の魅力を高めるために、以下のような措置を行ってきた。平成15年に学術システム研究センターを設置し、第一線の研究者に三年任期の非常勤の研究員(プログラムオフィサー等)を委嘱した。研究員が交代するときには、出身大学や専攻領域が固定しないよう配慮している。これらの研究員が、最近の研究動向に対応するべく分科細目表の改正を検討し、審査委員候補者のデータベースを駆使して適任の候補者を選考している。
 審査の公正性・透明性を確保するために、利害関係者を審査から徹底的に排除した。また、あらゆる研究資金の応募・受入状況を申請者に申告させて、不合理な重複・過度の集中を排除した。科研費は採択結果の発表が他の研究費より早いので、採否の結果を他の競争的資金の配分機関にも通知している。さらに、不採択者には審査結果を開示し、平成19年度の審査委員の選考にあたっては、前年度の審査結果を分析・検証して、公正な審査委員の選考に活用した。
 その他、科研費の制度に関する広報が不足との指摘があり、各種の説明会を実施したり、科研費の制度に関するハンドブックやパンフレットを作成して配布した。科研費の成果を中学生や高校生に知らせる「ひらめきときめきサイエンス」事業も行っている。
 〈筆者のコメント〉
 小野理事長のご講演をふまえて、筆者は以下のようなコメントを行った。
 第一に、日本の政府が小さいこととも関係するが、日本では研究開発支出の7割を企業が支出している。このように企業が研究開発に熱心な国では、産学連携などに難しさがある。
 第二に、政府の研究開発費の多くは、政策課題に対応した重点分野に配分されている。科研費に限らないが、現時点で注目を集めている課題に研究費を配分するだけでは、研究の大きな転換を先導しがたいかも知れない。今が旬の研究者が結集するチームだけでなく、次世代の研究者が切磋琢磨する研究にも研究費を配分することが望ましい。
 筆者の経験によれば、他の研究費にくらべて科研費は使いやすく、学振のご配慮には敬意を表したい。
 高等教育に対する公的支援の拡大が求められるなかで、科研費にもこれまで以上に多面的な役割と成果が求められている。科研費のより一層の充実を期待したい。

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